知り合いからご紹介いただいて、立礼席でお稽古をしたいと考えている先生がいらっしゃるので、と、お誘いを受けていました。


あいにく都合がつかず、誘っていただいた方と同席することが出来ませんでしたが、


着物だけでなく、このところ楽しいことをよく共有するM子さんが、見学後、お稽古に通うことになりました。


その様子をうかがうと、とても魅力的なので、一度お邪魔したいとお願いをしました。


噂通りでした。


駅から徒歩2分。

とても高級なマンションの最上階にそのお茶室はありました。


エレベーターからお茶室に伺うまでがスゴい。


ホテルの料亭にたどり着くような佇まいでした。

通路の先は、お茶室でした。

本日は、お玄関から上がらせていただいて、茶室へと入らせていただきました。


立礼のためにあらたに購入されたという、棚。


景色も素晴らしい。


今日は、本来は待合になる場所?で、M子さんが、お稽古するところを見学いたしました。

私が習ってきた裏千家と

帛紗捌き、茶巾の扱いなどがかなり違うので、戸惑いましたが、


先生は、気さくでとても素敵な方でした。

立礼席の設い。


お軸やお道具が美術品。

と、聞いておりました。


この扇面も著名な方なのだと思いますが、失念してしまいました。

全身をおみせできないのが残念な、モダンでスタイリッシュな花器。


あしらわれているのは、


「こえびそう
やまあじさい 」です。

上生菓子は、

『志むら製 あじさい』

お茶は、2服もいただいてしまいました。

広間、小間、水屋なども拝見して、約1時間半、楽しい時間を過ごさせていただきました。

本日のお着物、M子さん。

そして、わたし。


来月は、絽のお着物になります。

富士山の麓にて茶会です。

前回は秋。


コロナ禍が収まりつつある中、皆、3年ぶりの再会を本当に嬉しく思いました。


最近、ココロに思うこと。

禅語はよく分かりませんが、


「日日是好日」「一期一会」


そして、「健康第一」です。www


富士吉田社中の方々との交流も回を重ねるごとに、距離が縮まってきているように感じております。


いつもお声がけしていただいて、本当に感謝です。


すべては、亭主である我が師匠のお人柄です。


あやかりたい。


富士山茶会 2022 秋


玄関の設い。

クマガイソウ、ホタルブクロ。


なかなかお目にかかれないアツモリ草は、

クマガイ草の仲間ですが、


クマガイ草も、

ラン科アツモリソウ属に分類される多年草の1種で、


先生が「この辺りにはたくさん咲いている」


と、仰るほど、八ヶ岳ではみかけません。


絶滅危惧種としては、減少傾向を危惧されている山野草です。


大きな花をつけ、扇型の特徴的な葉をつけますが、


和名の由来が面白くて、

山生活をするようになってから、印象が強く、覚えてしまいました。


アツモリソウともに、膨らんだ形の唇弁がみられますが、これを、


昔の武士が背中に背負った母衣に見立て、


源平合戦の熊谷直実と、

一ノ谷の戦いで彼に討たれた平敦盛にあてたものなのだといいます。


クマガイ草

玄関正面。


右手、八重桜と生けられたのは、

カラマツの若葉だそうです。


大きくなった唐松を空を見上げるように鑑賞しますが、


針葉樹の若葉や幼花は、

出逢いがあると、その姿にとても惹かれます。

さて、今日は?


向かう車中で、「テーマは何でしょうね?」と話しておりました。


サプライズが多いこともあるので、

今日も伺わないでおりましたところ、


「お点前、おやりなさい」

と、突然の指名。


実は、行きの車中で、

「わたし、本当は、お茶を頂きたいのじゃなくて、お点前がしたいの」


そんなことを友人にぬかしておりました。


こ•と•だ•ま。

自主トレは続けているものの、

お稽古からは、3年も遠ざかっております。


手が震えて、水指の蓋を立てられずでしたが、お点前させていただきました。


炉、立礼、運び点前。

東京組、半東もさせていただきました。


ひ•や•あ•せ。

お干菓子、今回も師匠作。

寒梅粉とお砂糖の落雁、

そして、錦玉。

上生菓子、練りきり。

近頃、和菓子の作り方のお教室へ行かれたそうで、そのお話をしてくださいました。


お一人の先生は、電子レンジを使って作る和菓子を教えてくださったそうです。


へぇ〜(^.^)

菓銘は『山笑う』

中は、こし餡。


今回は、冨澤商店の餡を使用したそうです。

さらりとして美味しかったです。

楽しい時間はあっという間。


ご主人様にお送りいただいて、15時12分発、富士回遊36号に乗車して、新宿に戻ります。


行きの8時30分発、富士回遊7号も指定は満席でしたが、帰りは通路に胡座をかく訪日外国人でいっぱい。


富士山にもインバウンドの数がコロナ禍前に戻り、列車、とてもきれいなのになりました。

【茶飯釜の茶事】で、

床に壮られたのは、利休居士の画でした。


と、いうことは、『利休忌』?


利休居士のご命日は、旧暦の2月28日で、新暦に直すと3月か4月になるのですが、

取り決めで、毎年、表千家が3月27日、

裏千家が3月28日に利休忌を行うことになっています。


「人生七十 力囲希咄 吾這寳剣 祖佛共殺」(じんせいしちじゅう りきいきとつ
わがこのほうけん そぶつともにころす)


「七十年のわが生涯を顧みると、
そこには悲喜・苦楽・得失・栄辱、まことにさまざまなことがあった。
しかし、その人生ともおさらばじゃ。
といって、今のわしには生への執着もなければ死の恐怖もなく、
また恩怨もなければ愛憎もない」


この辞世の句を書いた後、

千利休は京都の自宅にて切腹をしたそうですが、


円相の心境 無の胸中。


秀吉は、この言葉を残した利休が、

なくてはならない存在とわかり、痴呆が進んだと伝わっています。


お軸の絵は先生作。

才能豊かでいらっしゃいます。

寄付の軸は、『十牛図』


十牛図(じゅうぎゅうず)は、禅の教えで、悟りにいたる10の段階を10枚の図と詩で表したもの。 


「真の自己」が牛の姿で表されているため十牛図といい、

真の自己を求める自己は牧人(牧者)の姿で表されています。


雲悠々水潺々(くもゆうゆうみずせんせん)
柳は緑、花は紅(やなぎはみどりはなはくれない)


修行後の心境


こちらの絵も、先生作。

今回の茶飯釜の茶事での設いは、利休忌を意識してでしょうか、実にシンプルでした。


うさぎの土人形は、唯一色のあるもののように思えました。

入口は、業躰さん作。

やはり、牛の絵でした。


十牛図は、自分の心を探しに行く旅のことですが、


「私の心」というものを、形ある見えるものとするため、牛にたとえています。

中立後、床の設いはこのようになっていました。


利休忌に準ずる設いのようです。

床の間の真ん中に右からろうそく、香炉、花の順に飾られているのが三具足(みつぐそく)。


きらびやかさはないものの、豪華な螺鈿でした。


水仙と蝋燭の炎の高さにもこだわりがありました。


貴人台に置かれた茶碗は、明時代のものだそうです。

お干菓子をいただきます。

香川から届いたばかりの桜の和三盆。


心待ちする思いをお菓子から感じます。

今回は、薄茶のみ。


自在の吊り釜は、お茶用に変わりました。

わたしに点てていただいたお茶碗は、

波。


寄せては返す波は、果てることがなく、永遠・不滅・長寿・誕生などを意味する吉祥文様です。

正客茶碗は、

三方向に、十牛図の絵が描かれていました。


牛の背に乗り家へむかう。

悟りがようやく得られて世間に戻る姿。

第六図「騎牛帰家(きぎゅうきか)」


無心であり、心穏やかな幸せな様子は、

ハートの中にありました。


ハート模様、猪目(いのめ)は、伝統的な日本建築には必ずと言っていいほど使われていますが、

その名の通り、猪(いのしし)の目に由来して、魔除けや福を招く護符の意味合いがあります。


前回の茶事 【2023 初釜】


【茶飯釜の茶事】

今回は、炊きたてのご飯をいただくのが、一番のお楽しみになりますか。


こちらでは、今まで習ってきたこと以外のお茶の世界を学ばせていただいております。

ご飯は、一文字でなく、たくさんついでいただきました。


汁は『蓬麩』です。

ヨモギ、その言葉だけで春を感じます。


先生が仰っていらしたこの汁が本来なら自在にかけられているということなのですね。


茶飯釜には、これでなくてはいけないというルールはないそうですから、

これもまた、自由自在になされることなのでしょう。

先生自ら、お酒をすすめてくださいます。

お酒が振る舞われましたので、


向付の

『平貝、隼人瓜』をいただきます。


大きなムール貝の形をした『たいらがい』ですが、もっとも美味しいのは春だそうです。


淡泊ながら旨味のある貝です。

椀盛。

『鯛桜蒸し、芽かぶ、どんこ、桜花』


芽かぶは、海草ではなく、蕪の芽?ということのようです。

焼物。

『鮭 菜種焼、青唐辛子』


菜種焼きは、卵の黄色を菜の花に見立てたお料理ですね。

預鉢。

『筍、鶏、蕗』


たけのこ、ふき。

いづれも季節を愛でる食材です。

強肴。

『菜の花辛子合え、こんにゃく』

小吸物。

『土筆』


うっすら見えるのが、つくしですね。


東京の方は今はもう、見たことも食べたこともないのかもしれません。


土に筆と書いて「つくし」


こうして旬をいただくことで、土筆の生えた土手や空気感を懐かしく頭に描くこともご馳走です。

八寸は盆にのせられ、

小吸物の蓋に先生と半東さんが盛り付けてくださいます。


青竹箸を使って取り分けてくださる所作も勉強になります。

八寸

『炙りふぐ、ふきのとう当座煮』

湯斗、香物。

きちんと最初にいただいたお献立で湯斗が出るのをチェックするべきでした。


ご飯があまりに美味しかったので、残しておくのを怠りました。

正客さんが、

「本日は、丸盆でしたので、箸は真ん中で落として、ご亭主に終わりをお知らせしましょう」と云われましたので、


そのように、いたしました。


よかったのかどうかはわかりませんが、


先生が良く仰られるように、

作法はゲストを優先。


ホスト(亭主)は、マニュアル通りに行いたくとも、ゲスト(客)の動きに準ずるそうですので、


正客さんの云われたことは、倣うものなのでしょう。

菓子

『桜餅』


こちらをいただいて、中立、

そしてお茶席となります。


懐石のご案内

こちらにお世話になりますのは、5回目になりますか?


今日は、全く経験のない【茶飯釜の茶事】を勉強させていただきます。


席入りすると、自在に吊釜が据えられ、

棚には、棗の手前に羽箒、香合といつもとは異なるお道具が荘られていました。


【茶飯釜】は、懐石料理のご飯を茶席で炊く茶事で、
『まぼろしの茶事』とも言われているそうです。


「釜一つあれば茶の湯はなるものを数の道具を持つは愚かな」(利休道歌より)


飯を炊く釜も茶の湯をする釜も一つだけという、ごく侘びたものになるといいます。

このお手前を始めたのは江戸千家で、

裏千家では、最初、茶飯釜のお手前はなかったそうです。


先生が師事なさったそうれい先生が始め、
本が出版され、流行って、今に至っているといいます。


まずは初炭のお手前から始まります。

炭は表千家と同じく、たくさん持って入ります。

羽箒は、銀鶴だそうです。


炭手前はたくさんは出来なかったので、習得に至っておらず、こうして拝見出来るのは大変勉強になります。

湿し灰を撒く所作も

さすが、先生。


さら〜と、


美しくかつ自然に灰匙から灰がこぼれていきます。

そうそう、このかたちで羽箒と香合が置かれ、火箸を扱うこの所作、

懐かしく感じました。

茶飯釜のお手前は、これといった流儀としての決まり事はなく

それぞれのやりかたが伝えられているようです。


お香は裏千家では焚きますが、

本家 江戸千家では、焚かないそうです。


香合は、三浦竹泉、交趾。

洗い米が運ばれて来ました。

麻の袋に入れられています。


先生曰く、「席中は、麻」「水屋は、綿」なのだそうです。

尺八のような火をおこす竹筒。

初めて間近で見ました。


火吹竹(ひふきだけ)というそうです。


昔は、全国どこの家庭でも、火をおこす時に使っていて、


77歳の喜寿の祝いの年の7月7日に、火吹竹をつくって、親戚、知人へ配り、風、台風、火災除けのまじないとしたといいます。


吹く度に火の子が散り、炭が赤く光ります。この様子、夜噺の茶事ですと、大層雰囲気があるそうです。


炭がはぜた炉縁を、腰に着けたふくさを捌き直し拭かれました。

右手で右角、左手に持ち返して左角。


初めて拝見しました。

この日の釜は、茶飯釜用の釜だそうで、口が大きく造られたものでした。

洗い米が、入れられました。

米6水4の割合だといいますが、

水加減は、回数を重ねなければわからないものです。

飯の炊きあがる香りを感じながら、手馴れた先生の動きを拝見し、

歓談の時。

炊き上がりの前のお道具。

鉄瓶が運ばれ、

釜が自在から外されました。

自在には、鉄瓶が設えます。


本来は、鉄瓶ではなく、みそ汁などだということですが、時間の関係でしょうか?

釜、釻。

盆の上には、水が張られた青竹の中にしゃもじが入れられています。

丸盆にのせられたおひとりあたりの椀に炊きたてのご飯がよそわれます。

先生自ら13人分がセットされました。


お教室のご案内はこちらから


茶の湯のお稽古からは遠ざかってしまいましたが、出会いあり、【茶事】という世界にすっかりハマってしまいました。


今回のお席はマナビの会で略式ですが、


NHKの「趣味ドキッ!」で先日『夜咄茶事』がオンエアされ、

亭主の炭屋旅館女将が、燭台を効果的に使う演出や所作に心奪われました。


お茶のお稽古もそうでしたが、学ぶ上で良い先生に巡りあったことは、わたしのお茶好きに大きく作用しているように感じております。


毎年、年始の初釜は、他の曜日の生徒さんと御一緒させていただくことが楽しみでした。


そんな今日、大変な偶然がありました。


新宿から乗り換えて電車に乗ると、着物姿の方が座っていらっしゃいました。

待ち合わせのおひとりかもと、そばに行ってみると、以前同じ曜日でお稽古をさせていただいていた先輩でした。


実に再会は3年ぶり…。


伺うと行き先も同じ。

これからの茶事へ、以前のお教室仲間とご参加のことでした。


わたしは、昨年からですが、先輩はもう何年もいらしているとのこと。


どうやら前回の『口切りの茶事』までは、曜日が違いニアミスをしていたようです。


「ご縁があるのですね」

そういうと、先輩は、

「お茶が好きということが繋がるのでしょ」と、仰いました。


今日は『初釜』の茶事に参加させていただきます。

待合にてしばし待つ間、ご亭主の心入れを設いから感じます。


お軸には、帛紗に「波 和 遊」

うさぎが波で遊んでいます。


これをなんと読むか?


波に和して遊ぶ。

「ハワイユー How are you」

だそうです。ウフフ。

「仏手柑(ぶっしゅかん)」


古くから生け花やお茶の席で、

見た目が、まるで合掌する仏さまの両手のようにも見えることからこの名前が付けられ縁起物の花材として使われてきたそうです。

太宰府天満宮に納めてられているお人形と言ってらしたかしら?

洋風の設い?

奥は箱庭のようにも感じます。

絵馬?

に、しては厚みがあると思いましたら、駒だそうです。


三嶋駒は、開運大吉の御守として、また心願成就・家内安全の縁起物として尊ばれ、

「一年無事に過ごせますように」と、一年間荘るそうです。

明治天皇の有名な御製

「さしのぼる 朝日のごとく さわやかに もたまほしきは 心なりけり」


空高く昇って行く朝日のように、いつもすがすがしく、明るく、さわやかな心を持ちたいものです。 朝日の昇るのを見ると、誰でも明るく、さわやかな心になります。の意。


新年に相応しいお軸です。


また、左には、結び柳も…。


結び方は流派で異なるそうですが、


昔の中国では人と別れるとき、送る者と送られる者が、双方柳の枝を持って、柳の枝と枝を結び合わせて別れる風習があったそうです。


その風習を千利休が送別の花として

「鶴一声胡銅鶴首花瓶(つるのひとこえこどうつるくびかへい)」に柳を結んで入れたのが,茶席で用いられた最初ではないかといわれています。


ちなみに垂れないやなぎは、木へんに易の楊をあてるそうです。

永楽善五郎の香合。

リサガスのうさぎちゃんみたい。

懐石をいただく前の設い。


三友棚(さんゆうだな)は、

地板が四方、天板が丸で、竹の二本柱の小棚で、明治初年に大徳寺471世牧宗宗壽和尚が三千家の融和の為として大徳寺境内の松と竹を提供して作らせた棚で、


表千家碌々斎は松の天板と地板に摺漆、

裏千家又 玅斎は竹の二本柱、

武者小路千家一指斎は天板の木口に「溢梅蒔絵」(こぼれうめまきえ)をそれぞれに好み、


松竹梅を表して三千家の末永い友好を表し、これに牧宗和尚が「三友」の銘をつけて、三千家に三個そして大徳寺に一個と計四個製作した棚です。

鏡餅は、餅を神仏に供える日本の伝統的な正月飾り(床飾り)であります。


飾り方は地域によって様々ですが、お箸がさしてあるのははじめてみました。


お訊ねしそびれましたが、「年神(歳神)様」への供え物、依り代であるからでしょうか?


伊勢海老は組み紐でした。

天板に荘られた、雅やかに意匠された兎の棗。

波にうさぎのつまみの水指は八角形。


天板は丸、地板は四角の三友棚に荘ることを告げた作家さんがデザインして納められたそうです。


先生「さすが」と思ったそうです。

青海波ではないのかな?

キュートなうさぎのつまみ。


色合いもことほぎな印象です。

本日のお献立。

お雑煮。

関東仕立てですね。


お餅がお椀に付かないように小松菜が敷かれていました。

酒器。

染付の蓋、お洒落です。

ご亭主からお酒が振る舞われましたので、向付のひらめの昆布巻きをいただきます。

お皿にのせられたおせちですね。

うさぎの器に強肴。


ホウレンソウは、「宝、蓮、草」と、お品書きにあります。

『夢うさぎ』下井草「青柳」製。

薯蕷饅頭(栗入り)


主菓子をいただき、ここで一旦、中座します。

初座は軸と香合、後座は軸を外し花が設えられますが、軸は外してありませんでした。


そのままのことを「花を添える」というのだそうです。

濃茶点前が始まります。

各服点で濃茶が練られます。

客は11人。


利休までは回し飲みではなかったそうなのですが、この形はしばらく続きそうです。

新年,初釜で濃茶の時に 使うおめでたいお茶碗「嶋台」


私は金でいただきました。


金銀二段になっていて盃の形、蓬莱山を表している濃茶に使われる茶碗が出来たのは、江戸中期。表千家七代如心斎によってだそうです。


裏千家は、それまで、楽慶入作の黒・赤・白の三椀の「三都茶碗」だったとか…。

お詰めは、「柳桜園茶舗」 

お茶銘は、「長松の昔」


茶入は、肩衝、はやしえいじ作。

茶杓 「大徳寺 明堂宗宣」

銘 「碧玉(へきぎょく)」

裂地「角倉金襴(すみのくらきんらん)」

中立ちをした際にお話のあったお玄関の色紙を拝見します。


元NHKアナウンサー山川静夫氏作の 

「暫く」の画。

氏は歌舞伎精通した方だそうですが、先頃病に倒れ、復活なさったばかりとか。


先生は、舞台の清めの意味と仰いましたが、その横には歴代の団十郎襲名時のお扇子が…。


暫は団十郎の十八番でもありますゆえでしょうか?とも思いました。

上2枚は、11代団十郎、

3、4枚目は、12代団十郎、

そして現13代が団十郎が襲名した際に配られたといいお扇子が荘られています。


牡丹は、成田屋の花だそうですね。

だから娘が4代目市川ぼたんということなのですね。

お干菓子。

落雁、うさぎです。

今度は薄茶を11碗、点てていただきます。

正客茶碗。

ハツ*ハルに相応しい日の丸あさひ。

次客茶碗。

琳派の絵のようなうさぎ。

私がいただきましたお茶碗には、万両に縁にうさぎがおりました。


お詰めは、「柳桜園茶舗」

お茶銘は、「峰の白」

本当なら投扇興という、日本の伝統的ゲームをやりたいのですが…。と先生。


今日は初釜ということで、くじに当たった方にプレゼントがあるとのことでした。


残念ながら、私はハズレてしまいました。

最後にこちらの薄茶器が天板に荘られました。

両脇にうさぎがおります。


色々見せていただけて有難いです。


こちらは元々水指であったものを薄茶器として作られたものだそうです。


紅毛のような印象。

こういったのを用いるのも楽しいですね。


葵のご紋のようにも見えますが、日本に古来からあるハート文様、猪目?

蓋置も素敵でした。


水指が「波にうさぎ」でしたからでしょうか?


うさぎさんの嵐のような数々のご亭主のおもてなしでしたが、それはわたしたちゲストにとってのプレゼンテーション。


たくさんのものの中からひとつでも真似が出来たら良いなと思いましたし、そうしたことを教えてくださる先生に感謝の気持ちでいっぱいでした。


有り難うございました。


2022年『口切りの茶事』



わたしにはお茶の先生がお二人いらっしゃいます。


この後ろ姿。

わたしが最初にお茶を習うきっかけをくださった方です。


かなりお痩せになってしまわれたけど、背筋ぴーん、凛とされていて、佇まいも本当に素敵。


そいでもって、さっぱりしていて、ぐいっと人を引き寄せる。

魅力的なおひとなんですね。


ですから、お声がけをしてくだされば、富士山の麓まで、着物で出掛けて行くのであります。


今回は第7波で伺えなくなってしまったこともあって、東京からの4名、再会は本当に嬉しきことでした。

新宿8:30発の富士山号に乗車して、師匠宅に到着は10:30過ぎ。


荷物を置きましたら、直ちにお茶室へ入って!と云われました。


お軸は、富士吉田 吉祥寺の住職の筆による「平和」


長引くウクライナ進攻。

コロナ渦もいつまで続くのか?


この非常事態で様々なことを学び、考えましたが、やはり願いは平和ですね。


先生もそんな想いで荘られたとおっしゃっていました。

さて、こちらの上生菓子は、

師匠の手作りなんざんす。


予告はいただいておりましたが、

なんたる完成度。


美しさだけでなく、旨 d(⌒ー⌒)!


ラムレーズン入り餡のきんとんでした。

そして、このあしらい。


お見事です。


きんとん 其中庵 製 『山装う』

お点前は、更行棚を使った平点前。


この茶入が荘られていました。


松唐草蒔絵 雪吹(ふぶき)

塗 堅地屋清兵衛(かたじやせいべい)

東京組4名とカメラマン チェ・ゲバラ。

私以外は三年ぶりの再会。


感無量なわけです。

思わず、叫んでしまいました。


師匠は、この設いを利休の朝顔のようなビッグサプライズにしようと考えていたのではないかしら?


まさかお茶席が2席あって、立礼でいただけるとは思っていませんでした。


お部屋に入った瞬間、感動でした。


しかも、この立礼テーブル。

ご主人 チェ・ゲバラ氏作、なのでございます。


素晴らし過ぎるご夫婦でしょ。


この準備に大変な時間をかけられたと思います。


本当に感謝。

大好きな茶箱のお点前。

最初に教えていただいたのは、師匠からでした。


今回は、豪華な蒔絵 槍梅の図

塗りは、山田 楽全 だそうです。


槍梅(やりうめ) とは、
花とつぼみのついた梅の枝をまっすぐに立て、並べた文様。 


ちょうど、槍を並べたように見えるので、この名があるそうです。 


江戸時代の小袖や陶磁器などには、この文様を使った優れた作品が数多くみられるそうですが、尾形光琳の絵で見た記憶があります。


写実ではなく意匠化した紋様ということのようです。


茶箱の点前 卯の花点

師匠2作目のお菓子。


ちょっとちょっと、センス良すぎます。

秋の紅葉、赤く色づくプロセスにこのような彩りの時ありますよね。


美しくて、ため息が出る瞬間。


それを先生ったら、錦玉で仕立てたんですって。


恐れ入りました。

楽しい時間は、あっという間。


茶事参加では感じなかった、お点前、お稽古をやりたいという気持ちに、かなり刺激を受けてしまいました。


あんなに一生懸命やっていたお稽古。

コロナ禍と病気で、3年も凍結してしまった。


やっぱり、お茶って、楽しい!


この気持ちは、この茶会にお招きいただいたから湧き起こりました。


本日は他の東京組よりお先に失礼するわたしに要らぬお気遣いをさせてしまったことにも申し訳なく…。


また、富士吉田社中の皆さまにも今一度感謝です。


師匠、チェ・ゲバラさま、本当に素敵な時間を有り難うございました。

毎年初夏5月に摘んだ新茶は、茶壷に詰められて夏を越し、しっかりと熟成させます。 


11月(陰暦10月)茶壷の口を切り、茶袋を取り出し、ただちに石臼で挽き、抹茶に仕立て挽きたての茶を味わいます。


これが、「茶人の正月」ともいわれる『口切りの茶事』です。


茶壺と云えば

「ずいずいずっころばし、ごまみそずい、ちゃつぼにおわれてどっぴんしゃん…」

の童謡に唄われていますが、


江戸時代に宇治茶を徳川将軍家に献上するため、茶を詰めた茶壺を運ぶ行列にまつわる歌だとされています。


大名行列同様、街道筋(東海道、中山道)の住民は土下座などを強要されたことから「お茶壺道中」と呼ばれ、


「茶壷が来たらピシャンと戸を閉めて、誰が呼んでも外に出てはいけない」という戒めの意が込められているといいます。


このお茶壺道中は、1633年から徳川幕府が倒れるまで続いたそうです。


小さい頃は、軽快なリズムに騙され、イソップ物語のようなシーンを想い描いていました。

さて、参加させて頂く茶事、前回も本当にたくさんの教えや素晴らしい時間をいただきましたもので、今回3回目のリピートです。


待合の軸は、歌舞伎十八番「暫(しばらく)」


浄めの意味で荘られたということでした。

そしてその下には、小さな石臼です。

後でお話をうかがいますと、

お茶をきちんと挽くことのできるものだそうです。


挽きかたについても教えていただきました。


回す方向は手前に引く、逆時計回りだそうです。

さて、

今回は炉でもありまして、以前の風炉の設いとは違っておりました。


炉の位置にあわせて、茶壺が荘られています。


茶壺の置場所ですが、

真ん中は国宝、右は伝来、下座は名なし

だそうです。

白湯をいただきました後、


いよいよお茶事が始まりました。


もちろん初めてのことで、未知の世界なので先生の手元を見るのが精一杯です。


この、茶壺の口切りの際にお出ましになるお道具もはじめて見るものでした。


茶道を習っている時「茶壺のお手前」は、紐や壺を扱う先輩のされる様子を見学するだけで、わたしのようなものには畏れ多い上級者のお手前でした。


ですからこのような茶事を拝見できるだけでも本当に貴重な経験です。


先輩も言っておられましたが、この時期限定となります。

亭主は壺を床から運んで、炉の下座で網を脱がせ口緒をほどかれました。


口切茶事では、特別な茶道具がたくさん登場します。

茶壷はもちろんですが、

葉茶じょうご、茶臼、茶ふるい箱など。

葉茶じょうごは簡単に言えば、茶壷の口を開け、茶を取り出し、茶壷の封をする為の道具だそうです。


木製で六角形の形をしており、その箱の上に美濃紙一帖を二つ折りにしたものを乗せ、更にその上に封紙、竹の鞘に入れた小刀、印肉、印判、糊板、箆、


その向こうに挽家二つがあり、

左の挽家は蓋の上に詰と書いてあり、

茶壷から取り出した薄茶を入れ、

右には濃茶を入れるそうです。

茶壷に入っている茶の種類が書かれている「御茶入日記」は、


本来ならそれを正客に持ち出し、お好みをうかがうそうなのですが、

本日は時間に制限もあるので、先生が選び、お茶を挽くのも割愛させていただきます、とのことでした。

さてここから、ためになるお話を先生から伺いました。


この御茶入日記は、茶壺が入った木箱の蓋裏に貼られていて、お客様が拝見いたしますが、茶舗名の後に印が捺されています。


しかしながら昨年の朱肉が捺されたものはNG。

何故ならば朱肉には香りがあるためです。


口に入るもの、ましてや茶本来の香りを邪魔する行為は駄目ですよね。


と、いうことで、本年は、先生のアドバイスにより、黒で印が捺されました。

先生は一昨年の花押でエエでないかとおっしゃられていましたが、柳櫻園さん側は、お印は陶印をご使用になられたいようです。


わたしも個人的に篆刻を習いに行ったほど、判こが好きですし、


外国の方もそのパーソナルなものが魅力的に目に写るようで、記念にと求める方がいらっしゃるといいますので、はんこを捺したいキモチ、わかります。

さて、封を切られた壺の入口には茶葉がありましたが、それを出し終えると、

袋詰めのお茶が出てきました。


こちらも2枚重ねた懐紙の上に置かれ拝見に回ります。


二つある茶器の中に入れられましたが、

その儀式は複雑で説明は不可能です。

お茶が出されると、亭主の手で、また封がされました。


そして今度は、亭主の印を捺すそうです。


先生、「黒です」

と、おっしゃいました。

茶袋に入れられ、茶壺は水屋に下がります。


その後、亭主は大きな羽ぼうきを持って入り、こぼれた茶葉を掃いて浄めます。


これまたはじめて見るシーン。

大胆なのに美しい所作で、目が釘付けになりました。

さて、懐石をいただきます。


ワオ、お"雑煮"です。

白味噌仕立て。丸餅です。


人参、大根、里芋、そして結び昆布が入っています。


いい、お味。

お酒が振る舞われました。


"向付"をいただきます。

金糸瓜の和え物です。

”朱分皿”

鮭西京焼、菊花蕪

賀寿の子 昆布巻

結びごぼう、伊達巻


お品書きにもですが、お正月を感じる分皿(わけざら)でした。

"強肴"

真子の煮付け、海老芋、絹さや

"吸物 "

紅白さいころ、しんじょう、みつば、柚子


"蒸寿司"

さぁ、お茶を頂く前のお菓子も出ました。

炉開きにいただく"亥子餅"です。


嬉しい!

季節のものをいただく喜びしみしみ。


青柳謹製。

中座して茶席に入ると、瑠璃色の花器に大胆に生けられた様々な"kiku"です。


華やぎequalことほぎです。

炭手前は省略したお茶事ですが、炭の香りが五感に染み入るのは、三年ぶりです。

お点前が始まりました。

棚はつぼつぼ棚。

茶入は大海。


お稽古に行っている時、緒の結びや緒のしまい方、なかなか習得出来ませんでした。


YouTube動画を何度もスローモーションで見ていました。

お茶が運ばれてきました。


亭主が点ててくださる各服点の濃茶。


なんたる贅沢。

美味しゅうございます。

正客茶碗

次客茶碗

大海、拝見させていただきます。

黒薩摩、江戸中期

茶杓 ”もみじがり” 自作だそうです。

仕覆 正倉院裂

干菓子 吉祥寺 亀屋万年堂

続いて、薄茶点前が始まります。

これまた亭主が点ててくださる薄茶です。

わたしのお茶碗の見込みには、

「壽」の文字。

正客茶碗は、華やかでありながら、どこか時代を感じる赤絵です。

次客茶碗。

大棗、

菊に桐。

皇室の紋章ですね。


贅沢な金使いの蒔絵です。


江戸後期のもので、15代淡々斎の花押が蓋裏にあります。

茶杓

正客さんが、「初めてこのような形のを拝見しました」

と、おっしゃいました。


竹の根っこだそうです。


そして、茶杓筒と箱もさりげなく出されました。


ほとんどは先生が削られたのかな?

作、お弟子さんだそうです。


銘、「おいで」とは、

洒落ています。


『重陽の節句』の茶事


前回伺って、とても素敵だったので、ネットに上がった時間にすぐにアクセスして予約をいたしました。


今回のテーマは『重陽の節句』

どんなお道具やお料理なのか?


大変楽しみでした。


例年なら9月は残暑が長引きますが、今年は台風と共に秋めいてきました。


いつもなら薄物を選ぶところですが、

しきたりに倣って、単衣の着物で参じました。

お席に着く前に設えを拝見いたします。

白磁の水指は青海波。

つまみに菊です。


なんと繊細なんでしょう。


「重陽」とは「陽が重なる」という意味。


古来中国では奇数が縁起が良い「陽の数」

その中でも一番大きい「9」が重なる

9月9日は大変めでたい日とされているそうです。


その一方で、陽の気が強いので、逆に陰の出来事がおこりやすいともされ、邪気を祓い、無病息災を祈る風習があります。


そして旧暦の9月9日は菊の季節でもあったので、陽の節句は「菊の節句」とも言われます。


菊は薬効が高く、

古来から邪気を払うとされ

不老長寿の象徴でもありますね。


ということで、本日は菊が随所に登場するようです。

白湯が振る舞われた後、

ご亭主が「今日は本膳です」

と、仰いました。

両手で椀蓋を同時に取って、重ねて右横におきます。


ご正客さんが、

「それではいただきましょう」

と、合図をくださいます。


汁は焼き茄子に芥子ののった赤だし、

白飯は、素晴らしい炊き上がりで、それだけでご馳走でした。

お酒が振る舞われましたので、

向付をいただきます。


"いかの菊花和え 木の葉胡瓜"


菊、登場いたしました。

山葵がとてもいいバランスで美味しくいただきました。


少し小休止。


白飯が美味しいので、すべて平らげそうな勢いでしたが、椀の蓋を閉め、箸は左にかけ、後のお料理のためにお腹のスペースを開けておきます。

椀 “萩しんじょう えのき草“


なんと!お月様とすすきです。


黄色いのは銀杏、黒く見えるのは小豆でしょうか。


手がこんでいるのに温かい。


おもてなし、の極意ですね。

菊です!


揚げ物 "きすの菊花揚げ 菊の葉"


こんにゃくを揚げたものだそうです。


花芯は、梅と玉子。


これは真似出来そうにありません。


添えられた菊の葉は食用だからいただけます。

先生から、食用でないものは毒。

と、注意を受けました。

預け鉢 "菊花饅頭 菊菜"


お饅頭のふっくらと美味しいこと。

とろみがついたお出汁も菊菜と絡んでいます。


秋ならば春菊ではなく菊菜が相応しいですね。


菊菜は横方向に株が広がっているのに対して、関東の春菊は上に向かって株が伸びて育つ違いがあるそうです。

強肴 "水玉えりんぎ"


水玉とは、秋田県の山菜「みず」の実だそうです。

オクラのようなとろみがありました。

小吸物のお椀が出ました。


箸洗い。

口直しのお吸い物。


茶懐石、YouTubeで予習してきてよかったです。

"はすの実"です。

八寸が盆に載せられてきます。

お酒のおかわりを注いでいただき、


小吸物の蓋に取り分けていただきます。


半東さんの無駄のない身のこなし、感心しておりました。


学ぶこと、たくさんありました。

八寸 "光琳海老 おくら"


光琳菊を海老で意匠した八寸は、まん中にしんじょうの入ったお仕事がされていました。


オクラはミニおくらだそうです。

湯桶 香物


湯桶が出されましたので、残りのご飯にそそぎ、香の物といただきます。


今回ご一緒させていただいた11人のお一人が、お正客さんに、

「器は、拭いてお返しした方がよろしいですか?」と、質問されました。


熟練のお正客さんは、

「むずかしいですよね。

年代ものの塗りなどがありますからね。

汁気を軽く拭う程度がいいかと思います。」

そのように仰いました。


勉強になります。

場数を踏んだご意見、さすがです。

ご正客さんがこのような形で膳にのせていらしたので見倣ってそういたしまして、


ご正客さんの合図をいただいて、皆一斉に箸を膳に落としまして、食事の終わりをお知らせ致しました。


膳が下げられ、

主菓子が運ばれます。


菊の焼き印が入った栗饅頭。


懐紙に取っていただきますが、山芋の入った皮が懐紙にくっついてしまいまいました。


上手くいただくことも経験を積まねばわかりません。


大変美味しいじょうよ饅頭でした。


和菓子の究極はお饅頭。

密かにそう思っています。


「下井草 青柳」のお品だそうです。

一旦、お部屋を出ます。


その間、御食事の時にお話のあった玄関真正面の繪。

待合のお軸などをゆっくり拝見します。


まもなくお声がかかりました。

お軸は巻き上げられ、


命が永らえる、きせわたを被せた菊の設えに変わっていました。


素敵!


菊の薬効に起因して『菊の着せ綿』という行事は、9月8日の夜に菊の花を真綿で覆って夜露と香りを綿に移し、

翌朝その綿を使って体や顔を拭うというもの。


そうすると老いが去り、長寿を保つと伝えられていたそうです。


近世では、白菊には黄色、黄菊には赤、赤菊には白、と綿の色を変えるなど細かい決まりもできていたそうです。

正客にお茶が出されるまで、お点前を拝見いたします。


軽やかな動き。

緊張の空気も感じません。


この時間のためにお菓子は先にいただくのですよね。


お茶室マジック。


このひとときは何物にも代えがたい魅力があります。

私にお茶が運ばれました。


久しぶりにいただく濃茶。

あぁ、美味しい。

正客茶碗を拝見いたします。

続いて

お道具を拝見させていただきます。


茶入は、元の時代の唐物で、金継ぎが口に施されていました。

薄茶の干菓子。

菊尽くし。


「金沢 諸江屋 菊せんべい」
「讃岐 和三盆」

ワタシの薄茶は、カッコいい平茶碗でした。

正客茶碗、

薩摩焼、お雛様。

「何故にお雛様?」


「後の雛(のちのひな)」という風習で、


桃の節句(雛祭り)で飾った雛人形を、半年後の重陽の節句で虫干しを兼ねて再び飾り、

健康、長寿、厄除けなどを願う風習。


江戸時代に庶民の間に広がったといわれているそうですが、


この風習、浸透するといいですね。

次客茶碗。


平成天皇ご即位記念のお茶碗で、菊のご紋が意匠化されています。

三客茶碗。


こちらも菊ですが、両脇に龍を配した雅やかなお茶碗。

薄茶器。


拝見の際、もう一つ面白いものをと、特別に皆さんが見れるように並べていただきました。


重陽には、夫婦雛のみを飾っていたそうですが、蓋裏にこの繪。


サプライズです。

スペシャルに見せていただいた薄茶器。


遠州流の薄茶器だそうです。

立ち雛は重陽に使うことが多いとおっしゃっていたかしら?


普通の蓋とお雛様の蓋が2つついている茶器だそうです。


先生はとても柔軟なお方で、裏千家にこだわらず、お道具もお好みで選んでいらっしゃるようです。

友人の今回のお着物。

そして、わたし。


茶事に相応しい単衣を持っていなくて、こんな小紋でお邪魔しました。


今回もお料理、お茶、美味しくまたお話も大変楽しく、貴重な体験でした。


有り難うございました。


前回の茶事『和巾点』


LB階の「スラッシュカフェ」を出て左手に行ってエレベーターに乗り、1階から庭園へアクセスします。


これは、お聞きしなければわかりません。


『八芳園』の名称は「四方八方どこを見ても美しい」に由来するそうです。

この土地は、

江戸時代前期には譜代の江戸幕府旗本・大久保彦左衛門の屋敷(一部)

その後薩摩藩の抱屋敷、島津家(松平薩摩守)の下屋敷を経て、

明治時代に渋沢喜作(栄一の従兄、実業家)の手に渡ったそうです。


そして、渋沢が大正5年に売り出した際、日立製作所の創始者であり、政治家としても権勢をふるった久原房之助が購入。


明治後期に建設された渋沢邸に久原が増築を施した建物が、バイデン大統領をもてなされた現存する八芳園『壺中庵』

自然の地形を生かした大庭園も、久原時代に構築した庭が原型だそうです。

茶室が見えてきました。


白鳳館での懐石マナーでは茶席もあったりしましたが、ここの存在はまったく記憶にございません。

点茶は立礼で、待合になる土間でふるまわれます。


すでに4名のお客様がおられましたが、私達は入室をうながされ、その方々がお茶を召し上がった後にお茶を点てていただきました。


お点前は、簡略されていましたが、お茶を点てる、いただくという行為は何物にも代え難いとても良い時間を与えてくださいます。


利用できるのは、土、日、月曜日の11時から15時まで。


予約は出来ず直接伺います。

この「夢庵」は、生糸貿易商の田中平八が横浜に建てた茶室で、先の久原房之助が移築したもので、

待合は久原氏が増築した部分だそうです。

お菓子は、

干菓子で名高い金沢諸江屋の落雁、

"万葉の花"

と、両口屋是清の

"二人静"でした。


両口屋是清の二人静は引菓子としても使われるんでしょうね。


紅白でお目出度いです。

お抹茶は、お支度、ご案内、点茶、会計までこなす方がお一人で点ててくださいました。


大服で大変結構でした。

お湯の加減もお一人で調整しながら点ててくださっていましたし、いい塩梅で柔らかな泡がたっていました。


お庭を愛でながらいただくお茶は格別ですね。

先ほど私達が座っていた場所に、外国人のモデル3人が入られました。


初めてなので、作法がわからない。

と、言っておられましたが、日本文化を知りたくてというような姿勢がエエではないですか!


「Please enjoy」と、言ってバイバイしました。

茶室は広間と小間の2席があるそうです。

広間を外から拝見することが出来ました。

天井は、一枚板4枚で張られ、床間は2畳という贅沢な造りです。

回遊式庭園なので、ぐるりと歩いてみました。

大名屋敷の庭園に代表される池、築山を中心にした回遊できる池泉回遊式庭園です。

造園の基本要素である「樹」「石」「水」「土」を妙に配置することで、自然をあるがままの姿で再現しているそうです。

庭園には4棟の東屋が点在し、庭園の点景物として優れた風景を作り出しています。


八芳園 点茶


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