今年は御即位を祝しての特別公開ということもあるのでしょうが、国立博物館で開催の正倉院展、大変な人気でした。
実は11月初めに一度足を運んだのですが、入場制限中で30分待ちとのことだったのであきらて帰りました。今回は出来るだけ朝早く来たつもりでしたが、やはりすでに30分待ちでした。そして、あともう少しで入り口というところで撮影しましたが並びは増殖しこの有り様です。もちろん会場内でも人でごったがえしていました。
でも私、奈良国立博物館は行けませんし、しっかり見ておこうと最前列、亀の歩みの中、頑張りました。
有意義でした。
今まで、正倉院の宝物について考えたことがありませんでしたが、よくぞ残ってくださったという貴重な品々だということを意識できました。
奈良国立博物館での展示前に蔵を開ける厳かな儀式があることも全く知りませんでした。
茶道では古袱紗と呼ばれるものに正倉院柄の裂地を使うので、織物にはとても興味があったのですが、布は傷みが激しく塵骸となって柩の中に入っているものが多いそうです。退色してぼろぼろになったものを選り分ける作業、モニターでみましたが、恐れ入りました。

その宝物の中の琵琶。これは模造品ですが、仕上げる作業の細密な様子、気が遠くなりました。

これも模造品。この音色が流れていましたが、その頃憧れであった唐の匂いがしました。それは神秘的で洋楽器にはない心地よいものでした。

奈良・平安時代の中央・地方の官庁や大寺には,重要物品を納める正倉が設けられていました。そしてこの正倉が幾棟も集まっている一廓が正倉院と呼ばれたのです。しかし,あちこちに置かれた正倉は,歳月の経過とともにいつしか亡んでしまい,わずかに東大寺正倉院内の正倉一棟だけが往時のまま今日まで残ったのです。これがすなわち,正倉院宝庫です。
8世紀の中頃,奈良時代の天平勝宝八歳(756)6月21日,聖武天皇の七七忌の忌日にあたり,光明皇后は天皇の御冥福を祈念して,御遺愛品など六百数十点と薬物六十種を東大寺の本尊盧舎那仏(大仏)に奉献されました。皇后の奉献は前後五回におよび,その品々は同寺の正倉(現在の正倉院宝庫)に収蔵して,永く保存されることとなりました。これが正倉院宝物の起りです。そして,大仏開眼会をはじめ東大寺の重要な法会に用いられた仏具などの品々や,これより200年ばかり後の平安時代中頃の天暦4年(950)に,東大寺羂索院の倉庫から正倉に移された什器類などが加わり,光明皇后奉献の品々と併せて,厳重に保管されることとなったのです。正倉院宝物は,このようにいくつかの系統より成り立っています。

この正倉院宝庫は,千有余年の間,朝廷の監督の下に東大寺によって管理されてきましたが,明治8年(1875),宝物の重要性にかんがみ内務省の管轄となり,次いで農商務省を経て宮内省に移り,引き続き宮内庁の所管するところとなったのです。なお,宝庫は現在,古来の正倉のほかに西宝庫・東宝庫があり,いま宝物はこの両宝庫に分納して保存されています。(トーハクHPより)

今日は春秋の特別公開のお庭も拝見しました。

こちらでは茶会も開かれる応挙館。ライティングしているのですね、最近。

博物館の裏手にお庭はあります。

特定席はこちら。池の向こう岸に茶室が見えます。

この裏になります。

いつも特別展だけを見て精魂つきてしまうのですが、今日は奈良に行ったことで興味が湧いた【法隆寺宝物館】にも立ち寄ります。

どこか京都国立博物館に似ていますね。水を渡るデザインはお清めの意味合いがあるのでしょうか?

宝物館からみた景色。

法隆寺献納宝物を代表する名品である懽頂幡(かんじょうばん)の復元。

明治11年(1878)に奈良・法隆寺から皇室に献納され、戦後国に移管された宝物300件あまりを収蔵・展示しています。これらの文化財は、正倉院宝物と双璧をなす古代美術のコレクションとして高い評価を受けていますが、正倉院宝物が8世紀の作品が中心であるのに対して、それよりも一時代古い7世紀の宝物が数多く含まれていることが大きな特色です。(トーハクHPより)

今回はもと法隆寺東院の絵殿を飾っていた障子絵の国宝「聖徳太子絵伝」を展示を拝見できました。この絵伝は、平安時代に描かれた太子生涯の事績を絵物語にまとめたもので、現存する太子絵伝のなかで最も古く、初期やまと絵の代表作にあげられる優品だそうです。奈良は聖徳太子ゆかりの地。偉業を伝える絵画です。


六本木ヒルズで開催されている【バスキア展】に行って来ました。
『メイド イン ジャパン』というタイトルは、ZOZOTOWNの前園氏所有の高額な写真の絵画に込められたのではなく、来日した時にインスパイアされたことがあったということを知りました。

デヴィッドボウイが演じたアンディウォーホルの【バスキア】という映画を観ています。けれど、薬物異常摂取で若くして亡くなったという背景が強く印象に残っています。

たぶん実物の作品を観るのは初めてです。
この作品は今ではあまり見かけなくなったドリンク瓶の蓋のコラージュですが、その横に絵を配置するという斬新なものです。

どれも中世の画家たちが観たら驚くだろうなというスタイル。額装もオリジナリティ溢れています。

文字の羅列。色使い、魅力的です。

この作品、どこか国芳を感じました。

そしてこれは、浮世絵の役者絵に見えました。

綺麗な色使いですよね。心の闇があったようには感じません。
来日されたときに出逢ったのでしょうか?「トーヨーのおりがみ」という日本語が散りばめられています。

多くの作品が個人所有が多かったのですが、アジアの方の所有が多かったように思います。中にはagnes b.の名前もありました。これはウチの近くの世田谷美術館の所有だそうです。

独特な世界。定着した感はありますが、うまへた的なポップアートの確立はバスキアなくして語れないのでしょうね。

富士山ですか?

バスキア展


友人の薦めもあって、円山応挙他、昭和に至るまでの画家の作品を観てきました。今では当たり前の写生を重きをおいていた応挙の作品、感動しました。
「すべては、応挙からはじまる」との言葉、なるほどでした。

幾度か訪れている芸大美術館ですが、今展は結構な人気のようでした。

キャンパス内にありますゆえ、美術館併設のオークラもいいですが、ベンチに座ればこのような癒しの風景もありますし、

ここは学食でして、

一般の人も大変リーズナブルなお値段で、定食などをいただけます。

私は美術観賞後、谷中散歩。
やっぱり今日もカヤバ珈琲は列を作っていました。

今日はお彼岸の入り。谷中霊園へ向かう方々、根津からの言問通りの花屋の店先にはたくさんの仏花並んでいました。帰りの日暮里駅構内にも仏花が販売されていること、驚きでした。

この道もいいんですよね。『さくら通り』と言います。スカイツリーも右手に見えますが、徐々に黄色く色づいてはらはらと落ち葉になる桜。春も素敵でしょうね。
「暑さ寒さも彼岸まで」亡くなった両親を思って歩きました。

円山応挙から京都画壇へ

開催前から観にいきたいな。そんな風に思う美術展があります。けれど横浜。ちょっぴり二の足を踏んでしまいましたが、やっぱり行って良かった!

原三渓、この名は横浜本牧にある三渓園を訪ねた時に知った名前です。

1892年、横浜の豪商・原善三郎の孫であり、跡見女学校での教え子であった原屋寿(はら やす)と結婚し、原家に入る。横浜市を本拠地とし、絹の貿易により富を築いた。
また富岡製糸場を中心とした製糸工場を各地に持ち、製糸家としても知られていた。
1915年に帝国蚕糸の社長、1920年に横浜興信銀行(現在の横浜銀行)の頭取となる。1923年の関東大震災後には、横浜市復興会、横浜貿易復興会の会長を務め、私財を投じ復興に尽くした。
美術品の収集家として知られ、小林古径、前田青邨らを援助した。横浜本牧に三溪園を作り、全国の古建築の建物を移築した。三溪園は戦前より一部公開されていたが、戦後原家より横浜市に譲られ、現在は公益財団法人三溪園保勝会により保存され、一般公開されている。(Wikipediaより)
このようなことを知った時に山下公園前のランドマークとも云えるホテルニューグランドも関わりがあると記憶していましたが、こういうことのようです。

土地、建物は市が提供、経営は民間が担った。三渓園を造った原富太郎ら横浜財界の有力者が全面的に協力、名称は一般公募し「ホテルニューグランド」とした。今でいう第3セクター方式で、27(昭和2)年に開業した。だからこの名門ホテルは開業から82年経る今も、横浜市に本館の敷地や建物の賃貸料を支払い続けている。
だ、そうです。

そして原富太郎氏、茶人でもあります。
今回、自作の蓮の絵が入口、そして中ほどでも展示されていました。お上手です。
三渓園に行った時は、お昼近くなっていて蕾の姿しか見れませんでしたが、原三渓氏にとって蓮は特別なもののようです。
三渓園は蓮池も有名ですが、常に点茶がいただけること。茶会が行われることでも知られています。
樹木希林さんの遺作『日日是好日』の茶会のは三渓園でした。

横浜の偉人ですね。横浜美術館での開催には大変意味があるのですね。
横浜美術館は建物が魅力的です。1989年竣工だそうですが、今でも新しいと感じる建物です。
空間にいるだけで、アートに触れてる感が高いです。

今回の展示は記録に残る原三渓コレクションが集められています。特にポスターになっている孔雀明王は素晴らしい。思わず拝んでしまいました。当時、井上馨から破格の一万円で購入されたそうですが、目利きの数奇人が感じる神々しさもただならぬものだったのだろうと想像します。

窓からの景色もいいですね。
先日行った松方コレクションもですが、資料が残されていると、こうした展覧会が企画され、集められるのですね。

採光が感じられるのは魅力的です。
美術館はみなとみらい駅から数分なのも助かります。
お隣は『マークイズみなとみらい』アフター美術館出来ます。

桜木町からのアクセスも出来ますが、8月、厳しい暑さですからみなとみらい線を使うのが懸命です。

目の前の噴水広場では子どもたちがたくさん行水していました。

横浜美術館


先日の松方コレクション展を観に行って、戦争による美術品の略奪の歴史を知りました。色々調べているうちに返還された美術品にクリムト作品があることを知りました。
それは『黄金のアデーレ』という映画になっていました。公開時に観たかった作品だったのに忘れていました。週末、DVDを借りて観ました。
凄く良かった。

描かれているのは、アメリカで暮らす82歳のマリア・アルトマンが駆け出し弁護士ランディと共に起こした裁判。
訴えた相手は、オーストリア政府。

“オーストリアのモナリザ”と呼ばれる、クリムトが描いたマリアの伯母の肖像画「黄金のアデーレ」の返還を求めてのものでした。
ナチスによって略奪されたたくさんの美術品はもちろん返還されることなく今はほとんどがウィーンのベルヴェデーレ宮殿の絵画館にあるといいます。

宮殿は行ったけど、黄金のアデーレは観たかしら?たぶん観ていません。
今回のクリムト展で黄金のアデーレは観れません。

勝訴して取り戻された黄金のアデーレは運命を同じように翻弄されたウィーン出身のエスティローダーが156億円で買い取り、ノイエガレリエにあるからです。

映画の冒頭、金箔を張り付ける映像から始まりますが、それはとても日本的。クリムト自身、日本の芸術から影響を受けたのでは、と云われているそうで、その資料となるものが展示されています。

今まで、好きな画風ではないて思っていたのですが、やはりウィーンの国宝と言われる作品を残した天才です。その才能の深さ、チャレンジャーであったこと、今回のクリムト展で知ることができました。
公開は明日まで。とても人気で、平日にもかかわらず20分待ちでしたが、観に行けて良かったです。

詳しくはこちら

国立西洋美術館は6月10日で60周年だそうですね。その節目に『松方コレクション展』が開催中です。
新聞で記事を読んでいて、絶対に行きたいと思った美術展だったので、珍しく前売りを購入していました。

NHK BSで3月頃オンエアの「アメリカ人が愛した日本美術」という番組を見ていました。アメリカ人のコレクターによって日本美術は評価され、異国の地に渡ることになりました。戦争を境に多くの資産家や寺が所蔵品を二束三文で売買したと言います。しかしながら焼失を免れて国宝クラスの作品が今も残っていることは幸いなことだと思いますし、日本では評価がイマイチだった作家が海外で高評価で注目されたのもこういった時代背景があってのことだと思います。

当時、松方コレクションの取引にも携わっていたというアメリカで美術商をしていた山中商会は日本が敗戦したことで、すべての美術品を接収され、売買されたそうです。
そのような運命を同じように受けていた。それが松方コレクションでした。
 
2016年 世界文化遺産の登録で、その存在にスポットが当たりましたが、国立西洋美術館は、松方コレクションの受け皿として創立されました。特別展が行われて観賞する時は、必ず常設展も見るのですが、その常設のほとんどが松方コレクションです。
松方氏の説明書きは造船業で財をなして海外の美術品を収集したということ以外多くを語っていません。展示の作品達が数奇な運命を辿ったことは今まで知りませんでしたし、知ろうとするきっかけがありませんでした。
逆にカフェまでがその名前である西洋美術館の顔、モネの睡蓮がなぜにここにあるのかが不思議な感じさえしていました。
それが今回、鮮明になりました。

敵国人財産として接収されたのは先のアメリカでの山中商会と同じですが、戦後、吉田茂がサンフランシスコ講和条約で働きかけ、フランスから寄贈返還されました。
当時、重要作品として留め置かれた数は20点。現在、フランス国内の美術品として展示されています。
残念ながらロンドンの倉庫にあったコレクションはほとんどが焼失してしまったそうですが、近年、松方コレクションの書簡が見つかり、またガラス乾板に残されたものでコレクションの全容が明らかになってきたそうです。
今回は日本の松方コレクションの他今はオルセーにある写真のゴッホの作品も展示されています。損傷が激しく修復後も上部は剥落したままの展示、モネの『睡蓮 柳の反映』もAIの力でどのような作品かモニターで見ることができます。1959年、作品達が輸送され開館時に多くの人達が来場した映像も胸に迫るものがあります。

美術館の前庭のシンボル、ロダンの作品のエピソードにも感動します。
日本人である松方氏は見たことのない西洋の美術を日本人に見せてやりたい!そう思って収集を重ね、共楽美術館を作るというヴィジョンがあったそうです。
当たり前のように今そういう作品を観れることはこのような方がいたからこそと感謝の気持ちでいっぱいになった美術展でした。

私の拙い文章ではなかなか全容がわからないと思うのでこちらを参考にしてください。

常設展示の本館の見処はこちらから、19世紀ホールの光と赤に私はいつも感動してます。


友人が山形 月山に住むお姉さんが作るあけびの蔓のかごに可愛い生地や糸をまとわせて展示販売会を催しました。

お茶室でおこなう催しもの。お客様も趣味人ばかりです。

友人、タオルのさきおりスリッパも作っていました。鼻緒のセンス、(^^)d。顧客さんからの注文を写真に納めました。

私はラップトップが入るこちらを。

友人は、こちらを予約させていただきました。

和茶Facebook あけびbag


とっても気になっていたけれど、ちょっと遠い感じが否めなくて二の足を踏んでいました。でも嫌なことがあってどうしても頭から離れない!出だしが遅かったんですが、気持ちのリセットに行ってきました。結果オーライ!!やっぱり魅力を感じたものは何かあります。

府中市美術館。ここは府中の森公園内にあって、犬の散歩に何回か来ていていました。杏が手術をした東京農工大付属動物病院も近くにあります。
でも府中は馴染みのないところなんで、とっても遠く感じていました。美術館も府中駅からちょっと距離があります。バスを利用して行きました。武蔵小金井駅南口行きのバスで"天神町2丁目"下車。まもなくです。

立派な美術館でした。郊外にも素敵な美術館があるんですね。

お散歩中、外観を見ていつか来て見たいなぁ〜と思っていましたが、内部はもっと素敵でした。公園にも隣接していたカフェも気持ちよさそうでした。

さて内容ですが、ざっくりいうとヘタウマの作品の展示です。実に面白い。昔から美しく描いただけではない、へんだけど心惹かれるものってあったんですね。

雪村、白隠、若冲、人気の作品も展示されています。ニャロメのヒントになった国芳の版画もあります。禅から学ぶ幾つかの作品、風刺画のようです。

お殿様のエリアでは特に家光の兎にハートを掴まれました。鳳凰も可笑しい。
ヘタウマの語源の基になった湯村輝彦氏のコミックの横に蛭子能収さんの作品があり、とってもシュールで才能ある方なんだと、見直しちゃいました。

家光の描いた兎はSNSスポットになっていました。
府中市美術館、常設展も観れます。企画展がイケてると定評のある美術館だそうなので、これから身近に感じたいと思います。

公園の桜、まだ一分咲きですが、満開時は綺麗でしょうね〜。

公園のシンボルの噴水は、

桜色に染まるそうです。

へそまがり日本美術


昨日、河鍋曉斎展に行ったばかりですが、夫が仕事でいない週末でしたし、日曜美術館に主演してらした永田氏の存在が気になって、やはり行こうと思いました。

土曜日、混雑は予想できましたが、いささか甘かったようです。オープンの10時10分前にアーツセンター前に到着しましたが、受付からはすでに長蛇の列で、52階の美術館にたどり着くまで40分かかりました。

人気なんですねー。あまりにも有名な北斎の名ですが、実は何度も名前を変えていて、北斎と名乗っていたのは、富岳三十六景の頃だけだそうです。最晩年は画狂老人卍。
そんなこんなを良く知る、北斎研究家永田コレクションが今回沢山展示されると聞いていて、是非とも観に行きたいと思いました。

もう会期も終盤なので、一番興味のあった、虎と龍の双幅は有りませんでしたが、北斎漫画に代表される絵手本、晩年のゴッホの向日葵を彷彿させる洋画のような軸。西新井大師の空海図など本当に見ごたえがありました。

今回のタイトルは、『新 北斎展』ですが、副題として『UPDATED』とあります。常に進化を求めた北斎を時系列で展示したそれらは、感心するばかりばかり。また肉筆がたくさんあったことも収穫でした。

永田コレクションは、寄贈先の島根県立美術館に戻り、東京で観ることができるのは今回限り。混雑覚悟でも観れて良かったです。

新 北斎展


三菱一号館美術館とBunkamuraで見ていて、夢中になっていました。
その作風は多義に渡り、どれが曉斎スタイルなのか?それはまったくわかりません。開催中のタイトル通り「その手に描けぬものなし」なのです。
でも私的には風刺画やおどろおどろしい作品が好きです。
三菱一号館美術館の設計をしたジョサイア・コンドルが弟子入りしたというのは、西欧に評価されるような煌めきがあるからかもしれません。
今回はいつかは、と、思って行けていない西川口にある河鍋曉斎記念美術館からたくさんの作品が出展されているのも魅力的でした。

サントリー美術館『その手に描けぬものなし』
2015年三菱一号館美術館
2017年Bunkamura ザミュージアム


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