外は朝から冷たい春雨が降っていました。
31年前平成に変わった年もとても寒い日で雪が降ったといいます。

春は暖かい日があると思うと、真冬のような寒さになったりと本当に着るものに困ります。それでも春の季節を感じるような装いをしたいものです。頑張って着物を来ていきます。今日は若草をイメージしてグリーンの紬を着て行きました。

床には"心の塵を洗い落とすことの『洗心』の文字、外の雨が清らかに感じます。また花入れには菜の花とマユミの若葉が荘られ、季節を感じます。
ここは別世界。

私は四ヶ伝を特訓中なので【唐物】のお点前をお稽古させていただきましたが、点前座には「吉野棚」が設えてありました。
確か1度同じ時期に使わせていただいたかしらと調べてみると、通いはじめてまもなくにお稽古させていただいていました。
こちらには吉野棚の語源になった吉野太夫の話もアップさせていただいていますが、 芸妓だったお方がお茶の世界に登場するのは何故なのか?そんなこともわかってきます。

吉野太夫の打ち掛けに使われたという深い萌葱の太縞を特徴とし、赤、茶、白の大小の縞と大胆な横筋とを配した吉野間道は好みの名物裂です。

何故に先生がこの棚を出されたのか?先生はしきたりや季節を愛でる方なので、それについても調べてみました。

吉野太夫は豪商・灰屋紹益が彼女の身請けとなり結婚しましたが、38歳の若さで夫に先立って病没し、京都市北区鷹ヶ峰の常照寺に葬られました。
その常照寺では、毎年4月第二日曜日吉野太夫を偲ぶ催しが開催されるそうです。島原太夫の道中があり、法要、吉野太夫墓前供養がとり行われ、茶席もあるそうです。

常照寺には吉野太夫ゆかりの茶室「遺芳庵」があり普段は非公開ですが、花供養の日は、ここで裏千家淡交会京都支部が担当する抹茶のお席があるそうです。なるほど、繋がりました。

またこの茶室には大きな「吉野窓」があることで知られているそうです。丸く見えますが実は下の方がまっすぐな線になっていて、不完全を表していると言われているそうです。その窓が本日設えてありました吉野棚の意匠なわけですね。
裏千家十三世 圓能斎 鉄中宗室(てっちゅうそうしつ)が好んだ棚だそうです。

写真は、水次ぎなしで総荘りした画です。そして、釜は4月より透木釜です。合は落とさず縁にかけます。

吉野太夫ゆかりの常照寺

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