吉祥寺でポスターを見かけて観に行きたいと思っていました。友達を誘って日時指定券をローソンでGET。台風が心配でしたが、予定通り敢行できました。

なにかこういう民芸的なものに惹かれるんです。何回か足を運んでいる日本民芸館で観ているのかもしれませんが、これを大津絵と呼ぶのを知ったのは茶道のお稽古で床の間に先生が設えていたことがあったからでした。確か節分に近い時、それは鬼の絵だったと思います。

先生は「どなたの作品なんですか?」と聞くと、「大津のその辺で売っているもの」と、仰いました。それを買いに行く旅を考えていた時期があります。

大津絵(おおつえ)は江戸時代初期の頃から、三井寺付近で売られていた民画だそうです。青面金剛などの仏画や、藤娘・鬼の念仏・瓢箪鯰などの世俗画が画題としてとりあげられ、土産物として、または厄払いとしてなど求められ、売られていたようです。

その多くない画題の作品を所有者がこの民芸を高く評価していた。ピカソを含むたくさんの目利きの方々を魅了し、収集させたという展覧会でした。

その中の1人、民芸活動をした柳宗悦が所有していた大津絵はそういう訳で日本民芸館にあったかと思われます。

内部での写真撮影はNGですが、ここは次の展示会場へ行くまでの階段です。

復原された東京駅ですが、こうして内部のレンガはそのままの姿を残します。
重要文化財です。

美術館の出入口は東京駅北口ドーム広場となります。

左手、円形の屋根部分の場所が美術館です。
これからも面白い観点で色々見せてくれそうです。

東京ステーションギャラリー


小さなアート系出版社、888ブックス(ハチミツブックス)が運営するギャラリーで、和田誠さん一周忌の追善供養として、自著、関連書130タイトル以上が集められるというので覗きに行ってきました。
ちなみにこちらのロゴは和田誠さんの手掛けられたものだそうです。

クリエイターのアトリエのあるパールマンションの一角にあり、隣はパドラーズコーヒーです。
小さなスペースですが、幡ヶ谷駅から歩いて5分。帰りは代々木上原まで歩きましたが、その通り道にお洒落なお店がたくさんできていたので、小雨の中の散歩が楽しくなりました。
代々木上原のカタネベーカリーは相変わらず人気の様子で、行列でした。

亡くなられてからも週刊文春の表紙は今も和田誠さんのイラストです。
イラストレーター、グラフィックデザイナーが本職と思っていましたが、映画通で映画のイラストがとても印象的です。監督作品も多数あります。小泉今日子さん主演の「怪盗ルビイ」は和田作品です。音楽にも詳しく、楽曲も残されています。ジャズの評論などもされていて、本当に多彩な方でした。
今はそんな生き方や残された作品を目にすることでその豊かな才能を拝見することしかできませんが、18日までのこの期間限定の「和田誠書店」にはファンがたくさん訪れていました。

和田誠さんオフィシャルサイト


美術館づいていますが、今日は日時指定で予約を入れた国立西洋美術館へと行ってきました。
久しぶりに上野を訪れますと、JR上野駅公園口の出口が閉鎖されていました。鶯谷駅方向に臨時改札があり、ちょっと戸惑いました。海外からのお客様がほとんどいなくなった上野駅ですが、インバウンドを見越したに違いない工事が行われています。

さて、『ロンドンナショナルギャラリー展』日本での初公開、公開日の延期ということもあり、観覧の人の多さはコロナ禍を忘れるくらいでした。ネット予約でいらしているお客さまなはずですが、時間指定にも関わらず、入場入口まで並びました。
それでなかったらどんな混雑なのか?上野の美術展はやはり期待値が違うようです。

ロンドンナショナルギャラリーはトラファルガー広場にあるそうです。
13世紀半ばから19世紀までの名作絵画2,300点以上を所蔵し世界第4位の来館者数を誇る美術館。ギャラリーというイメージを覆す規模のようです。

今回は19世紀から所蔵された作品の中の選りすぐり61点の公開です。
西洋美術館という箱にしては少ない感じがしましたが、じっくりと見て回るにはいい点数なのかもしれません。
重厚で濃密な絵画が多いので、物足りない印象はありません。

幅広い時代からのピックアップは時代別になっていて、良く知られた作者の作品が観ることができます。
目玉は、フェルメール、、レンブラント、ベラスケス、ターナー、モネなどではないでしょうか。








特にモネは西洋美術館の誇り『睡蓮』の小品が出展されています。この特別展を拝観した後、常設展の中の『睡蓮』を拝見しましたところ、その横に昨年公開された松方コレクションの損傷が激しく修復後も上部は剥落したままのモネの『睡蓮 柳の反映』が展示されていました。
その時の記事

すべての作品は時代別に分けられていましたが、最後に別格扱いにされていたのが、ゴッホの『ひまわり』でした。
損保美術館にも黄色の背景の『ひまわり』がありますが、ロンドンナショナルギャラリーのひまわりは、サイン入りです。
SONPO美術館のゴッホ

ゴッホは1888-89年にかけて、南フランスのアルルで花瓶に生けたひまわりの絵を7点描きました。ロンドンのヴァージョンはそのうちの4点目にあたり、共同生活を送る予定だった畏友ポール・ゴーガンの寝室を飾る目的で描かれたものだそうです。

ゴッホの魅力はこれだけではないですが、ひまわり観なくしてゴッホは語れない。そんな感じですか?
耳を切り落としたのがこの作品たちが描かれた後と言いますからエネルギーの注ぎ方は半端ではものだったような思いがします。

国立西洋美術館でのロンドンナショナルギャラリー展は10月18日まで。


ネット予約が億劫だなぁ〜と、なかなか気持ちが向かないままでおりましたが、12月で伝説の原美術館が閉館するというので、思いのあるうちにと行ってまいりました。

以前から前衛的な作品の展示が多いように記憶していますが、今回はどのようなものが拝見できるのか楽しみでした。

館内までのアプローチにあるこの作品だけでも、面白いものに出逢える予感がするでしょうか?

アルミニウム、テレビ受像機、公衆電話。

お名残惜しいですね。老朽化による決定だそうですが、昔、山口百恵さんと三浦友和さんが新婚時代に住まれていたペイシティルネッサンスは今も威風堂々とした高級マンションでしたが、かつての憧れの地、御殿山はなんとなく陸の孤島のような佇まいのように目に映りました。

今ではレトロに見える玄関扉。

館内はカフェ奥のお庭も含めて撮影はできません。
作品は、原美術館へのオマージュ、そんな風に感じました。作品の一部であるピアノの自動演奏。潤いをおびた庭の緑や原美術館のシャープなイメージにぴったりでした。

原美術館が活用している邸宅は、原邦造の私邸として渡辺仁が設計し、昭和13年(1938年)竣工したものである。渡辺は上野の東京国立博物館本館や銀座の和光本館(旧服部時計店)の設計で知られる、当時の代表的な建築家である。

原美術館は、財団法人(現・公益財団法人)アルカンシェール美術財団を母体として昭和54年(1979年)に開館した。現代美術の最新の動きを紹介する意欲的な展覧会を随時行っており、「ハラ・アニュアル」展の開催などによって、有望な新人の紹介にも努めている。

館内各所に、レイノー、森村泰昌、宮島達男などのインスタレーション作品がみられるが、戦前の個人邸宅の雰囲気を残した建物と現代美術とが不思議に調和している。庭にも多田美波、関根伸夫などの作品が設置されている。
常時見ることのできるインスタレーション作品、野外展示作品

・ジャン=ピエール・レイノー『ゼロの空間』(1981年)

・宮島達男『時の連鎖』(1989−1994年)

・森村泰昌『輪舞』(1994年)

・関根伸夫『空相』(1980年)

・多田美波『明暗』(1980年)

・須田悦弘『此レハ飲水ニ非ズ』(2001年)
Wikipediaより

原美術館


ブリジストン美術館がアーティゾン美術館となって生まれ変わりました。
コロナ禍中のオープンで、二の足を踏み、オープニングの石橋コレクションは見逃してしまいました。
日本橋、京橋、東京駅から徒歩5分。アクセスも良くとてもわかりやすいです。

友人と「着物で行こう!」と盛り上がり、念願がようやく叶いました。
トネリコという建築やインテリア、家具などのデザイン事務所が手掛けたものだそうで、フレッシュで押し付けがましいところがない心地よさを感じました。LoFtに携わっているそうですね。ところどころに置かれた椅子やオブジェもとても素敵でした。

トネリコ

コロナ対策も万全です。そもそもチケット販売は日時指定予約制という新しい形ですが、コロナ禍の今は当たり前になりました。先日行った映画館もチケット販売のカウンターは消え、セルフレジスタイルでした。

美術館は6Fから始まります。
まずは、『ジャム・セッション 石橋財団コレクション × 鴻池朋子 鴻池朋子 ちゅうがえり』

美術館のコンセプト「創造の体感」を体現する展覧会だということですが、クリエイトされた作品たち、多岐にわたっていて見ごたえがありました。

こちらはキラキラが気に入った作品でした。

5F、第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本館展示「Cosmo-Eggs|宇宙の卵」の帰国展
難解。

最後に4Fでは、石橋財団コレクションを観ることができました。
常設?の中に、観たかった青木繁氏の『海の幸』

アルベルト ジャコメッティの『矢内原』
コレクションの中には応挙の作品もあります。

パウロ クレー『小さな抽象的ー建築的油彩(黄色と青色の球形のある)』
2019 年に24 点の作品をまとめて収蔵したものと以前からのコレクション1点をあわせた特別展示展です。

『谷間の花』

インフォルーム。

利用したロッカーさえも美しい!
見所満載な美術館でした。
次回は【琳派と印象派】面白そうです。

アーティゾン美術館


今年は御即位を祝しての特別公開ということもあるのでしょうが、国立博物館で開催の正倉院展、大変な人気でした。
実は11月初めに一度足を運んだのですが、入場制限中で30分待ちとのことだったのであきらて帰りました。今回は出来るだけ朝早く来たつもりでしたが、やはりすでに30分待ちでした。そして、あともう少しで入り口というところで撮影しましたが並びは増殖しこの有り様です。もちろん会場内でも人でごったがえしていました。
でも私、奈良国立博物館は行けませんし、しっかり見ておこうと最前列、亀の歩みの中、頑張りました。
有意義でした。
今まで、正倉院の宝物について考えたことがありませんでしたが、よくぞ残ってくださったという貴重な品々だということを意識できました。
奈良国立博物館での展示前に蔵を開ける厳かな儀式があることも全く知りませんでした。
茶道では古袱紗と呼ばれるものに正倉院柄の裂地を使うので、織物にはとても興味があったのですが、布は傷みが激しく塵骸となって柩の中に入っているものが多いそうです。退色してぼろぼろになったものを選り分ける作業、モニターでみましたが、恐れ入りました。

その宝物の中の琵琶。これは模造品ですが、仕上げる作業の細密な様子、気が遠くなりました。

これも模造品。この音色が流れていましたが、その頃憧れであった唐の匂いがしました。それは神秘的で洋楽器にはない心地よいものでした。

奈良・平安時代の中央・地方の官庁や大寺には,重要物品を納める正倉が設けられていました。そしてこの正倉が幾棟も集まっている一廓が正倉院と呼ばれたのです。しかし,あちこちに置かれた正倉は,歳月の経過とともにいつしか亡んでしまい,わずかに東大寺正倉院内の正倉一棟だけが往時のまま今日まで残ったのです。これがすなわち,正倉院宝庫です。
8世紀の中頃,奈良時代の天平勝宝八歳(756)6月21日,聖武天皇の七七忌の忌日にあたり,光明皇后は天皇の御冥福を祈念して,御遺愛品など六百数十点と薬物六十種を東大寺の本尊盧舎那仏(大仏)に奉献されました。皇后の奉献は前後五回におよび,その品々は同寺の正倉(現在の正倉院宝庫)に収蔵して,永く保存されることとなりました。これが正倉院宝物の起りです。そして,大仏開眼会をはじめ東大寺の重要な法会に用いられた仏具などの品々や,これより200年ばかり後の平安時代中頃の天暦4年(950)に,東大寺羂索院の倉庫から正倉に移された什器類などが加わり,光明皇后奉献の品々と併せて,厳重に保管されることとなったのです。正倉院宝物は,このようにいくつかの系統より成り立っています。

この正倉院宝庫は,千有余年の間,朝廷の監督の下に東大寺によって管理されてきましたが,明治8年(1875),宝物の重要性にかんがみ内務省の管轄となり,次いで農商務省を経て宮内省に移り,引き続き宮内庁の所管するところとなったのです。なお,宝庫は現在,古来の正倉のほかに西宝庫・東宝庫があり,いま宝物はこの両宝庫に分納して保存されています。(トーハクHPより)

今日は春秋の特別公開のお庭も拝見しました。

こちらでは茶会も開かれる応挙館。ライティングしているのですね、最近。

博物館の裏手にお庭はあります。

特定席はこちら。池の向こう岸に茶室が見えます。

この裏になります。

いつも特別展だけを見て精魂つきてしまうのですが、今日は奈良に行ったことで興味が湧いた【法隆寺宝物館】にも立ち寄ります。

どこか京都国立博物館に似ていますね。水を渡るデザインはお清めの意味合いがあるのでしょうか?

宝物館からみた景色。

法隆寺献納宝物を代表する名品である懽頂幡(かんじょうばん)の復元。

明治11年(1878)に奈良・法隆寺から皇室に献納され、戦後国に移管された宝物300件あまりを収蔵・展示しています。これらの文化財は、正倉院宝物と双璧をなす古代美術のコレクションとして高い評価を受けていますが、正倉院宝物が8世紀の作品が中心であるのに対して、それよりも一時代古い7世紀の宝物が数多く含まれていることが大きな特色です。(トーハクHPより)

今回はもと法隆寺東院の絵殿を飾っていた障子絵の国宝「聖徳太子絵伝」を展示を拝見できました。この絵伝は、平安時代に描かれた太子生涯の事績を絵物語にまとめたもので、現存する太子絵伝のなかで最も古く、初期やまと絵の代表作にあげられる優品だそうです。奈良は聖徳太子ゆかりの地。偉業を伝える絵画です。


六本木ヒルズで開催されている【バスキア展】に行って来ました。
『メイド イン ジャパン』というタイトルは、ZOZOTOWNの前園氏所有の高額な写真の絵画に込められたのではなく、来日した時にインスパイアされたことがあったということを知りました。

デヴィッドボウイが演じたアンディウォーホルの【バスキア】という映画を観ています。けれど、薬物異常摂取で若くして亡くなったという背景が強く印象に残っています。

たぶん実物の作品を観るのは初めてです。
この作品は今ではあまり見かけなくなったドリンク瓶の蓋のコラージュですが、その横に絵を配置するという斬新なものです。

どれも中世の画家たちが観たら驚くだろうなというスタイル。額装もオリジナリティ溢れています。

文字の羅列。色使い、魅力的です。

この作品、どこか国芳を感じました。

そしてこれは、浮世絵の役者絵に見えました。

綺麗な色使いですよね。心の闇があったようには感じません。
来日されたときに出逢ったのでしょうか?「トーヨーのおりがみ」という日本語が散りばめられています。

多くの作品が個人所有が多かったのですが、アジアの方の所有が多かったように思います。中にはagnes b.の名前もありました。これはウチの近くの世田谷美術館の所有だそうです。

独特な世界。定着した感はありますが、うまへた的なポップアートの確立はバスキアなくして語れないのでしょうね。

富士山ですか?

バスキア展


友人の薦めもあって、円山応挙他、昭和に至るまでの画家の作品を観てきました。今では当たり前の写生を重きをおいていた応挙の作品、感動しました。
「すべては、応挙からはじまる」との言葉、なるほどでした。

幾度か訪れている芸大美術館ですが、今展は結構な人気のようでした。

キャンパス内にありますゆえ、美術館併設のオークラもいいですが、ベンチに座ればこのような癒しの風景もありますし、

ここは学食でして、

一般の人も大変リーズナブルなお値段で、定食などをいただけます。

私は美術観賞後、谷中散歩。
やっぱり今日もカヤバ珈琲は列を作っていました。

今日はお彼岸の入り。谷中霊園へ向かう方々、根津からの言問通りの花屋の店先にはたくさんの仏花並んでいました。帰りの日暮里駅構内にも仏花が販売されていること、驚きでした。

この道もいいんですよね。『さくら通り』と言います。スカイツリーも右手に見えますが、徐々に黄色く色づいてはらはらと落ち葉になる桜。春も素敵でしょうね。
「暑さ寒さも彼岸まで」亡くなった両親を思って歩きました。

円山応挙から京都画壇へ

開催前から観にいきたいな。そんな風に思う美術展があります。けれど横浜。ちょっぴり二の足を踏んでしまいましたが、やっぱり行って良かった!

原三渓、この名は横浜本牧にある三渓園を訪ねた時に知った名前です。

1892年、横浜の豪商・原善三郎の孫であり、跡見女学校での教え子であった原屋寿(はら やす)と結婚し、原家に入る。横浜市を本拠地とし、絹の貿易により富を築いた。
また富岡製糸場を中心とした製糸工場を各地に持ち、製糸家としても知られていた。
1915年に帝国蚕糸の社長、1920年に横浜興信銀行(現在の横浜銀行)の頭取となる。1923年の関東大震災後には、横浜市復興会、横浜貿易復興会の会長を務め、私財を投じ復興に尽くした。
美術品の収集家として知られ、小林古径、前田青邨らを援助した。横浜本牧に三溪園を作り、全国の古建築の建物を移築した。三溪園は戦前より一部公開されていたが、戦後原家より横浜市に譲られ、現在は公益財団法人三溪園保勝会により保存され、一般公開されている。(Wikipediaより)
このようなことを知った時に山下公園前のランドマークとも云えるホテルニューグランドも関わりがあると記憶していましたが、こういうことのようです。

土地、建物は市が提供、経営は民間が担った。三渓園を造った原富太郎ら横浜財界の有力者が全面的に協力、名称は一般公募し「ホテルニューグランド」とした。今でいう第3セクター方式で、27(昭和2)年に開業した。だからこの名門ホテルは開業から82年経る今も、横浜市に本館の敷地や建物の賃貸料を支払い続けている。
だ、そうです。

そして原富太郎氏、茶人でもあります。
今回、自作の蓮の絵が入口、そして中ほどでも展示されていました。お上手です。
三渓園に行った時は、お昼近くなっていて蕾の姿しか見れませんでしたが、原三渓氏にとって蓮は特別なもののようです。
三渓園は蓮池も有名ですが、常に点茶がいただけること。茶会が行われることでも知られています。
樹木希林さんの遺作『日日是好日』の茶会のは三渓園でした。

横浜の偉人ですね。横浜美術館での開催には大変意味があるのですね。
横浜美術館は建物が魅力的です。1989年竣工だそうですが、今でも新しいと感じる建物です。
空間にいるだけで、アートに触れてる感が高いです。

今回の展示は記録に残る原三渓コレクションが集められています。特にポスターになっている孔雀明王は素晴らしい。思わず拝んでしまいました。当時、井上馨から破格の一万円で購入されたそうですが、目利きの数奇人が感じる神々しさもただならぬものだったのだろうと想像します。

窓からの景色もいいですね。
先日行った松方コレクションもですが、資料が残されていると、こうした展覧会が企画され、集められるのですね。

採光が感じられるのは魅力的です。
美術館はみなとみらい駅から数分なのも助かります。
お隣は『マークイズみなとみらい』アフター美術館出来ます。

桜木町からのアクセスも出来ますが、8月、厳しい暑さですからみなとみらい線を使うのが懸命です。

目の前の噴水広場では子どもたちがたくさん行水していました。

横浜美術館


先日の松方コレクション展を観に行って、戦争による美術品の略奪の歴史を知りました。色々調べているうちに返還された美術品にクリムト作品があることを知りました。
それは『黄金のアデーレ』という映画になっていました。公開時に観たかった作品だったのに忘れていました。週末、DVDを借りて観ました。
凄く良かった。

描かれているのは、アメリカで暮らす82歳のマリア・アルトマンが駆け出し弁護士ランディと共に起こした裁判。
訴えた相手は、オーストリア政府。

“オーストリアのモナリザ”と呼ばれる、クリムトが描いたマリアの伯母の肖像画「黄金のアデーレ」の返還を求めてのものでした。
ナチスによって略奪されたたくさんの美術品はもちろん返還されることなく今はほとんどがウィーンのベルヴェデーレ宮殿の絵画館にあるといいます。

宮殿は行ったけど、黄金のアデーレは観たかしら?たぶん観ていません。
今回のクリムト展で黄金のアデーレは観れません。

勝訴して取り戻された黄金のアデーレは運命を同じように翻弄されたウィーン出身のエスティローダーが156億円で買い取り、ノイエガレリエにあるからです。

映画の冒頭、金箔を張り付ける映像から始まりますが、それはとても日本的。クリムト自身、日本の芸術から影響を受けたのでは、と云われているそうで、その資料となるものが展示されています。

今まで、好きな画風ではないて思っていたのですが、やはりウィーンの国宝と言われる作品を残した天才です。その才能の深さ、チャレンジャーであったこと、今回のクリムト展で知ることができました。
公開は明日まで。とても人気で、平日にもかかわらず20分待ちでしたが、観に行けて良かったです。

詳しくはこちら


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