朝見たツリーはこんなライトアップでした。

大階段はこんな様子。
子供達が楽しそうに遊んでいました。

京都タワーも綺麗でした。


雨がポツポツと降ってきました。
今回は運が良かったと言えます。
祇園白川は大好きな場所。
オレンジ色の灯りの中の雨の中の散歩。

焼き鳥屋さんもこんなに素敵!

今、話題の『パス ザ バトン』

水のある風景も魅力的です。

料理旅館。

こんどはこんなところで食事したいなぁ〜。

巽橋。

芸能関係にご利益のある「辰巳大明神」と呼ばれる神社付近は撮影のメッカですけれど、今夜は鹿鳴館時代のお衣装のカップルがいらっしゃいました。

帰りは『パス ザ バトン』の反対側から入ってみました。

典型的な町家スタイルですね。
お店で扱う商品も愉しいものばかりです。

パス ザ バトン 祇園白川


今日の夕御飯。
祇園いづ重の箱寿司をいただきました。

モザイクのように敷き詰められたお寿司、宝石箱のようで楽しくなりました。
穴子や卵、エビ、サバ、とり貝、タイ、などのネタが盛りだくさんで、山椒が潜んでいるのも気に入りました。

お吸い物ははも椀。

親子丼にありつけず、八坂神社でどうしようと思って歩いていると、神社の玉垣にいづ重の文字。
八坂さんを渡ると、あれっと思うほど近くにありました。これは…、と思い迷わず入店。

店内なかなか趣があります。

関西は鯖寿司ですね。
東寺のこうぼうさんでも屋台で売られていました。

祇園 いづ重


八坂の塔を目指します。
夕暮れ時の京都はいいですね〜。
オレンジ色の灯りが古都をさらに雅やかに演出します。

法観寺は京都府京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院。山号は霊応山。観音霊場として知られる清水寺の近隣に位置する。街中にそびえ立つ五重塔は通称「八坂の塔」と呼ばれ、周辺のランドマークとなっている。境内は狭く、塔以外に目だった建築物がないことから、「八坂の塔」は寺自体を指す通称ともなっている。(Wikipediaより)

着物姿が良く合います。

この辺りは清水寺や高台寺が近いこともあってか?着物レンタル着付け屋さんがたくさんありました。

12月に予約している湯豆腐屋さんをロケハン。
ぎょ!店先に舞妓姿の外国のお客様?

二寧坂。

スタバ発見!
二寧坂八坂茶屋店

この辺は、若いカップルにおすすめですね。
そうろまんちっく♪

早めの夕御飯に親子丼をと【ひさご】に行ったら売り切れ御免で、落胆。
八坂神社まで歩いてしまいました。

八坂さんもいいですね。
祇園のどまんなか!


社寺を拝観できるのはほとんどが16時まで、三十三間堂の近くに俵屋宗達の描いた象の杉戸のある養源院へ行くつもりでしたが、感動して護摩札まで書いてきたものですからずいぶんと長く千手観音像をながめていたようです。

調べてみると、清水寺方面に歩いていけそうなので、八坂の塔をめざしました。

国宝展で賑わう国立博物館を左手に素通り。
こちらも行こうかなと計画していたのですが、やはりこういう大きな企画は早く行かねば駄目ですね。見たいと思っていた作品は終了していることがわかり、今回、美術観賞は平等院と相国寺の承天閣美術館のみになりました。

美術館を左に曲がると智積院がありました。

門が開いていたので引き寄せられるように通りを渡りました。
【妙法院門跡】
青蓮院、三千院とともに「天台三門跡」と並び称されてきた名門寺院だそうです。

正面には屋根が特徴的だった庫裏。
国宝だそうで、豊臣秀吉が千僧供養を行った際の台所として建てられたと伝えられているそうです。

かえでの色づきも見事でした。

日が落ちる前の一瞬の美しい時間を人気のないお寺で過ごすことができたのは、気儘な一人旅のご褒美でした。

後で調べてわかったのですが、通常は非公開だそうで、春秋の特別公開がされているようです。

普賢堂。

健康長寿のご利益を施す延命尊と呼ばれる

普賢菩薩像が本尊だそうです。
蓮の絵も神秘的でした。


相国寺から出町柳駅まで歩きます。
今回は渋滞を考慮しながら電車やバスをうまく利用できたので、移動の徒歩はそれほどありませんでした。
けれど基本的に歩くのが好きです。

私の旅はあっちへ行ったり来たりと気儘ですが、実は予定を立てて地図上であれこれと計画をするのが好きなのです。
で、本番となればその場所を歩いて、位置を知るのがまた楽しいのです。

出町柳駅は相国寺のある今出川から歩いて20分。賀茂大橋を渡って、京阪に乗って七条で降ります。
京都国立博物館で開催中の『国宝展』に向かう人が多く賑わっていました。

修学旅行以来の三十三間堂。
やっぱり覚えていませんね、ディテール。

思ったより長かったです。
建物の正式名称は「蓮華王院本堂」といい、本尊は千手観音で蓮華王院は千手観音の別称・蓮華王に由来しているのだそうです。
創建当時は五重塔などがある本格的な寺院で、朱塗りの外装だったそうですが、朱色に塗り替えずに現在にいたるようです。

こちらが開くようなことはあるのでしょうか?

ながい!三十三間堂という名称の由来は本堂の柱の間の数が、33本だからといわれています。


夕暮れが近づいていたので、まずは外観を拝見しましたが、

通し矢射場?

ここがそうなんですって!

お堂に並ぶ1001体の仏像、千手観音。
千手観音は40本の手、1本、1本にそれぞれ25の救いの働きがあると言われています。「40×25=1000」つまり「千」の救いがあると考えられているのですね。


宇治駅から奈良線で京都駅に戻り、烏丸線に乗り換えて北大路バスターミナルへ。
きぬかけの道へはアクセスがとても悪いので、こちらから金閣寺前までバスに乗り移動です。

幾度となく訪れている金閣寺。今さらな感じもいたしますが、今だから心に留めておきたいと思いました。
平等院もそうですが、きらびやかな美しさは少し苦手ですが、人々を魅了する魅力はあるのです。

やはり入り口がこんな風であること、覚えていませんでした。

手入れが行き届いているからなのでしょうね。紅葉、美しい!

門の額縁、はぁ〜、美しい!

京都の社寺は本当にかえでか多いですね。東福寺は昔修行の妨げになるからと桜を切り、かえでを植えたそうですが、そのおかげで、東福寺は紅葉のメッカとなりました。

見えてきました。池、記憶より大きく感じました。

池泉式回遊庭園?こんなカテゴリーも多くの日本庭園を見て知りました。
昨日乗車したタクシーの女性運転手に聞かれましたが、東京の紅葉はこのような社寺と庭園の紅葉が身近ではないですし、日本人の心の奥底にある雅やかな思慕は産まれません。

金閣寺のチケット、これはどこにもないスタイルで、海外からのお客様はきっと旅の記念にされるのではないかと想像しました。

金閣寺のバックスタイル。
池に向かってせりだした床はお月見でも楽しまれるためのものでしょうか?

『金閣寺垣』

『夕佳亭(せっかてい)』
藤森宋和お好み。後水尾天皇に献茶された茶室だそうです。

足利義政 遺愛 富士形手水鉢

風情があります。

金閣寺庭園を見終わると緋もうせんの赤が目に入ります。
お抹茶がいただけるようです。

こういう一瞬に胸がきゅんとします。

素敵ですね。老夫婦。

さすが金閣寺。餡入り落雁ですが、金箔付きの干菓子です。

とっても美味しく点ててありました。

お不動さまです。
首から上にご利益があるとか。

おみくじも金閣寺仕様。
黄色はお金が貯まるといいますね。


こちらは今回の旅で2番目に来たかったところです。
相国寺内にある美術館で、金閣寺、銀閣寺の宝物も所蔵されている美術館です。

秋の特別公開。白隠はBunkamuraで催しがあった時から夢中になっている禅僧画家ですが、今回は伊藤若冲を観賞するのが楽しみでした。

美術館までのアプローチがとんでもなく素敵でした。

やはりこの時期、京都は良いです。

館は新しいので、閉鎖的な美術館の工夫が見られます。

窓枠からの眺めが素敵です。

こんなスペースもあります。

十牛の庭だそうです。

縦長の現代の枯山水?

金閣寺1/10の模型。
この内部に伊藤若冲筆「鹿苑寺大書院障壁画 葡萄小禽図床貼付」と「鹿苑寺大書院障壁画 月夜芭蕉図床貼付」あったわけですが、

第一展示室には、金閣寺境内に建つ金森宗和造と伝えられる「夕佳亭(せっかてい)」を復元があり、
第二展示室には近世京都画壇の奇才伊藤若冲による水墨画の傑作である重要文化財「鹿苑寺大書院障壁画」の一部を移設して展示されています。

時の経過を忘れるほどしみじみと観賞しました。
茶道具も素晴らしかったです。


金閣寺前からバスに乗って、同志社前までバスで移動します。
春に同志社大学あたりをぶらぶらしていたのにこちらはスルーしてしまい失敗したと思っていました。
ですから今回は外せない場所でした。

臨済宗相国寺派の大本山である相国寺は、京都五山第二位に列せられる名刹です。正式名称は萬年山相國承天禅寺。

夢窓疎石を開山とし、創建当時は約百四十四万坪の壮大な敷地に五十あまりの塔頭寺院があったと伝えられているそうです。
金閣寺、銀閣寺がともに相国寺の塔頭寺院であることは、今回知りました。

さすがに大本山。境内、広大です。

鐘楼の北に祀られている宗旦稲荷。

ここには宗旦狐の故事が伝わっています。
江戸時代の初め頃、相国寺境内に一匹の白狐が住んでいました。その狐はしばしば茶人・千宗旦(1578−1658)に姿を変え、時には雲水にまじり坐禅をくみ、また時には寺の和尚と碁を打つなどして人々の前に姿を現していました。
宗旦になりすましたその狐は、近所の茶人の宅へ赴いては茶を飲み菓子を食い荒らすことがたびたびでしたが、ある時、宗旦狐は相国寺塔頭慈照院の茶室びらきで、点前を披露していました。驚いたことにその点前は実に見事なもので、遅れてきた宗旦はその事に感じ入ったといいます。これも、宗旦の人となりを伝えた逸話です。
その伝承のある「い神室(いしんしつ)」は現在でも慈照院に伝えられています。茶室の窓は、宗旦狐が慌てて突き破って逃げたあとを修理したので、普通のお茶室より大きくなってしまったとのことです。
宗旦狐は店先から油揚げを盗み、追いかけられ井戸に落ちて死んだとも、猟師に撃たれて命を落としたとも伝えられています。化けていたずらをするだけでなく、人々に禅を施し喜ばせていたという宗旦狐の死を悼み、雲水たちは祠をつくり供養しました。それが今でもこの宗旦稲荷として残っています。
この逸話は文献を調べてみると、儒学者として名高い尾張藩士の深田香実が1830年(天保元)に発刊した『喫茶余録』の中に出てき、これが初出だと思われます。(相国寺HPより)

ここは庫裏(台所)だったところのようですが、現在は社務所のようでした。

てっぺんにはこれこそはの鬼瓦。

さて、今回はこちらが拝見できます。

相国寺で一番古い法堂は鳴龍の天井画があり、体験させていただきました。
とてもスピリチュアルな空間でした。

方丈には、俵屋宗達の像を真似たような像の杉戸がありました。

夢窓国師好みの方丈庭園。

裏方丈庭園。

禅宗の伽藍の配置は南北に山門、仏殿、法堂、方丈が同一軸線上に並んで建てられているのが特徴だそうです。

開山堂。その名のように開山夢窓国師の木像を安置している堂です。
前庭。

相国寺


記憶とは曖昧ですし、時が経つと様子も変わりますね。
入り口がこんな風だったとはまったく記憶がありません。

あぁ、早起きはなんとかです。
早朝の社寺の爽やかなこと。

開門すぐに入りますが、平等院の内覧のチケットは早めに並んだ方がよろしいというので、

平等院を横に眺めながら列に並びました。

入手チケット。

極楽浄土。

内覧をしてから正面から阿弥陀如来坐像のお顔が拝見できるのを知ってもう一度。

しつこいようですが、平等院鳳凰堂、素晴らしいです。

紅葉も一番綺麗だったかもしれません。

回遊できます。

「鳳翔館(ほうしょうかん)」は、国宝の扉絵、梵鐘、雲中供養菩薩像などの貴重な遺産を収蔵・公開する重要な役割を果たしてきた宝物館。こちらがまた素晴らしい。

朱色に塗り替えられた平等院は今も尚修復が内部で行われています。


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