宮本三郎記念美術館をあとにして、自由が丘から渋谷行きのバスに乗ります。
田園調布駅を出発するこのバスは、自由が丘在住の友人が三軒茶屋に住んでいた私を見送るのに教えてくれた線ですが、屋根付きのバス停がとってもレトロです。
並び方にもルールがあるようです。

そのバスに乗って駒沢大学で下車。
徒歩7〜8分。目的地の【向井潤吉アトリエ館】に向かいます。
こちらも世田谷美術館の分館で、3つあるうちのもうひとつは成城学園前にある清川泰次記念ギャラリーです。

宮本三郎記念美術館と違っている点は、向井潤吉氏が当時のまま暮らしたアトリエで、作品展示がされていることです。

向井潤吉氏(1901年〜1995年)は、40年以上に渡り北海道から鹿児島までを旅し、生涯古い民家の絵を描き続けた洋画家。

趣のある石段のアプローチを上がって、昭和37年建築の住まいと、44年に移築したという蔵のアトリエに到着です。

今では珍しい縁側。
その奥には、民芸調の応接セットが置かれていました。

館内は撮影禁止なので、お伝えできませんが、移築したアトリエだったという蔵は、母屋と一体化した和風の梁などが、印象的です。
また、母屋の小上がりの和室は囲炉裏が似合いそうな佇まいでした。

よく手入れされた庭は、彼岸花が咲き終わったところでした。

絵画は各地を歩いて描いたというノスタルジックな民家の作品群。
緑色を描くのが苦手だったという向井氏の絵は、夏の背景はほとんどなく、どこか寂しい印象ですが、郷愁漂う日本の原風景を感じました。
また、絵画とともに展示のあったエッセイはとても魅力的でした。

写真は、玄関先にあった蚊取り線香入れです。
オレンジ色の灯りが点され癒される空間に、姿をなくしていく民家に日本人の心が失われて行くと嘆いた向井潤吉さんの思いがわかるような気がしました。

向井潤吉アトリエ館


今日は具合が良かったんですね。
で、ざわざわと心の中がしていたので、美しいものに触れてリフレッシュしたかったんです。
三軒茶屋にいましたのでそこから行けるところ、宮本三郎記念美術館がひらめきました。

世田谷区内には小さな美術館がいくつもあると思いますが、こちらは世田谷美術館の分館になっています。
世田谷区民になって20数年経つというのになかなか訪れる機会がありませんでした。

場所は自由が丘駅からほど近い場所ですが、我が街経堂からはアクセスが良くありません。
三軒茶屋からバスで乗り換え無しで利用でき、たまに知らない場所をバスで車窓から眺めるのは楽しいので、秋の爽やかさもあって心の栄養になるような東京散歩ができました。
宮本三郎記念美術館

期間中の展覧会である『顔』に出展されていて 色使いや力強さに惹かれた《踊り子》。

宮本三郎氏の絵のモデルさんは女性が多いという印象ですが、今展は女優高峰秀子、鰐淵晴子、歌手の雪村いづみさんなどの作品が展示されていました。
また婦人公論の表紙の作品にも触れることができました。

展示数は少ないのですが、従軍画家であった時の作品にも出逢えました。
WAR IS OVER!


少しずつ、気力を取り戻しているようです。美術鑑賞、したいという気分ならなかったのに、今朝はその気が起こりました。回復している証拠ですね。

夏休みが始まる前に行こうと思っていた展覧会。思い立ってですから電車内で、オンラインからチケットを買うことも出来ず、行列覚悟で向かいました。

タイミング、良かったみたいです。11時半頃、チケット売場列び、ありませんでした。
出ました時、50人ほど、並んでいました。

この絵画、不気味ですよね。でも確か、美術の時間に目にしています。
イタリア人で、ウィーンの宮廷画家であったアルチンボルドの作品だったんですね。

私、美術のことは良くわかりませんから、興味が湧いたその気持ちだけ、大事にしています。

たぶんこの作家さんの代表作を集めて見れるのはこの機会しかないな、とも思いましたし、国芳も描いた『寄せ絵』というのを、実際この目で見て感じたかったんですね。

上の作品は、四季シリーズの『春』
この作品は四大元素シリーズの『大地』です。
動物好きの私はモーレツにこの作品に惹かれました。

顔にリアルに描かれた動物達、当時は異国にいる珍しいものだったわけですよね。今は何でも寝ながら情報を得られますけど、当時は剥製とかにして知識を得ていた。

そういうことが大好きで特別に収集部屋をもっていたというのが、アルチンボルドが仕えていたハプスブルグ家のマクシミリアン公だといいます。
原色動物図鑑さながらの作品を、王を喜ばせるために描いたのではと、言われているらしいですが、王もこのふざけたとしか思えない作品を評価したというのは、器の大きなお方です。

これも凄いと思いましたね。
子豚の丸焼き、
ひっくり返すとこんな具合で、人の顔。
当時カリカチュアが流行りだったようで、今展覧会では、レオナルドダ・ヴィンチの素描なども見られます。

宮廷画家というと、肖像画ばかりを描いているイメージですけど、この方相当ユニークだったのと思います。

20世紀まで無名だった作家は、ダリらのシュールレアリズムのアーティストによって、発掘されたそうですけれど、凄い人が中世にいたものです。

アルチンボルド展
国立西洋美術館は世界遺産登録されていますから、そのことでも話題性がありますが、

改めて伺いますと、常設展入り口となる19世紀ホールですとか、

スロープを上がった展示室も魅力的なのであります。

ロダンの彫刻展示のある場所からの裏庭も綺麗です。

国立西洋美術館は、第二次世界大戦の際に接収された松方コレクションを返還後に展示するために造られた美術館だそうですが、コレクションの数は少しずつ増えていて、今回、ドガの作品を観ることが出来ました。
また、橋本コレクションの宝石類も新たに加わったもので、素晴らしかったです。

この作品も美術の教科書で見た記憶があります。1972年に所蔵されたルーベンス。

あまりにも有名な西洋美術館の顔、モネの睡蓮。同じ名前のカフェは空き待ちのお客様が列をなしていました。

このデュビュッフェは寄贈されたものだそうですが、

ミロや

ピカソ

ポラックなど、大好きな現代絵画にふれられたのも収穫でした。

上野駅から一番近い美術館、
素晴らしいです♪

国立西洋美術館を10倍楽しむ方法


画僧、雪村。
「ゆきむら」ではなく「せっそん」です。
たくさんの画家に影響を与えた方だそうです。
白隠展で、夢中になった経験から魅力を感じました。

室町時代後期・戦国時代の水墨画家ですが、京都には縁がなかったようです。
関東の水墨画のなかでも極めて独自性が高い画風を確立したそうで、後の尾形光琳は雪村を好んで模写を幾つも試みていて、雪村が使っていたといわれる石印をどこからか入手したとかで、模写した作品と共に展示されていました。

芸大美術館も久しぶりです。
眺めフェチは、眺めのいい部屋から景色を楽しみます。

雪村 みどころ


先日行った【茶の湯展】の共通チケットのもうひとつが東京国立近代美術館で開催中の【茶碗の中の宇宙】です。
連休ボケでオンライン購入していたこと忘れていました(危ない(・・;))

21日までなので、行ける時に行っとこっと、思いました。治療先から向かいます。
膝にも注射を2本打っていただいたので、足元がふらつきます。大丈夫か?

到着し、作品を見始めたら忘れてしまいました。アートまじっく(^_^)

京都の旅で本当は楽美術館、行くつもりでした。でも行きそびれました。
それと、このエキシビションは行けたら行きましょ位のボルテージでした。

あ〜、行って良かった〜。
やっぱり、身近に感じたかったらまずは見た方がいいですね。

一子相伝ですから、強烈な世襲なんだろうと思いましたら、元々長次郎氏はお父さんが中国から来られた陶工だったようですし、娘しかいなかった時があり、養子という方が何人かいらっしゃいますし、本阿弥光悦がこの時に、親族の間柄となり楽家と関わり、茶碗を残していることに納得しました。

慶入という方は、利休死後の後、息子たちを都に戻すのに力を貸したそうで、楽家と千家の関係が深くなったのは、そういうことからというエピソードも面白いと思いました。

お茶、ちょっぴり嗜みますから、濃茶ではほとんど楽茶碗を使います。
勿論お稽古ですから、写しです。

やっぱり本物は素晴らしかったです。わずかな知識で拝見するお茶碗たちですが、すべて手捏ねという作風で、温かみがあります。
お茶はサラサラと点てられるのだろうか?
飲み口はどこになるのだろうか?などと考え、頂いた時の口当たりなどを空想しました。

利休が作らせた黒茶碗。
利休の世界が少し見えます。削ぎ落とされた美、それは戦国武将への心の癒しを茶の湯に求めたおもてなしのかたちだったのかもしれません。
それまでの唐物は日本人の憧れだったようですが、姿形に美しい主張がありました。

茶を喫するという習慣は、欧米にもありますが、精神性を求める茶は、日本だけです。
しかも茶の湯の世界では、茶道具に見えないものを感じるわけですね。
【茶碗の中の宇宙】というのはそういうこともあってのタイトルでしょうか?

お茶のお稽古では、「お茶碗は?」という問いがあります。
先輩は、楽家15代までを「言えるようになりなさい」と前のお教室では云われたのよと、言っておられました。
初代長次郎や3代目ノンコウしか知らない私は、なんと答えてよいのやらという感じでしたが、今は14代「覚入です」と言うのが定番になっています。

初代長次郎15代吉左衛門まで順に見ていくとその変化も面白いです。
注文を受けて利休の描く姿に仕上げようとした長次郎の作品は、三彩釉に工夫をして色を作ったといいます。

3代道入の頃は、織部が新しい茶の湯を提案し、自由な作陶が新しい動きだったようで反映されています。

大化の改新、戦時中などは茶の湯は衰退。しかし、それが復活したことは茶の道に携わる方や好奇者の影響もあるのでしょうが、総合芸術茶の湯が魅力的であったことが一番なのだと思います。

偉そうに言ってしまいますが、15代吉左衛門さんは、素晴らしいですね。
日本の伝統芸能は継承するのが難しくなっています。ベースのないもの達がその世界に触れるのですから、古きよきものに魅力を感じてもらうだけでなく、新しい時代に新しい形をアピールしていかなければ、駄目だと思いますし、時代に合わせた作品作りはこれからの課題なんだと思います。
新しい茶道のカタチ。も、はじまってしますし…。

どういう形であっても、古いものは古いままで、新しいものは入口として、共存できるといいですね。

常設展が拝見できます。工芸館まで行く時間の余裕がなかったので、本館4階から3階2階と見て行きます。
けっこう美味しいものが見れます。
今日の気分は、伊東深水の聞香でした。岸田劉生、レオナール藤田も素敵でした?

東京国立近代美術館 常設展

『眺めのいい部屋』右、東京タワーが見れます。

北の丸公園。

今日はお天気がいまいちでしたが、お部屋、椅子デザインの名品にかぞえられるベルトイア・チェアが並べられて、相当気持ちの良い空間になっています。

マップ&ガイド

ここです。

国立東京近代美術館


また来てしまいました。
国立東京博物館、略してトーハク。
【茶の湯展】4月21日に来た時、予想通りの混雑で体力電池切れで、第2会場きちんと見れてなかったな感がありました。

サイトで案内があった『発掘!お宝ガレリア』という番組を観て、改めて茶入"初花"がとんでもない茶道具であったことを知りました。
"初花"の出展は徳川記念財団でした。何故に?と、思っておりましたことが、この番組でわかりました。
持ち主は徳川家の末裔の方でしたが、茶入は貸金庫にありました。
しかも取材は、トーハクの学芸員も進行役も立ち会えないという有り様。
そして、ぶつは、水指がないるほどの箱から始まるマトリューシュカ状態。
袋、箱、袋、袋、箱のように続きます。
その番組のテーマは、『選▽信長・秀吉・家康が愛した茶道具は入れ物もスゴいんです!展』でしたが、
茶入"於大名"の入れものは茶室"転合庵"であるという関係を教えてくれました。
このことを知ったことで、また見てみたい気持ちがふつふつしました。

また、久しぶりに購入した図録を夜な夜な眺めて、興味も一層増しました。

今夕から出かけるのに、止めておこうかどうしようか?
でも茶室""転合庵"は、5月7日までしか拝見出来ません。東京に戻ってくるのが7日。間に合いません。

結果、行って良かったです。

信長、秀吉、家康の3人の天下人を渡り歩いた"初花"は、公開は僅かだったことも知らずで、再会は果たせませんでしたが、改めて、あらそうだったかしら?との発見もあり、有意義でした。
やっぱり、一生に1度の【茶の湯展】ですしね。

結局また、オンラインチケットを利用し、今回は『特別展「茶の湯」』『茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術』の2展セットを購入しました。
楽茶碗は後日行くことにします。

今日は気儘に一人なので、庭園から拝見することにしました。

順路通りに、五重塔を拝見します。

遅咲きの""ケンロクエンキクザクラ"

先日お稽古の時、茶花はイチリンソウでしたが、
"二輪草"です。

茶室"春草盧"
原三渓が三渓園に建てようと思っていた茶室。

小堀遠州が茶入"於大名"のために建てた"転合庵"です。

扁額に"転合庵"と、あります。

台目切の茶室です。

二間が続く形であり、

右側は広間でした。

庭園は、本館の真裏に配されていますが、茶室からは蓮池も含めこのような景観が望めます。

歩みを進めると、苔が光っていました。良く晴れた日だったので、木漏れ日が曜変天目のようでしたね。

茶人 金森宗和ゆかりの茶室"六層庵"

趣のあるつくばいがありました。

大和の三茶室と言われたそうです。

春秋だけでなく、通年になればいいのになぁと思います。

気持ちの良い素敵な風景の散策が楽しめます。

紫陽花、咲いたら綺麗でしょうに。
残念ながら、来週7日までしか入園できません。

こちらで、茶会が行われるのでしょうか?

シャガも咲いています。

市井の山居というのはこういう感じでしょうか?

本館からはこんな景色です。
これもまた素晴らしい!

トーハク、みどころが特別展だけでなくたくさんあります。

【茶の湯展】"初花"は残念でしたが、第2会場から見て十分満足しました。
帰宅予定時間に一時間あったので、今日は、常設展を少し見ていくことにしました。

仁阿弥

道八や、

乾山が写真OKで見れるのですね。

次の場所に移動するのに、こんな心惹かれる作品に遭いました。

トーハク、常設魅力的なんですが、

建物探訪的にも楽しめます。

高円宮コレクション『根付』も拝見しました。

浮世絵と衣装の展示室で勝川春英、金太郎を見ます。

国芳。

広重、鍾馗さま。
端午の節句ですものね。

帰りは根津からと思い、豆大福目当てで、岡杢栄泉へ行ったら売り切れ。
門のカヤバ珈琲、この行列ですものね。

でも、今日はとっても有意義でした。

初花


特別展【茶の湯】に行ってきました。

東京国立博物館が「茶の湯」をテーマにした大規模展を行うのはなんと37年ぶりなんだそうです。

 

会場の平成館、茶の湯ファンってこんなにいらっしゃるの?と驚く、平日にもかかわらずの大混雑でした。

それを見越してオンラインでチケットを購入していましたが、入口の売り場はそれほどでもありませんでした。

 

「400年忌千利休展」以降、茶の湯史上最高クラスの名品が集まるという展覧会です。

「一生に一度の茶の湯展」というのも嘘ではないかもしれません。

出展されている名品を各美術館に行って観て歩くことを考えたら、とてつもな労力です。

 

特別展【茶の湯】

 

先日、「開運 なんでも鑑定団」で世を賑わせた、世界には3点のみと言われている国宝”曜変天目”は、下調べなしで行ったのにもかかわらず出逢うことができ感激でした。
静嘉堂文庫所蔵のものですが、静嘉堂でも常設ということではない大変貴重な品です。今回、期間限定なのにもかかわらず拝見できたのは幸運でした。

茶碗の中に宇宙があります。本当にすごい!

 

静嘉堂文庫 曜変天目

 

先日寄ることができなかった京都北村美術館からは、これが仁清!?というとてつもないアーティスティックな”色絵鱗波文茶碗”が出展されていました。

実に嬉しかったです。

 

北村美術館 仁清

 

足利義政氏がひびが入ってしまった茶碗を、窯元の龍泉窯にこれと同じものをと茶碗と一緒に送ったところ、「これに勝るものは作れない」と、鎹(かすがい)を打ち込んで送り返されたという青磁茶碗はその透き通る色味も繊細な輪花の縁も素晴らしいのですが、鎹はまた金継ぎと異なる景色があり、そのストーリーもですが心に響きました。

 

チャン・イーモウ監督、チャン・ツーイー主演の『初恋のきた道』という映画は、雄大な中国の景色を背景に山村に住む健気な少女の初恋を描く純愛映画ですが、割れた陶磁器を接いで使うシーンがあって、それまでそんな直し方があるのかと驚きました。

まるでそれは、ホチキスで割れた部分を接ぐようなを乱暴な感じがしたことを覚えています。

そんな鎹の姿を見るのも初めてだったので、こちらは名品というだけでなくかなり印象的でした。

 

青磁輪花茶碗 銘馬蝗絆

 

茶入では、徳川記念財団から出展されている”初花”が名品中の名品。

これをもう一度見れたと感激しておられる方が観覧している時に近くにおられました。

初花(はつはな)は、楢柴肩衝・新田肩衝と並んで天下三肩衝と呼ばれた茶器で滅多にお目にかかれない品だそうで、かの豊臣秀吉が、富の象徴として手に入れたかったそうです。

 

また、春秋のみの公開の庭園にある小堀遠州が披露のために建てたという転合庵。

その桂宮から賜ったという茶入”於大名”も拝見することができました。

小さな茶入のために茶室を建てたというのもこれまたスゴイ話です。

詳しくはこちらのブログを

 

とにかく、この特別展は国宝、重要文化財がザクザクあります。

そういうものは訳あってその勲章を得ています。

わからない私でも輝くものが見えます。

そしてこの機会は生きているうち、もうないかも知れません。急げ!


知らない部分の国立博物館もたくさんあったのだと今回知ることができまして、また日を改めて再訪したいなぁと思いました。

その一つが本館の裏にある庭園です。 春秋だけ公開だったから知らなかったのか?

いつも特別公開とほんの少し常設を観てエネルギーを使い果たしていたからなのか?

まったく気が付いておりませんでした。

情報はきちんと得ておくべきですね。

 

呈茶席があることも知りませんでした。

しかしそのハードルは高く、50席くらいはあったと思いますが、友人と待ち合わせた11時、すでに最終の回以外は満席でした。
”六窓庵”

”応挙館”

”九条館”

 

庭園youtube

 

東京国立博物館 庭園


早稲田大学に行ってきました。
何故に………?思いつきです。

これを観に行きました。
早稲田大学内にある博物館での公開です。一般公開していること、知りませんでした。

場所は、大隈講堂を背にして正門を入った左手にあります。
元は図書館だったそうですが、外観より中のクラシカルで重厚な意匠が素晴らしいです。
最近の大学はほとんどビル化しているので、こういった建造物は貴重ですし、残していって欲しいなぁ〜と思います。

当時学生たちは、建物の中心となる大階段を上がり、絵画「明暗」の前を通って、2階の閲覧室(現在の常設展示室)で学んでいたといいます。
現在、階段は進入禁止。横山大観・下村観山合作の明暗は、期間限定の展示となり今は姿はありません。

今回の茶道具は、富岡重憲氏のコレクションの一部の公開で、数はたくさんではありませんでしたが、発見がたくさんありました。

富岡重憲コレクション

2階の展示室も拝見するだけで、価値ありですし、展示物もとても興味をそそるものでした。

會津一八記念博物館

大隈講堂裏に庭園があることも知りませんでした。

井伊家や松平家の屋敷を大隈重信が買い受けて庭園と家を建てたのが始まりだそうです。
没後寄贈され、戦火を受けた後、現在は庭園のみ近い形に復元されているということです。

早稲田大学が2007年に創立125周年を迎えるにあたり、その周知活動の一環として、2002年4月4日にオープンしたオフィシャルグッズショップ&カフェ《Uni.Shop & Cafe 125》
庭園横にあります。

大隈講堂裏手。
アルハンブラ宮殿みたいです。

大隈講堂の横に広がる敷地面積約1万坪の庭園、これからが気持ち、いいですね。

私学では、海外でNo.1の知名度のある早稲田大学。
施設も素晴らしいです。
春休みということもあってキャンパスは静かでしたが、外国からのお客様が訪れていました。

大隈庭園(水)(日)などが休園のようです。


その個性的な風貌からか?見た目でNGをされる方々もいらっしゃいますが、私は揺さぶられます。
出身地である松本にある美術館があることを知った時は、行ってみたいと思ったことがありました。

今回はその松本の美術館からの作品も多数あるといいますし、行けたら行きたいなぁーと思って、スマホで情報は得ていました。

失敗でした。
乃木坂駅から直通出口で地上に出ると長蛇の列。ここで、モバイルからのチケット購入をしておけば良かったと後悔しました。
並んでいる最中にスマホ購入試みましたが、カード情報入力画面で、あともう少しとなったので操作は中断しましたが、
これからは、事前購入の利用を考えようと思いました。

人気なのですね。春休みの学生さんの姿も多くありました。

チケット窓口の左横の広場には南瓜のオブジェ。
種苗問屋のお嬢さんであった草間さんにとってカボチャは特別なモチーフだそうです。

誘導されて、チケットを見せると小部屋へ入って、渡されたカラフルなシールをペタペタします。
来展者の手による水玉模様は素晴らしい作品となっていました。

これが小部屋。こんな風にみんなが貼るシールで作品ができるなんて!
「スゴいこと考えたな」と仰る方もおられました。同感。

さあ、入場です。
一番目の作品は、「生命は限りもなく宇宙に燃え上がって行く時」
2014年作、画面中央は富士山でした。

連作「わが永遠の魂」圧巻でした。
一挙に約130点、日本初公開だそうです。

以前こちらの美術館でアンディ・ウォホールを観た時、大きな作品は生きる美術館だなぁーと感じていたので、今回の予想も的中しました。

御歳88、この色彩感覚、やっぱり凄い!

一枚として同じものはありません。

でも、すべての軸がぶれていないからか、融合していました。

幼い頃、頭の中に浮かぶものの発散が絵画だてと言います。
単身、ニューヨークに渡ったのも、閉鎖的なその頃の日本には草間彌生さんの芸術感は受け入れられにくかったと想像します、

"原爆の足跡"
2014年作だそうです。
この展示室だけは写真OKで、惹かれた作品です。

近年のポップなイメージの作品はトレードマークの水玉に彩られますが、
今回は、50年代からの作品が絵画、彫刻、インスタレーション、映画と展示されていています。
私が気に入ったのは、全面ガラス張りの暗闇に光る空間。
展示構成も良かったですね。

美術館外も草間彌生ワールドです。

不思議とパワーを感じます。

買わずにはいられなかったgoodsたち。
これまた長蛇の列でした。

レジ袋まで℃-ute。

草間彌生展


若冲人気にあやかりたいからか?
鈴木其一も次に来るのは…と、言われていました。
そして、河鍋暁斎も若冲に続く人気を期待されている絵師であります。
(暁斎=安政4年(1857)江戸琳派の絵師鈴木其一の次女と結婚、絵師として独立する)

川口の旧田中家住宅を見学しに行った時に西川口に暁斎美術館がある関係からでしょう、Bunkamuraで開催のチラシを見つけていました。

旧田中家住宅

2015年三菱1号館美術館で開催された暁斎展、それは愛弟子であった美術館を設計したジョサイア・コンドルとの関係から派生した展覧会でしたが、
その魅力的な画風にひとめぼれでした。

画鬼 暁斎

若冲もそうだったように、海外での人気が高く、今回はイギリスのコレクターの所蔵作品の展覧会です。

幕末から明治に活躍した暁斎の作品は、色彩は鮮明、描かれる動物は写実的で緻密さにも感心するばかりです。

風刺画や春画も、動画というものがなかった時代、表現者としての使命だったのでしょうか?
数々の作品に表れているように思いました。

今回は、幽霊や骸骨ばかりでなく、達磨をはじめとする神仏、イソップ物語に触発されたという小動物の絵、閻魔様や鍾馗様。
あらゆる絵からとれるその多才さは度肝を抜かれました。

有名な、第二回内国勧業博覧会に出品した「枯木寒鴉図」が、事実上の最高賞である妙技二等賞牌を受賞。
百円という法外な価格を付けたが、菓子商の榮太樓が購入し話題となった話。

そのカラスの絵を描いていた頃、
明治10年にお雇い外国人として来日した英国人建築家ジョサイア・コンダー(コンドル)が暁斎に入門したのでございます。

いや〜、素晴らしかったです。

いつの日か西川口に行かねば!

河鍋暁斎記念美術館

暁斎@Bunkamura


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