後楽園へは行っても、【小石川後楽園】へは、さて、出かけるか!ということがなくて過ごしていました。
こういう庭園は、外国からのお客様が、訪れていることが多いのかもしれませんね。

帯広から来た友人と待ち合わせして、ボランティアガイドさんの説明を受けながら庭園巡りとしゃれこみました。

水道橋の駅から徒歩7〜8分でしょうか?
すこし早めに到着したので、並びにあった中国友好会館の美術館を覗くことができました。

この奥が庭園のようなので、受付でガイドツアーのことを確認して、もうせんの椅子に腰掛けて虫除けを塗りながら友人を待ちます。

目の前の大きな池よりも宇宙船のようなドームが異彩を放ち、都会のど真ん中を実感します。

小石川後楽園は江戸時代を代表する回遊式築山泉水庭園で、徳川御三家の一つ水戸藩の初代藩主・徳川頼房によって築かれ、2代藩主・光圀(水戸黄門)の代に完成したそうですが、この変化はびっくりでしょうね。

ドラマ「水戸黄門」では、徳川光圀が江戸に立ち寄った際に、撮影セットですが滞在するシーンが多くあるそうです。

残念ながら花らしいものは睡蓮くらいだと言われましたが、このオカメザサは、刈り込みの成果があって、青々としていました。

京都の清水寺周辺を中国の名勝地”廬山(ろざん)”にちなみ”小廬山”と呼ばれているそうですが、ここからしばらく京都の景観が楽しめるので、この築山を”小廬山”と呼んでいるそうです。

涵徳亭(かんとくてい)は夏期は休亭中。
今利用することはできません。

"大堰川"
園内随所には日本各地や中国の名所が巧みに取り入れられ、変化に富んだ庭園だということですが、まずは京都の風景が見られました。

ここが大名庭園で造られる走りになったという""西湖の堤"。
青鷺が来ていました。後ろに見えるのはシビックセンターでしょうか?

関東大震災の時に消失して名残だけになりますが、清水観音堂があったそうです。
緑深く、築山を感じる小高い場所でした。

京都東山"東福寺"の"通天橋"を模写したといいます。
紅葉の陰が美しかったです!

一旦下りて大堰川の飛び石を渡ります。

大堰川から見る朱塗りの通天橋。

飛び石から土橋の"渡月橋"が見えました。

"音羽の滝"
水流が震災後決壊し、枠組みだけが残ります。

"得仁堂"
二代光圀が建てた、孔子が伯夷・叔斉を評して「求仁得仁」と語ったことにより名前がついたお堂。
18歳の時、史記「伯夷列伝」を読み感銘を受け、伯夷、叔斉の木像を安置してあるそうですが、特別に鑑賞できる日があるようです。

"円月橋"
光圀があつくもてなした明の儒学者朱舜水が設計したといわれる石橋。

水面に映る様子と合わせると満月のように見えるので、この名がつけられたそうです。

京都の愛宕山を、なぞられて造られた男坂、女坂。

庭園の中に稲田があるのは、後楽園だけというめずらしい景色です。
これは農民の苦労 を、水戸光圀が彼の嗣子・綱条の夫人に教えようと作った田圃だそうです。

現在は毎年、文京区内の小学生が、5月に田植え、9月に稲刈りをしているそうです。

”九八屋(くはちや)”
「酒を飲むに昼は九分、夜は八分にすべし」と酒飲みならず万事控えるを良しとする教訓により名付けられたそうです。

格子に特徴があり、江戸時代の風流な酒亭の様子を現しています。

松原から望む”蓬莱島”

信州の木曽路を見立てた周辺。

”寝覚めの滝”
この辺りの風景と滝の音を感じながら出掛けたといいます。

”大泉水”からみる”蓬莱島 
国の特別史跡及び特別名勝に指定されている庭園、日本人ならここを訪れて庭園文化を知らないと、ですね。

小石川後楽園

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