開催前から観にいきたいな。そんな風に思う美術展があります。けれど横浜。ちょっぴり二の足を踏んでしまいましたが、やっぱり行って良かった!

原三渓、この名は横浜本牧にある三渓園を訪ねた時に知った名前です。

1892年、横浜の豪商・原善三郎の孫であり、跡見女学校での教え子であった原屋寿(はら やす)と結婚し、原家に入る。横浜市を本拠地とし、絹の貿易により富を築いた。
また富岡製糸場を中心とした製糸工場を各地に持ち、製糸家としても知られていた。
1915年に帝国蚕糸の社長、1920年に横浜興信銀行(現在の横浜銀行)の頭取となる。1923年の関東大震災後には、横浜市復興会、横浜貿易復興会の会長を務め、私財を投じ復興に尽くした。
美術品の収集家として知られ、小林古径、前田青邨らを援助した。横浜本牧に三溪園を作り、全国の古建築の建物を移築した。三溪園は戦前より一部公開されていたが、戦後原家より横浜市に譲られ、現在は公益財団法人三溪園保勝会により保存され、一般公開されている。(Wikipediaより)
このようなことを知った時に山下公園前のランドマークとも云えるホテルニューグランドも関わりがあると記憶していましたが、こういうことのようです。

土地、建物は市が提供、経営は民間が担った。三渓園を造った原富太郎ら横浜財界の有力者が全面的に協力、名称は一般公募し「ホテルニューグランド」とした。今でいう第3セクター方式で、27(昭和2)年に開業した。だからこの名門ホテルは開業から82年経る今も、横浜市に本館の敷地や建物の賃貸料を支払い続けている。
だ、そうです。

そして原富太郎氏、茶人でもあります。
今回、自作の蓮の絵が入口、そして中ほどでも展示されていました。お上手です。
三渓園に行った時は、お昼近くなっていて蕾の姿しか見れませんでしたが、原三渓氏にとって蓮は特別なもののようです。
三渓園は蓮池も有名ですが、常に点茶がいただけること。茶会が行われることでも知られています。
樹木希林さんの遺作『日日是好日』の茶会のは三渓園でした。

横浜の偉人ですね。横浜美術館での開催には大変意味があるのですね。
横浜美術館は建物が魅力的です。1989年竣工だそうですが、今でも新しいと感じる建物です。
空間にいるだけで、アートに触れてる感が高いです。

今回の展示は記録に残る原三渓コレクションが集められています。特にポスターになっている孔雀明王は素晴らしい。思わず拝んでしまいました。当時、井上馨から破格の一万円で購入されたそうですが、目利きの数奇人が感じる神々しさもただならぬものだったのだろうと想像します。

窓からの景色もいいですね。
先日行った松方コレクションもですが、資料が残されていると、こうした展覧会が企画され、集められるのですね。

採光が感じられるのは魅力的です。
美術館はみなとみらい駅から数分なのも助かります。
お隣は『マークイズみなとみらい』アフター美術館出来ます。

桜木町からのアクセスも出来ますが、8月、厳しい暑さですからみなとみらい線を使うのが懸命です。

目の前の噴水広場では子どもたちがたくさん行水していました。

横浜美術館


先日の松方コレクション展を観に行って、戦争による美術品の略奪の歴史を知りました。色々調べているうちに返還された美術品にクリムト作品があることを知りました。
それは『黄金のアデーレ』という映画になっていました。公開時に観たかった作品だったのに忘れていました。週末、DVDを借りて観ました。
凄く良かった。

描かれているのは、アメリカで暮らす82歳のマリア・アルトマンが駆け出し弁護士ランディと共に起こした裁判。
訴えた相手は、オーストリア政府。

“オーストリアのモナリザ”と呼ばれる、クリムトが描いたマリアの伯母の肖像画「黄金のアデーレ」の返還を求めてのものでした。
ナチスによって略奪されたたくさんの美術品はもちろん返還されることなく今はほとんどがウィーンのベルヴェデーレ宮殿の絵画館にあるといいます。

宮殿は行ったけど、黄金のアデーレは観たかしら?たぶん観ていません。
今回のクリムト展で黄金のアデーレは観れません。

勝訴して取り戻された黄金のアデーレは運命を同じように翻弄されたウィーン出身のエスティローダーが156億円で買い取り、ノイエガレリエにあるからです。

映画の冒頭、金箔を張り付ける映像から始まりますが、それはとても日本的。クリムト自身、日本の芸術から影響を受けたのでは、と云われているそうで、その資料となるものが展示されています。

今まで、好きな画風ではないて思っていたのですが、やはりウィーンの国宝と言われる作品を残した天才です。その才能の深さ、チャレンジャーであったこと、今回のクリムト展で知ることができました。
公開は明日まで。とても人気で、平日にもかかわらず20分待ちでしたが、観に行けて良かったです。

詳しくはこちら

国立西洋美術館は6月10日で60周年だそうですね。その節目に『松方コレクション展』が開催中です。
新聞で記事を読んでいて、絶対に行きたいと思った美術展だったので、珍しく前売りを購入していました。

NHK BSで3月頃オンエアの「アメリカ人が愛した日本美術」という番組を見ていました。アメリカ人のコレクターによって日本美術は評価され、異国の地に渡ることになりました。戦争を境に多くの資産家や寺が所蔵品を二束三文で売買したと言います。しかしながら焼失を免れて国宝クラスの作品が今も残っていることは幸いなことだと思いますし、日本では評価がイマイチだった作家が海外で高評価で注目されたのもこういった時代背景があってのことだと思います。

当時、松方コレクションの取引にも携わっていたというアメリカで美術商をしていた山中商会は日本が敗戦したことで、すべての美術品を接収され、売買されたそうです。
そのような運命を同じように受けていた。それが松方コレクションでした。
 
2016年 世界文化遺産の登録で、その存在にスポットが当たりましたが、国立西洋美術館は、松方コレクションの受け皿として創立されました。特別展が行われて観賞する時は、必ず常設展も見るのですが、その常設のほとんどが松方コレクションです。
松方氏の説明書きは造船業で財をなして海外の美術品を収集したということ以外多くを語っていません。展示の作品達が数奇な運命を辿ったことは今まで知りませんでしたし、知ろうとするきっかけがありませんでした。
逆にカフェまでがその名前である西洋美術館の顔、モネの睡蓮がなぜにここにあるのかが不思議な感じさえしていました。
それが今回、鮮明になりました。

敵国人財産として接収されたのは先のアメリカでの山中商会と同じですが、戦後、吉田茂がサンフランシスコ講和条約で働きかけ、フランスから寄贈返還されました。
当時、重要作品として留め置かれた数は20点。現在、フランス国内の美術品として展示されています。
残念ながらロンドンの倉庫にあったコレクションはほとんどが焼失してしまったそうですが、近年、松方コレクションの書簡が見つかり、またガラス乾板に残されたものでコレクションの全容が明らかになってきたそうです。
今回は日本の松方コレクションの他今はオルセーにある写真のゴッホの作品も展示されています。損傷が激しく修復後も上部は剥落したままの展示、モネの『睡蓮 柳の反映』もAIの力でどのような作品かモニターで見ることができます。1959年、作品達が輸送され開館時に多くの人達が来場した映像も胸に迫るものがあります。

美術館の前庭のシンボル、ロダンの作品のエピソードにも感動します。
日本人である松方氏は見たことのない西洋の美術を日本人に見せてやりたい!そう思って収集を重ね、共楽美術館を作るというヴィジョンがあったそうです。
当たり前のように今そういう作品を観れることはこのような方がいたからこそと感謝の気持ちでいっぱいになった美術展でした。

私の拙い文章ではなかなか全容がわからないと思うのでこちらを参考にしてください。

常設展示の本館の見処はこちらから、19世紀ホールの光と赤に私はいつも感動してます。


友人が山形 月山に住むお姉さんが作るあけびの蔓のかごに可愛い生地や糸をまとわせて展示販売会を催しました。

お茶室でおこなう催しもの。お客様も趣味人ばかりです。

友人、タオルのさきおりスリッパも作っていました。鼻緒のセンス、(^^)d。顧客さんからの注文を写真に納めました。

私はラップトップが入るこちらを。

友人は、こちらを予約させていただきました。

和茶Facebook あけびbag


とっても気になっていたけれど、ちょっと遠い感じが否めなくて二の足を踏んでいました。でも嫌なことがあってどうしても頭から離れない!出だしが遅かったんですが、気持ちのリセットに行ってきました。結果オーライ!!やっぱり魅力を感じたものは何かあります。

府中市美術館。ここは府中の森公園内にあって、犬の散歩に何回か来ていていました。杏が手術をした東京農工大付属動物病院も近くにあります。
でも府中は馴染みのないところなんで、とっても遠く感じていました。美術館も府中駅からちょっと距離があります。バスを利用して行きました。武蔵小金井駅南口行きのバスで"天神町2丁目"下車。まもなくです。

立派な美術館でした。郊外にも素敵な美術館があるんですね。

お散歩中、外観を見ていつか来て見たいなぁ〜と思っていましたが、内部はもっと素敵でした。公園にも隣接していたカフェも気持ちよさそうでした。

さて内容ですが、ざっくりいうとヘタウマの作品の展示です。実に面白い。昔から美しく描いただけではない、へんだけど心惹かれるものってあったんですね。

雪村、白隠、若冲、人気の作品も展示されています。ニャロメのヒントになった国芳の版画もあります。禅から学ぶ幾つかの作品、風刺画のようです。

お殿様のエリアでは特に家光の兎にハートを掴まれました。鳳凰も可笑しい。
ヘタウマの語源の基になった湯村輝彦氏のコミックの横に蛭子能収さんの作品があり、とってもシュールで才能ある方なんだと、見直しちゃいました。

家光の描いた兎はSNSスポットになっていました。
府中市美術館、常設展も観れます。企画展がイケてると定評のある美術館だそうなので、これから身近に感じたいと思います。

公園の桜、まだ一分咲きですが、満開時は綺麗でしょうね〜。

公園のシンボルの噴水は、

桜色に染まるそうです。

へそまがり日本美術


昨日、河鍋曉斎展に行ったばかりですが、夫が仕事でいない週末でしたし、日曜美術館に主演してらした永田氏の存在が気になって、やはり行こうと思いました。

土曜日、混雑は予想できましたが、いささか甘かったようです。オープンの10時10分前にアーツセンター前に到着しましたが、受付からはすでに長蛇の列で、52階の美術館にたどり着くまで40分かかりました。

人気なんですねー。あまりにも有名な北斎の名ですが、実は何度も名前を変えていて、北斎と名乗っていたのは、富岳三十六景の頃だけだそうです。最晩年は画狂老人卍。
そんなこんなを良く知る、北斎研究家永田コレクションが今回沢山展示されると聞いていて、是非とも観に行きたいと思いました。

もう会期も終盤なので、一番興味のあった、虎と龍の双幅は有りませんでしたが、北斎漫画に代表される絵手本、晩年のゴッホの向日葵を彷彿させる洋画のような軸。西新井大師の空海図など本当に見ごたえがありました。

今回のタイトルは、『新 北斎展』ですが、副題として『UPDATED』とあります。常に進化を求めた北斎を時系列で展示したそれらは、感心するばかりばかり。また肉筆がたくさんあったことも収穫でした。

永田コレクションは、寄贈先の島根県立美術館に戻り、東京で観ることができるのは今回限り。混雑覚悟でも観れて良かったです。

新 北斎展


三菱一号館美術館とBunkamuraで見ていて、夢中になっていました。
その作風は多義に渡り、どれが曉斎スタイルなのか?それはまったくわかりません。開催中のタイトル通り「その手に描けぬものなし」なのです。
でも私的には風刺画やおどろおどろしい作品が好きです。
三菱一号館美術館の設計をしたジョサイア・コンドルが弟子入りしたというのは、西欧に評価されるような煌めきがあるからかもしれません。
今回はいつかは、と、思って行けていない西川口にある河鍋曉斎記念美術館からたくさんの作品が出展されているのも魅力的でした。

サントリー美術館『その手に描けぬものなし』
2015年三菱一号館美術館
2017年Bunkamura ザミュージアム


世田谷区に20年以上も住んでいるのに訪れたことのない美術館がいくつもあります。そのひとつが静嘉堂文庫です。
世界に3点しか現存していない中国・南宋時代の国宝「曜変天目(稲葉天目)」の1つを所有していることで有名なので、常々行きたいと思っていました。
常設ではないので、その茶碗に出会うことは出来ませんが、思い立ったが吉日です。
新しい出逢いを求めてまずは経堂から成城学園前。そして、成城学園前から二子玉川行きのバスに乗って吉沢というバス停で降り、目的地へ。
二子玉川からも歩いて行けるそうですが、20分ほどかかりとてもわかりにくそうです。

静嘉堂文庫は、岩崎彌之助、小彌太父子二代によって集められた和漢の古典籍と東洋古美術品を収蔵し、大正13年建築の文庫と平成4年竣工の美術館から成ります。
多摩川を望む丘陵の上に立ち、深い樹林に包まれて四季折々の景観に恵まれているという通り、辺りは農地や緑地の多い、世田谷区の中でも武蔵野の面影が多く残るエリアでした。

池之端にある旧岩崎邸もそうですが、門からは

緩い坂道です。歩くという設定では造作されていません。

しかし、橋を渡ったり、

水の流れを感じたりできるなど、他にはない趣を体感できます。

さて今回の展示ですが、「幕末の北方探検家」「北海道の名付け親」として知られる松浦武四郎展です。
生誕200年を記念しての展覧会ですが、帯広の友人に連絡すると、北海道内では、名付けられて150年ということで武四郎一色に彩られているそうです。

武四郎氏は「古物の大コレクター」でもあり、静嘉堂では約900点にのぼる武四郎蒐集にかかる古物を収蔵しているそうです。その蒐集の方法、保管方法はかなり高いオタク度を思わせ愉しく拝見しました。

曜変天目には再会できませんでしたが、松浦武四郎と親交のあったという川喜田石水を祖父に持つ百五銀行の頭取を務め、有能な実業家として活躍する傍ら、陶芸、書画、俳句などに才能を発揮した十六代当主半泥子の作品、7点を見ることができました。遊び心あふれた個性的な作品で、お茶をいただくことを妄想しました。

美術館の裏手を降りて行くと、

回遊式のお庭が広がっています。

上の美術館からの眺めも素晴らしいですが、

手入れの行き届いたお庭は美しいです。

お庭を上がって右には、

霊廟があります。
岩崎家に所縁のあるジョサイア・コンドル設計だそうです。


【肥後細川庭園】から上がってきた先が、【永青文庫】でした。

これはなんだか素敵ないざないでした。

とても久しぶりにお邪魔いたしましたら

展示室がだいぶ変わっていました。
3階、大きなものの展示スペースができるように改築されたようです。

今回は、こちらのコレクションを拝見いたしましたが、
想像を絶する贅沢な品々ばかりです。
まさしく「殿と姫の美のくらし」です。

以前より展示スペースがゆったりしています。

しかしこちらが家政所(事務所)だったというのですから驚きです。

この観覧者も利用できるリビングルームは以前と変わりませんが、

カーテンが九曜紋に気づいたのは、今回かもしれません。

今日は、以前は非公開だった別館で休憩させていただきます。

100円お支払すると、セルフコーヒーなどがいただけます。献上菓子『加勢似多』も付いてきます。
また細川家を知るDVDが拝見できます。

永青文庫


亀有に餃子を食べに行くついでにと、前々から訪ねてみたい【すみだ北斎美術館】に行きました。

亀有と両国は全く近くはなかったのですが、こちら方面という機会がなかなかないもので…。

両国から信号を渡ると北斎通り。
徒歩5分ほどで到着です。

なかなか斬新なデザインの美術館。
この辺りに北斎は引っ越しを繰り返しながら住んでいたといいます。

中には浮世絵を中心にした図書館もあるということです。

世界有数の北斎作品コレクターでもあったピーター・モース氏のコレクションが観れることも嬉しいです。

9時半、開館。早く着きすぎましたが、外国人も含め、来館者はぼちぼちいらっしゃいました。

4階常設展にあった一枚。気に入ったので説明を読むと、右下の雷は、すみだ北斎美術館のロゴマークになった素絵らしいです。

リアルな北斎と娘の様子。
描いても描いてもその探求心は生命力と同様にあったようですね。
今回の展示から、そのとてつもない天才ぶりに感心しました。
よかったです。

北斎のウォーターワールド


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