北側の化粧坂を上り念願の銭洗弁財天に行った後は初志貫徹、13佛霊場巡りの場所、寿福寺を目指します。
源氏山公園からのアクセスをと心みますがあまりにも険しい坂道に道に迷ったと思った先にあったのは、鎌倉入り800年を記念して1980年に建立された源頼朝像でした。

「源氏山」の名は、麓に源氏の屋敷があったからとする説が有力であるそうですが、後三年の役で八幡太郎義家が出陣する際に、山上に源氏の白旗を立てて戦勝を祈ったところから「旗立山」の別名があるそうです。

標高93mだそうですが、傾斜がきついので腰にこたえました。

行き当たりばったりの旅、太田道灌の首塚と言われる朽ちた供養塔の出会いがありました。
江戸城を築城したことで有名ですが、謀殺されてこの世を去った悲劇の武将としても名高い方で、伊勢原市には胴塚とされる宝篋印塔があるそうです。
こちらは、近くに孫の英勝院の尼寺英勝寺がありますが、水戸徳川家の子孫である住職が再建したものだそうです。

とにかく凄いわけですよ。これが道か?というような足元の悪いところで、道なき道みたいな傾斜面を、ここで滑ってまた肋骨でも折ったら笑うに笑えないと、ハハ笑っちゃいました。

途中、お墓を直している石屋さんがいらして聞いたので、歩みを止めずに目的地に向かいましたが、本当にこんなとこ、ハイキングコースですか?という険しさでした。

無事に到着しましたが、山を下ってきましたから逆のコースになりました。
墓所です。

こちらでも、おじ様が「不親切だなぁ〜、どこが誰の墓だかわからない」とかおっしゃられていて、私が「薄くなっていますけどどうやらここが北条政子のお墓らしいですね」などと、申しますと、初めて奥まで入ってきたけどなんておっしゃるんで「この時期は人が少なくて、爽やかでいいですね〜」なんて私。
「でもやっぱり紫陽花の時の長谷はいいよね〜、あそこは何度行っても良い」「そうですね〜、あそこからの眺めは良いですよね〜」なんて、会話が弾みました。鎌倉好き、ここにもいらっしゃいました。

しかし、俳人高浜虚子、作家大佛次郎などの有名人の墓があったことは後で知り、残念無念。

佛殿を拝観することはできませんので、手入れのいいお庭を柵越しにパチリ。

鐘楼。

普賢菩薩像が鎌倉十三仏の一つに数えられているそうです。

桂敷きという技法で作られた石畳の参道。

源頼朝が落馬して没した翌年の1200年、妻の北条政子が栄西を開山に招いて創建した由緒あるお寺だそうです。

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