お稽古の茶花が木槿であったことと、茶道の本をチラ見した際に見かけた言葉があったので、先生に質問をしました。
「利休木槿という品種はあるのですか?」と、
先生は、知らないと仰いましたが、庭花をいつもお持ちになる先輩は、
「宗旦木槿というのはあるわよ」
と、教えてくださいました。

先生は、原色茶花図鑑を託してくださいましたので調べてみると、【宗旦木槿】はありましたが、【利休木槿】はありませんでした。

その夜、【利休木槿】をググりましたところ、利休の愛花は椿であり、
山本一力作『利休にたずねよ』で木槿やチマチョゴリを登場させ、韓国との関わりを描いたことに、それは違うだろとの書き込みを幾つか見つけました。

韓国を旅したことで、木槿が韓国の国花と知りましたが、日本に入ってきたのは奈良時代で、利休が茶花に使ったことはあったのだと想像しますが、【利休木槿】という品種はないようです。



確かに本の表紙にも選ばれるということは、ただならぬアイテムですか?


宗旦は、利休の孫にあたるのだそうですが、利休流のわび茶の普及に努めたそうで、この際、豊臣秀吉が利休から召し上げた茶道具を宗旦を名指しして返したことから、伯父の道安ではなく宗旦が利休の後継者と目されるようになったとも言われているお方でございます。

毎年11月19日には宗旦忌が営まれる千家中興の祖ですが、
晩年に建てた一畳台目(約2畳の広さ)の茶室は、侘び茶の精神を表した究極の茶室とされていて、
現代まで続いている「三千家」は、
勘当された宗拙を除く3人の息子がそれぞれ
武者小路千家(次男:一翁宗守)、
表千家(三男:江岑宗左)、
裏千家(四男:仙叟宗室)を興しております。

数ある木槿の中でも宗旦が愛でたことから名付けられたのが【宗旦木槿】。
白色に底紅(そこべに)のムクを茶人の間では第一に上げられ好まれているそうですが、
茶花としての木槿は冬の椿に対して夏の木槿と云われるほどなんだとか…。

何ゆえに…、
木槿は明け方に咲き 夕べにしぼんで
「槿花一朝の夢」を具現していてそれが
「侘び」を求める茶の湯の世界に合致しているからです(原色茶道大事典より)

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