その個性的な風貌からか?見た目でNGをされる方々もいらっしゃいますが、私は揺さぶられます。
出身地である松本にある美術館があることを知った時は、行ってみたいと思ったことがありました。

今回はその松本の美術館からの作品も多数あるといいますし、行けたら行きたいなぁーと思って、スマホで情報は得ていました。

失敗でした。
乃木坂駅から直通出口で地上に出ると長蛇の列。ここで、モバイルからのチケット購入をしておけば良かったと後悔しました。
並んでいる最中にスマホ購入試みましたが、カード情報入力画面で、あともう少しとなったので操作は中断しましたが、
これからは、事前購入の利用を考えようと思いました。

人気なのですね。春休みの学生さんの姿も多くありました。

チケット窓口の左横の広場には南瓜のオブジェ。
種苗問屋のお嬢さんであった草間さんにとってカボチャは特別なモチーフだそうです。

誘導されて、チケットを見せると小部屋へ入って、渡されたカラフルなシールをペタペタします。
来展者の手による水玉模様は素晴らしい作品となっていました。

これが小部屋。こんな風にみんなが貼るシールで作品ができるなんて!
「スゴいこと考えたな」と仰る方もおられました。同感。

さあ、入場です。
一番目の作品は、「生命は限りもなく宇宙に燃え上がって行く時」
2014年作、画面中央は富士山でした。

連作「わが永遠の魂」圧巻でした。
一挙に約130点、日本初公開だそうです。

以前こちらの美術館でアンディ・ウォホールを観た時、大きな作品は生きる美術館だなぁーと感じていたので、今回の予想も的中しました。

御歳88、この色彩感覚、やっぱり凄い!

一枚として同じものはありません。

でも、すべての軸がぶれていないからか、融合していました。

幼い頃、頭の中に浮かぶものの発散が絵画だてと言います。
単身、ニューヨークに渡ったのも、閉鎖的なその頃の日本には草間彌生さんの芸術感は受け入れられにくかったと想像します、

"原爆の足跡"
2014年作だそうです。
この展示室だけは写真OKで、惹かれた作品です。

近年のポップなイメージの作品はトレードマークの水玉に彩られますが、
今回は、50年代からの作品が絵画、彫刻、インスタレーション、映画と展示されていています。
私が気に入ったのは、全面ガラス張りの暗闇に光る空間。
展示構成も良かったですね。

美術館外も草間彌生ワールドです。

不思議とパワーを感じます。

買わずにはいられなかったgoodsたち。
これまた長蛇の列でした。

レジ袋まで℃-ute。

草間彌生展


若冲人気にあやかりたいからか?
鈴木其一も次に来るのは…と、言われていました。
そして、河鍋暁斎も若冲に続く人気を期待されている絵師であります。
(暁斎=安政4年(1857)江戸琳派の絵師鈴木其一の次女と結婚、絵師として独立する)

川口の旧田中家住宅を見学しに行った時に西川口に暁斎美術館がある関係からでしょう、Bunkamuraで開催のチラシを見つけていました。

旧田中家住宅

2015年三菱1号館美術館で開催された暁斎展、それは愛弟子であった美術館を設計したジョサイア・コンドルとの関係から派生した展覧会でしたが、
その魅力的な画風にひとめぼれでした。

画鬼 暁斎

若冲もそうだったように、海外での人気が高く、今回はイギリスのコレクターの所蔵作品の展覧会です。

幕末から明治に活躍した暁斎の作品は、色彩は鮮明、描かれる動物は写実的で緻密さにも感心するばかりです。

風刺画や春画も、動画というものがなかった時代、表現者としての使命だったのでしょうか?
数々の作品に表れているように思いました。

今回は、幽霊や骸骨ばかりでなく、達磨をはじめとする神仏、イソップ物語に触発されたという小動物の絵、閻魔様や鍾馗様。
あらゆる絵からとれるその多才さは度肝を抜かれました。

有名な、第二回内国勧業博覧会に出品した「枯木寒鴉図」が、事実上の最高賞である妙技二等賞牌を受賞。
百円という法外な価格を付けたが、菓子商の榮太樓が購入し話題となった話。

そのカラスの絵を描いていた頃、
明治10年にお雇い外国人として来日した英国人建築家ジョサイア・コンダー(コンドル)が暁斎に入門したのでございます。

いや〜、素晴らしかったです。

いつの日か西川口に行かねば!

河鍋暁斎記念美術館

暁斎@Bunkamura


ミッドタウン内サントリー美術館で開催中の
鈴木其一(すずききいつ)展に行ってきました。

以前から興味があった絵師なので必ず行くつもりでいましたら、
友人を誘ってみると、二つ返事。

その彼女から今朝「日曜美術館でやってるよ」とラインが入ります。
この番組を観て、来た方があったかどうかはわかりませんが、
番組では、
「若冲の次は鈴木其一がくる」と、言ったとか…。

光琳が活躍した時期の約100年後に、江戸の地で琳派の再興を図った酒井抱一(さかいほういつ)の一番弟子が鈴木其一なのですが、
鈴木其一作品というのを良く知らないので、勉強するつもりで行きました。

メトロポリタン美術館所蔵の当時人気の朝顔の
「朝顔図屏風」は、琳派の尾形光琳へのオマージュのように感じましたし、
描表装(かきびょうそう)と言われる
表装まで絵画化した一種のだまし絵を用いた数幅は、とても斬新で自由でした。


図録の表紙はそのモチーフが使われています。

鈴木其一展@サントリー美術館


美術館のカフェもありますが、
同じ三階、イデーカフェパルクがお薦めです。


美術鑑賞をしたいと思うキモチはトキメキだなと、感じています。

わが家、東京では読売新聞ですが、八ヶ岳では朝日新聞に目を通します。
7月の始めだったでしょうか?
この【ポンピドゥーセンター傑作展】の展示デザインを日本人の建築家がなさったという記事を読みまして、その演出方法に興味が湧き行ってみたいと思いました。
その方、田根剛氏とおっしゃって、高校時代はサッカー小僧だったそうです。
今は、パリを拠点に活躍している新進気鋭の建築家なのだそうです。
かっこええ♪

作品の魅力を際だたせる独創的な空間は、トリコロールカラーで展示されているということでしたが、行ってみるとフランス国旗の明度の高い色彩ではなく、作品を邪魔しない赤と青、そして白でした。

フランス20世紀美術に登場したさまざまな“イズム(主義)”など従来の枠組みにとらわれず、
1年ごとに1作家の1作品を選んだというアートのタイムライン、
ときめきに間違いはなかったようで、豊かな時間を過ごすことが出来ました。

シャガールの作品は作風が、変わる前のものだそうで、興味をそそられました。
でも、ピカソがブルーのお部屋で目にとびこんできた瞬間、胸がきゅんとしましたね〜、やっぱりピカソはスゴい!好きです。
晩年に描いたというマチスの作品もインパクトがありました。
名の知られた作家は、いいねと思う目がたくさんなのではないでしょうか?

イケメンのビュフェの作品も刺激的でしたし、ジャコメティの彫刻、アヴェドンのシャネル写真も魅力的でした。

上野公園は今、世界遺産登録が決まったフランスの建築家ル・コルビュジエ作国立西洋美術館が話題ですが、こちら東京都美術館はコルビュジエの下で学んだ日本のモダニズム建築の巨匠・前川國男氏(1905〜1986年)の設計によるものだそうです。

また今回は、建築を志す一方、絵画にも取り組んでいたコルビュジエの《静物》という油絵を見ることができます。

ポンピドゥー・センターは、美術や音楽、ダンス、映画など、さまざまな芸術の拠点としてパリの中心部に開館した施設だそうですが、世界屈指の近現代美術コレクションで知られているそうで、その中の傑作を良いとこ取りで鑑賞できたのは幸せでした。
やっぱりホンモノは力がありますし、作者が選んだ大きさで見れることは、格別です。

田根さんのデザインも
シャープで現代的、年代の下に書かれた作家の名言は、素敵な演出でした。

エスカレーター横の椅子の色に注目!


国芳ブームですね。

兄弟弟子のくにくにのお二人。
個性や表現力が少し違いました。

作品たち、ボストン美術館から来ています。
江戸末期、人工絵の具の使用。
装飾品や調度品の変化も興味深く見れます。

120近くの作品の展示になりますか。
色彩の美しさや想像力の豊かさ、日本的でありながら強く惹かれるのは、
新しいものや粋を好んだ江戸の市井の人達をとても刺激したのだと思いました。

私自身、こんなに多くの国芳&国貞作品を観たのは初めてでしたから、かなり揺さぶられた感がありました。

タイトルの俺たちの国芳。
観て行くうちに気付きました。
江戸の俺たちは、このようなエグさのある国芳の浮世絵に痺れたのでしょう。

対して国貞は、美人画や役者絵がお得意。
江戸のわたしは、国貞の描く絵をファッション雑誌をめくるように浮世絵を欲し、トレンドをそこに見つけて取り入れていたのですね。

素敵なタイトルですが、
館内でのカテゴリー分けに付けられたサブタイトルも実にユニーク。
海外人気も意識してのコピーでしょうが、カタカナと漢字の組合わせ、実に面白かったです。

そうそう、これは国芳の腰壁に描いたようなヘタウマ落書き絵?ですが、まん中の猫、赤塚不二夫先生がインスパイアされてニャロメが考案されたとか何かで聞いたような気がします。

国芳は無類の猫好きで、ドクロの絵は何匹もの猫で構成されているんですよね。

歌川広重の亀戸梅屋敷。
ゴッホの絵の背景に使われていることは余りにも有名ですが、国芳の作品にもそんなオマージュの作品があったように思います。

これは、マティスのダンスですが、
作品の中に構図の似たものがありました。
きっとマティスも刺激を受けた1人ではないかな?と思うのですが…。

◆俺たちの国芳わたしの国貞◆

そうそう、がちゃぽんやりました。
三種の根付けが入っていますが、
やっぱりこのドクロが狙いでした。

わたしはバッチリ当てましたよ(^_^)v
で、ほら、あたまにはネコ。


日本橋三越に【下田直子ハンドクラフト展】を見に行きました。

お針仕事はもうあまりやりませんが、可愛い着物バッグがなくて、それでは作ろうと、出逢った手芸本が手芸家、下田直子先生のものでした。
色使いやセンスに魅了されて、本も何冊か買いました。

下田直子先生の本

先生の『着物バッグが欲しい』の中の作品を真似して作った龍の刺繍バッグ、
ホームページで恥ずかしながら紹介していますが、
今回、その作品が展示されていて、先生の作品は、もちろん龍、私の駄作は狛犬だなと思いました。

単なる手芸家ではなく、アーティストであること、ハンドクラフトのすべての技が巧みであって、素敵なこと、また改めて実感いたしました。
手作りの温かさや良さも存分に感じました。

手芸作家下田直子さんは
1980年代に一世を風靡した「一つ目小僧」や「FICCE UOMO」などでニットデザイナーとして活躍した後、アメリカ・ニューヨークに渡り、素朴なフォークアートやアンティークの素材に魅せられ手芸作家としての道を歩み、帰国後、「毛糸だま」(日本ヴォーグ社)に自らデザインしたニット作品を連載し大好評を博した方です。

1993年には福島県立美術館で開催された「現代の染織」展で芹澤 銈介や志村ふくみとともに現代作家の一人に選ばれました。

2005年「かぎ針編みっておもしろい」、2006年「かぎ針編みっていいね」(ともに文化出版局)を出版、手芸本としては異例の10万部以上を販売する大ヒット商品となり、幅広いファン層を獲得しています。その後も、様々なジャンルにわたって手芸の本を発表。総売り上げ部数は70万部以上にもおよびます。
その作風は、パッチワーク、刺繍、アップリケ、編物、ソーイングなどの手法はもとより、自身で集めたアンティークのレースや布、ビーズ、フェルトなど多種類の素材を駆使して制作され、手芸界にはないマルチぶりを発揮しています。また「手作りバッグの火付け役」とも言われています。

本展では初期に制作されたニット作品をはじめ、代表作のバッグや小物、アクセサリーなど手芸を超えたポップアートといわれる作品や未発表作、新作を含む約350点を展示。高度な技術と生き生きとした色使い、素材の豊かさに彩られた「手でものを作り出す」ことの素晴らしさ、楽しさ、大切さを改めて感じていただけると確信いたします。手芸界のカリスマ下田直子の世界をお楽しみください。
(日本橋三越下田直子ハンドクラフト展より)

下田直子 ハンドクラフト展


六本木一丁目にある泉屋博古館 分館。

以前からモダンな意匠が魅力的と感じていた銘仙に、スポットを当てた着物の展示がこちらでされているということなので行ってみました。

泉ガーデンができてからでしょうか?
地下鉄六本木一丁目出口2からアクセスできる空間はアークヒルズも直結していて、面白いエリアになっていました。
アークヒルズ サウスタワー
カンクンテラスとかいったかな?
黄葉していました。
晴れていればポールのパンを頬張る方もいたのかもですが、あいにく雨でした。

駅からわずか数分、エスカレーターを三回乗りかえると、泉屋博古館らしき建物が見えてきました。

あたりは高層ビル群ですが、緑化が進んでいてとても気持ちよかったです。
まさに都会のオアシスでした。

まっすぐいくと飯倉。
この緑道の左横は、鮮やかな色の建物のスウェーデン大使館があります。

大使館の方には渡らず、
左手に【泉屋博古館】はあります。

こちら、【せんおくはくこかん】と読みますが、
泉屋博古館は住友家が蒐集した美術品を保存、展示する美術館で、京都と東京分館の二カ所で収蔵品やそれに関連する作品の展覧会を開催しているそうです。

名称は、江戸時代の住友の屋号「泉屋」と
900年前に中国で皇帝の命によって編纂された青銅器図録『博古図録』からとっているそうです。

泉ガーデンもそこからですね。
知りませんでした。
こちらは、【いずみがーでん】
この周辺は住友不動産の所有地ということですね。

住友銀行を開業し、茶人、風流人としても有名で、号を春翠と称す第15代当主【住友春翠】は青銅器コレクターとしても有名で、博古館にある美術品は春翠の収集したものが多くあるそうですが、
春翠は、東山天皇の5世孫である従一位右大臣徳大寺公純の第6子として生まれ、育ったのち住友家の長女満寿の婿として住友登久の養嗣子となった方なのだそうです。

今回は春翠のコレクションではなく、須坂須坂クラシック美術館の開館20周年を記念して、所蔵の銘仙きもの100選を、展示。

あの時代にいかにしてモダンな意匠が生まれたのか?
細密な染めはどんな工程を経たか?
そんな疑問も艶やかなきものたちに刺激されながら、解明しました。
染色の工程、ビデオ必見です。

特別展【きものモダニズム】


以前、柏まで行って観た芹沢�笘介展。
その時に東京で、開催される生誕120年記念展を知って行こうと思っていました。
柏での記事

日本民芸館、経堂からは意外に近いのです。
下北沢で渋谷方向に井の頭線を乗り換えて2つ目、駒場東大前下車、徒歩8分ほどのところにあります。

あいにくの雨でしたが、ご覧の通り、美術館が個性的で、館内を回るだけでも楽しみです。
この景観、右脳が刺激されます。

ここは、民芸の祖 柳宗悦らが活動した場所、
残念ながら柳氏の住居であった西館、本日は非公開ですが、芹沢げ雹瓩虜酩覆襖や戸袋に使われたお部屋があるようなので、いつか見てみたいと思っているのですが、願い叶わずにおります。

お地蔵様もいらっしゃいます。

「2階からどうぞと言われ」上がるとこの景色、土足厳禁で、スリッパに履き替えますが、チケット売場も民芸そのもので、
にわかタイムスリップできます。

反対側。
さりげなく展示されている布、芹澤作品です。

展示は、代表作のいろは文字や紅型にインスパイアされた型絵染された着物、暖簾、屏風の他、素描、絵付陶器、下絵など、また芹澤氏が収集した各国の工芸品などが展示されています。

小さな黒の板に朱で書かれた説明は、最小限の情報で、
「知識で物を見るのではなく、直観の力で見ることが何よりも肝要である」という柳氏の見識が、忠実に守られています。

大展示室の前のしつらい。
こちらでは、“日曜美術館“に出演された時の晩年の芹澤氏の貴重な映像が公開されています。

いつもこの眺めに惹かれます。

一階の展示室。
一階は主に芹澤氏が影響を受けた李朝時代の品や民芸の仲間達の作品、
型絵染の人間国宝となる運命的な出逢いのあった沖縄の紅型、
染色家の作品に出会えました。

最後のお楽しみが受付横のミュージアムショップ、そんな横文字は不釣り合いな民芸品屋という佇まいの中には、
この美術館ならではの書籍、染色もの、柳宗理のツール、バーナード・リーチの出身地セントアイブス窯の作家ものなど見処がたっぷり。

私は、柳宗悦氏著の「手仕事の日本」の挿し絵が、芹澤作品であったことを知り、またその作品の実物があったこと、
今回の嬉しきことでした。

装丁の“ヴァン・ホッホの生涯“は、今でこそゴッホと言いますが、
そういう時代に、民芸を用の美として高めて極めた芹澤氏という存在と、独特の日本の美と色使いにまたまた刺激を受けました。

また、この方々がいらっしゃらなかったら、日本人は野蛮人のまま、残していくべきものや受け継いでいかなければいけないことを、見失っていたかもしれないと、思うのでした。

日本民芸館


この展示室での公開作品、とても気になっていました。
「今、とても観たい!」
そう思えるものがなかったので思いきって足をのばしました。

その展示室は、千葉の柏の駅からバスを乗り継いでいきますが、
我が街経堂から柏は、小田急線を代々木上原で停まった前の千代田線に乗り換えれば、そのままずっと座ったままなので楽チンです。

柏駅、巨大なのですね。

大型百貨店はいくつもありますし、駅前の発展ぶりにはびっくりしました。

まるで異邦人になりましたが、この下からバスは出ているようです。
電車の中で、必死に土地勘を頭にぶちこみましたが、地図上と実際はまるで違います。
ですが、だいたい思った通りにバス停はありました。

しかし、こんな外国みたいなターミナルチックな風景だとは想像もしませんでした。

バスに乗りしばらくすると、のどかな田畑が広がっていました。
このところ、わずかな時間でも旅気分になれることに味をしめていますが、
まさに知らない土地は、プチ旅気分です

しかし、下車した停車場は、こんな風景。
右も左もランドマーク的なものはないわけでして…、途方に暮れます。

こちらが、展示室のある沼南庁舎。
私のお目当てだった芹沢銈介氏の作品展。
今回は棟方志功作品もあるとのこと。

芹沢銈介、はじめて目にしたのは多分駒場東大前にある日本民藝館ではなかったかと思うのですが、
型絵染のカレンダーはなにか眼に触れることが多かったように思いますし、
天ぷらの職人技に脱帽した天ぷらみかわだったようにも思います。
天ぷら みかわ

とにかく、芹沢氏が沖縄の紅型にインスパイアされたように、
私自身は、芹沢氏の作品にビビっときてしまい、以後好きな作家なわけです。

その作品が、静岡の芹沢銈介美術館ではなく観れるのは何故?
調べてみると、やっぱり訳がありした。

沼南庁舎の展示室で公開される作品は、
柏市に寄贈された砂川コレクションなんだそうです。

故・砂川七郎氏は、
染色工芸家で人間国宝の芹沢銈介(1895年〜1984年)の芸術に惹かれ、生涯にわたって芹沢作品のコレクションに情熱を注いだそうです。

昭和56年5月、自宅に「砂川美術工芸館」
平成8年2月、「柏市立砂川美術工芸館」として再開。
現在、作品は沼南庁舎内の「柏市郷土資料展示室」で年3回の入れ替えで展示されているというわけです。

民芸運動の中心でもあった氏のスタイルの“ドンキホーテ“は、物語以上にユニークです。
日本の伝統色のような色を使った味わいある型絵染は、まさに民衆的工芸です。

少ない作品の展示ですが、だからこそ向き合うことができ、豊かな時間が流れ、
改めて、やっぱり好き!と、感じた芹沢銈介氏でした。

棟方志功作品もやっぱりスゴい!
強さがあります。

柏市郷土資料展示室 作品展

偶然にも、9月1日から日本民藝館にて生誕120年記念展が開催されるようです。


先輩が開催を教えてくださっていました。
感動して「もう一度行きたい」という。
どんなものなのか?

行先の丸の内から、少し歩いて行ってみることにしました。
ポーラ美術館といえば、箱根。ですが、
Newスポットとして、銀座にお目見えしていたのですね。

三階がギャラリー。
あら、二階は、お洒落系和菓子処”HIGASHIYA”でした。

このエキシビジョン開催の中心人物:プラントハンター・西畠清順さん。
ごめんなさい。
私、まったく存じませんでした。

プラントハンターとは、
17世紀から20世紀中期にかけてヨーロッパで生まれた職業で、
世界中の珍しい植物を追い求め、旅を続ける方々だそうです。

 ”花の奇跡” を求めて、キュレートされた世界中の摩訶不思議な植物が、
今回、銀座のポーラギャラリーに展示されたというわけです。

人気の方なのですね。
土曜日ということもあってでしょうが、会場、満杯でした。

これ、科名はキョウチクトウ。
イガイガのうさぎ に私は見えました。
超貴重な一品だそうです。

植物もこうなるとオブジェですね。

和名”ライオン殺し”
ライオンが足から引き抜こうと口で咥えると、釣り針のごとく口に深く突き刺さるんだそうです。
ライオンは、口から抜くことができないまま獲物も捕獲できず餓死し、その後発芽した種は、死肉を肥料として育つという恐ろしい植物、なのだとか…。
サンゴのようですが…。

これは、個人的に、
「アルガンオイルの木って、こんななんだ」と、思ったのですが、
美容と健康に優れた効果を持つという精油のアルガンツリーは、人間がヤギなどを持ち込んだせいで、絶滅が危惧されているんだそうです。

和名”砂漠のバラ”
原爆があった長崎で翌年咲いたという、これもキョウチクトウの仲間のようです。
分布は内乱のイエメンやサウジアラビアといいます。
想像すると、やはり”砂漠のバラ”という思いがします。

不思議な状態で生る実。

写真は、あまりいい環境で撮れていないのでほんのわずかですが、
こんな素敵な冊子もいただけ、
展示は52点あります。

プラントハンターによる植物たち。
それは見せ方も斬新でしたけど、自然の力や、世界のさまざまな土地を旅したように、心に何かを運んでくれました。

ポーラ ミュージアム アネックス ウルトラ植物博覧会


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