大祓式の日の30日、またまた青山の熊野神社の前を通ってしまいました。
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/syoukai/06_shibuya/6008.html
で、またまたパチリ。
以前は、年越の祓(としこしのはらえ)の12月だったように思います。
http://blog.kisetsu-o-mederu.com/?day=20101223

神社では、6月末と12月末に、半年の間に知らず知らずに犯した罪や心身の穢れを祓い清めて、正常な本来の姿に戻るための「大祓」が行われるのだそうです。
そして、6月を夏越しの祓、12月を年越しの祓とも呼ぶのだそうです。

この茅の輪くぐりを知ったのも大人になってからですが、こんな古来の神事をされているところは、数多くあるのでしょうか?
茅(ちがや)は香りもさることながら魔を払い、再生の神力が宿る葉と信じられていて、茅で作った輪をくぐり抜けて、無病息災を祈るのだそうです。

youtubeで、みることができます。
www.youtube.com/watch?v=CeR0udg5Avw


 世田谷区のトラスト運動をご存知ですか?
自然環境、近代建築などの歴史的遺産などのかけがえのない貴重な環境を区民共有の宝物として、みんなで協力しながら守り育て、次世代に引き継いでいくことを目的とした運動です。

以前東京散歩のブログの中で紹介した成城学園前にある【猪股庭園】 もこの運動の一つです。

今日はみどりのオーナーと契約を結びコミュニティを育む「小さな森」にお邪魔しました。
成城三丁目、『こもれびの庭』。
成城学園前駅西口から徒歩3分ほどのところにある個人のお宅の可愛いお庭です。

よく手入れされたそこは、深呼吸したくなるような緑が発する爽やかな空気がたたずんでいました。
五月晴れの日で、花盛り。
幸せそうに丁寧に育てられたお花は咲いていました。
そんな幸せそうなお花たちを見て私も本当に幸せな気分にひたりました。

近所の方でしょうか?
自転車で来られていました。
「こんにちは」 挨拶をかわします。


大きな木もあり、木漏れ日を感じます。
まさしく、【こもれびの庭】。
お花は、季節を感じる草花。色とりどり。花形もさまざまです。


成城は、お屋敷街。
ココの近所には山縣という表札の掛かった広大な敷地の邸宅がありました。
門扉は堅く閉ざされ、塀には近日中に私立の老人ホーム建築の看板。
こういう邸宅ほど、保存してほしいと思う素晴らしいお屋敷。
この山縣というのはめずらしい苗字でありますが、あの歴史上の人物、山縣有朋氏と関係があるのでしょうか?
確かこの方、椿山荘主であったような記憶が…。
ともかく、【成城散歩】 というお店があるように、成城のお散歩は、庭木やおうちを見て歩くのも楽しいです。


 毎年の初詣。
経堂の地に居を構えてから、ココ、豪徳寺で参拝させていただいています。
今年は、元旦に家族で行くことができず、3日の日になってしまいましたが、快晴に恵まれ、人ごみを避けることができ、結果的にいい雰囲気でお参りができました。

義母曰く、ここの甘酒はお味がいいというその甘酒もいつもなら慌しく飲み干していますが、今回はゆったりと座っていただくことができました。
井伊家の墓所、19年に完成したという三重塔も拝見し、 井伊家の菩提寺、豪徳寺を改めて知るという機会を得ることができ、満喫いたしました。



懐かしい井戸の姿や、鐘。
 

井伊家の墓所はよく手入れがされ、侘びた感じがなんとも素敵です。

幕末の大老、井伊直弼さんのお墓。
義母は、すぐ近くの松蔭神社に吉田松陰が祀られているのは、皮肉だと毎回言っています。


『ひこにゃん』 かと思ってよくよく見たら、井伊家の赤甲冑をつけておらず…。
どうもこちらは、豪徳寺駅前に御影石で作られたという招き猫 『たまにゃん』 らしい…。
『ひこにゃん』 のような町おこし効果があるといいなと思います。
 
豪徳寺は、参道から、なかなか風情のあるお寺様です。
 
江戸時代、彦根藩二代目藩主井伊直孝の一行が鷹狩りの途中、寺の前で手招きしている白い猫に応じて、寺の中に入るとにわかに豪雨が強まり、一行は被害を逃れたと言われ、ここから招き猫が福を呼ぶという言い伝えが始まったといいます。

そのエピソードにより意匠化された豪徳寺の招き猫は、かなりキュートなお顔立ちで背も高くスリムです。
その名も招福猫児と書いて、”まねぎねこ”。
今年は、”豆” という根付風の招き猫を購入してみました。

お札の巻き紙には、招福観音、武蔵国世田谷豪徳寺とありました。
縁起もイイ感じがしますが、武蔵の国とは、なんだかかっこいい!

武蔵の国と相模の国の間にある、『武相荘』 とは、白州夫妻が終の棲家として暮らした家でした。


 6月の神事 『夏越大祓(なごしのおおはらえ)』は、ある方がでお茶会が行なわれた時になさったと赤坂の氷川神社でされたことを聞いて知っていましたが、
12月の年越大祓(としこしのおおはらえ)というのがあることは知りませんでした。

新暦では6月30日と12月31日に行われ、その年の上半期、下半期の穢れを祓い、心身を清浄にし、次の半年の無病息災を祈る神事だそうです。

奈良時代に朝廷が百官を集めて行なったのが起こりとされているそうです。

たまたま通りがかった、熊野神社で遭遇しました。

端午の節句の粽(茅巻(ちまき))もやはり厄払いですが、茅(ちがや)は香りもさることながら魔を払い、再生の神力が宿る葉と信じられていて、茅で作った輪をくぐり抜けて、無病息災を祈るということなのだそうです。

 
輪の中を左まわり、右まわり、左まわりと八の字に三回くぐり、穢れを祓います。
茅輪は、6月は青々していましたが、この時見たものは、茶色実を帯びたものでした。

 
耐震補強工事を行うため閉鎖していました成城五丁目猪股庭園が、開放を再開したので行ってきました。
ご近所に住む方には、「蚊に刺されれるわよ~」と言われていましたが、やはりやられました。


旧猪股邸は、(財)労務行政研究所の理事長を務めた故・猪股猛氏ご夫妻の邸宅として建てられたもので、貴重な文化財として残したいというご遺族の意向で世田谷区に寄贈され、無料で一般公開されています。

旧猪俣邸を設計したのは、文化勲章を受章した建築家、吉田五十八氏です。
近代数寄屋の作風を確立した方で、昨年、放火によって消失してしまった吉田茂邸も氏の作品だったそうです。現存する中で、有名なのは、五島美術館、三越シルバーハウスなど。
村上開新堂や歌舞伎座、成田山新勝寺も御作品だそうです。

硯の材料である石を敷石に使ったというひろ〜い玄関を上がると、常駐しているボランティアの方が内部の見どころをご案内してくださいました。
面倒がらずに初めての方は、ご案内をお願いすることをお奨めいたします。
これからご紹介する様々なことや、
吉田五十八さんが、太田胃酸の創業者の息子さんであるということなど、興味津々でうかがうことができました。


入って右側にあるリビングです。
一面の杉苔が植えられ、一部に水路を配し、その廻りに園路を巡らせた回遊式の日本庭園が、軒下から広がり、四季の移り変わりをみてとれ、東京であることを忘れる贅沢な時が流れます。

夏の時季は苔の保護のため寒冷紗で覆いをしていました。
今年の酷暑のダメージなのか?まっ茶色になっていました。
一面の杉苔は海を、岩は島を表すという枯山水のお庭です。

1畳半ほどの大きな漆塗りの台が造り付けられていますが、テーブルで生活をしていたために高くしたという床の間だそうです。
職人を招いてその場で何百回もの工程を経て塗られたもので、これを作る費用だけで家が一軒建つそうです。

リビングから左手がお茶室になります。
垣の上部の穂先が左右前後に開いて,茶の湯に使う茶筅の形になるのでこの名称があり、通常萩の枝を束ねて立子とするし茶筅垣(チャセンガキ)があります。
ここから、降りて、お庭もご案内していただけます。

 


奥様のお部屋です。
42年前に建てられたという邸宅ですが、各部屋に冷暖房が完備され、その姿は隠されています。
浴室以外は、すべてバリアフリーで、家具は造りつけです。
置かれている応接セットは、リビングで使われていたものだそうです。
カーブが美しく存在感のあるモダンな意匠です。

当時のお金で22億円かかったお宅だそうですが、ご案内する方々も、ひずみがなくスムーズに動く建具が素晴らしいと、おっしゃっていました。
一流のお宅造りには、職人さんも超一流だったのでしょう。
そしてまた、いいものは、古さをも感じさせないものなのだと、無垢の木の素晴らしさを実感しました。


着物を多くお召しになったということで、桐のタンスが二棹入っているウォークインクローゼットです。
今では、普通になってしまったことですが、ほんの20年前、これがあることが理想でした。
それが、42年前、このような形の西洋のいいところを日本建築だからといって排除するのではなく融合し取り入れる。
懐が大きく、引き出しがたくさんあった優秀な建築家であったのだなぁ〜と想像いたしました。

京都の高級旅館のような贅沢な床の間のある和室。
新築のような美しさです。
雪見障子から見る日本庭園、また格別のものであったのでしょう。


書斎から臨む日本庭園。
開け放した窓は、額縁のようです。


小間の茶室は遠いので、ということで、斎の裏手にプライベート茶室を増築されたそうです。
一畳台目の茶室です。


 今では温水、冷水は、当たり前ですが、浴室には手すりも配されて、浴槽も低めに作ってあります。
また、天井は水滴が落ちないように、三角になっています。

 
木造平屋建てで100坪以上ある場合、屋根は高くなるものなのだそうです。
それを、いかに屋根を低く見せるかが設計のポイントだったといいます。
そのために坪庭を2ヶ所に配し、小さい屋根を集めるという手法がとられたそうです。
そこかしこにある窓ですが、雨戸、網戸、窓、障子と狂いのない枠が全てにはめ込まれています。
石や草木のある坪庭は、目を楽しませてくれるだけでなく、いい風の通り道にもなり、単調な家の中に、深呼吸するような、素敵な効果をも醸し出しているという風に感じました。



奥が金庫室のお部屋は、吉田五十八氏ワールド。
主な作品たちのパネルや、氏の出生、経歴などを知ることができます。


玄関から直接廊下で結ばれたお茶室です。
”頚枩庵”
お能がお好きだった猪股氏のために、能舞台に向かう橋掛かりをイメージして造られた廊下だといいます。
お茶室にまでのこの廊下には障子が設えていますが、その障子のあちら側(外側)にガラスが施されていたことにはびっくりしました。


にじり口は、そこから見える山水の景色を意識して、倍の幅で作られています。

和風建築の土壁の仕上げのひとつのじゅらく壁は茶室に多く使われていますが、壁土に出てきた錆が景色になっています。


右の写真がにじり口から見える光琳垣、灯篭、そして枯山水の庭。


雨が落ちるように棕櫚が庇から配されています。
スゴい。日本の知恵。機能的な中に風情があります。

担当してくださった方以外の方が教えてくれた、楊枝柱。上部の四分の一を楊枝状に残して、下の方は壁に塗り込めた柱で、茶室などによく用いられるそうです。
客の目線を配慮した塗り立て柱。



以前はここに水が張られ、電気で循環していたといいます。

関守石のから向こうの飛び石。故佐藤栄作元首相から送られたものだそうです。

 このお庭で、一番古く太い桜の木。
他に赤松や梅、紅葉、茶花として使われていたであろう椿もなど、多くの樹木がありました。

年二回、野点茶会も行なわれるそうです。


玄関から、外を見ると…。
玄関を出て右は、茶室”頚枩庵”に続く廊下です。
壁のカーブ、塗り壁と木の茶色のコントラストも美しい…。

蚊には刺されましたし、暑い日で、汗ダクダクでしたが、たくさんの発見や美しいもの達との出会いの時間が持て、約一時間、お庭の美しさ、日本建築の差晴らしさに触れ、大変満足いたしました。

東京都世田谷区成城5-12-19

小田急線「成城学園前」駅下車 北口または西口徒歩7分


公園緑地課

電話03-5432-2295

スリッパがありませんので、夏場は、女性の方、裸足でなんてことにならないように、靴下かルームシューズを持参されると気が利いていますね。

 

今年は元日に初詣に行きました。
我が家は世田谷の経堂なので、毎年、初詣は豪徳寺に行っております。
近くに世田谷八幡宮もあって、地元の人たちはどちらかというと、こちらへ行く方が多いようなのですが、ここに居を構えてからこちらなので、そういうことになってしまいました。

初詣は神社かお寺かという話もありますが、日本はそのへんが曖昧でどちらでも特に問題はないということなので、私もあまりこういうことは気にぜず、このお寺を家族も気に入っているからという理由で参らせていただいております。

我が家の愛犬を連れていってもお咎めなし。
以前、代々木公園から、原宿方面へ散歩した時に明治神宮で 「犬は、入場可能ですか?」 と勿論だめもとで聞いてみたことがありましたが、やはり答えは「NO」でした。(^^ゞ

豪徳寺は小田急線の駅名でもありますが、そこで下車してしまうと、かなり歩くことになります。
15分くらいはかかるでしょうか?
最寄の駅は、三軒茶屋か下高井戸から出ているレトロな電車、世田谷線の ”宮の坂”。
豪徳寺は下車して5分ほどです。

参道も風情があります。
五重の塔もあります。
文化財である彦根藩井伊家墓所であり、井伊直弼のお墓は、東京都指定史跡で、他にもたくさんの文化財がたくさんある立派なお寺です。

写真の招き猫。
豪徳寺では「招福猫児(まねぎねこ)」と称し、招猫観音(招福観世音菩薩、招福猫児はその眷属)を祀る「招猫殿」を置いてあることで有名です。
招猫殿の横には、願が成就したお礼として、数多くの招福猫児が奉納されています。

招福猫児は右手を上げており、小判などを持たないなんだか現代風のお顔立ちをしています。
長い間、岐阜県の多治見で作っていたらしいのですが、後継者がいなかったため、現在では新たに型を作り愛知県の瀬戸で焼いてもらっているということです。

今年も一体、千客万来、『招福猫児(まねぎねこ)』 を購入しました。
「由来」がついてきます。

それによると、
時の和尚さんがある日、我が子のように愛していた猫に「私の恩がわかるならば、何か果報を将来せよ。」と言い聞かせたそうです。
その後のある夏、鷹狩の帰りという56騎もの武士が門前の猫に招かれた様が不審であったと、寺に訪ね入り休息を所望しました。
和尚が渋茶などを差し出していると、天が忽ち曇り夕立になったとのことです。
武士は猫が招きいれたことで難を逃れたと喜び、豪徳寺が吉運を招くと、井伊家の菩提所とされたのだそうです。
その後、貧しかった寺は田畑を多く寄進され一大伽藍になったそうです。
それはまさに猫の恩としてこの猫の墓を建て冥福を祈り、この猫の姿形をつくり、『招福猫児(まねぎねこ)』 として崇めたそうです。
この武士が江州彦根の城主・井伊掃部頭直孝であり、招き猫の由縁でもあるそうです。

家内安全・営業繁昌・心願成就の霊験があるそうです。
近年の不況社会でこの招福猫児を買い求める人が増えているとのこと、
遠方から買い求める人も多いのでしょうか?
なんだか今年は地元民ではない歴女を含むカメラ片手の方々が多かったように感じました。

さて、この招き猫ですが、もうすぐ開催される 『世田谷ボロ市』 で、限定・招き猫なるものがあるんだそうです。
今年はひさしぶりに15日、16日の二日間のうちが土曜日なので、さらなる人出が予想されます。
そのボロ市保存会が販売している招き猫。
豪徳寺の猫は右手を上げているのですが、ボロ市の猫は左手だそうです。

昨年、12月の15,16日は行くことができなかったので、今年はのぞいてみようかな。
とにかく、ボロ市。ユーズドのお着物がお買い得です。
骨董も見て歩くだけでも、楽しいです。

おっと!話が横道に反れてしまいました。
豪徳寺、参拝に行ったら、甘酒も飲んでみてください。
なかなかイケます。



ご好意で、横浜×巨人の試合観戦の機会をいただきました。
久しぶりの屋外球場。
小雨も降りましたが、いやぁ〜、気持ちよかったですぅ。
やっぱり、屋外はいいですね〜。
この日、横浜も勝ちましたし…。

最近は楽しいイベントをたくさんやるものだなぁ〜と、スクリーンに映るその進行をとても楽しみました。
写真time、ダンスコンテスト、バズーカ砲、観戦に来ている人たちが参加できるようなもので、MCもよかったです。

そして、野球観戦中に食べるお弁当も楽しみの一つ。
横浜といったらやはり!崎陽軒のシュウマイ弁当です。
歌舞伎鑑賞にハマった時もよくコレにはお世話になりました。
美味しいんですよね〜。
経木の箱に入ったごはんもさることながら、シュウマイ他のおかずのバランスが絶妙なんです。
筍の煮たの…。これがごはんが足りないくらい合うんですよね。

さて、この日は、みなとみらい線『日本大通り駅』から横浜球場まで歩いて行きましたが、その途中の日本大通りは、異国情緒漂うこの雰囲気で、とても気分が良かったです。
初秋の爽やかな気候の夕暮れ時は、そのロマンチックな場所がよりいっそう素敵に感じました。
やっぱり横浜は、何か違いますね。

日本大通りは、R.H.ブラントン氏の設計により明治3年にできたそうです。
同8年に命名された日本で初めての西洋式街路だそうです。
知らずにいつも通っていました。

神奈川県庁、横浜開港資料館、横浜郵便局、旧商工奨励館、旧市外電話局、横浜地方・簡易裁判所、三井物産横浜ビル、旧関東財務局など、重要な施設の立ち並ぶ街路ですが、明治時代には、人力車や車が行き交う街のメインストリートとしての役割を果たしていたそうです。

オープンエアのカフェが、本当に外国にいるような雰囲気を醸し出していました。


この大通りの緑道のフラミンゴは何かワケがあるのかしら?



東京、代官山、旧山手通り沿いのヒルサイドテラス裏手に85年前に立てられた東京中心部に残る数少ない大正期の和風木造住宅があります。



旧朝倉家住宅は、東京府会議員だった朝倉虎治郎さんの自宅として1919年に建設され、2004年に重要文化財に指定され、2006年から渋谷区が管理していたのだそうです。
代官山はなんとなく近い存在で、ヒルサイドテラスは朝倉さんの持ち物ということは、古くからそこにすまう方に聞いていました。
ヒルサイドテラスからの眼下は、素晴らしい緑ですが、そこに邸宅があるとは、全く知りませんでした。

朝倉家は明治二年に精米業をはじめ、米穀販売や土地経営により発展してきたそうです。
とくに虎治郎氏の時代には、個人営業の白米商として東京一であったといいます。

こちらは、2008年6月8日から、一般公開されているそうですが、そのことを知ったのは、東京都の茶室を探している時のことでした。

代官山へ行った時のついでに行ってみたいなと思っていました。
ついでがあったので、行ってまいりました。



杉の木目を多用した虎治郎さんが最も好んだ広間だったという1階の「杉の間」からは敷地内の庭園が一望できます。
このほか1階には、「第1会議室」と呼ばれる32畳の洋間、執事の「事務スペース」、「女中部屋」などがあり、当時は富士山が望めたという2階にも30畳ほどの広間があります。
どこの部屋も華美さはなく、材料にこだわった品格が感じられます。

お茶室の炉は、囲炉裏大でした。
流派によるものでしょうか?
詳しくはわかりませんでした。



住居の回りはたくさんの石灯籠が置かれています。
回遊しながら庭園を観賞できる「回遊式庭園」です。



春は躑躅の咲く姿が綺麗だそうです。
秋の紅葉も見事だということです。
代官山に行かれた時のついでにお奨めいたします…。
吉田茂邸も、公開間近で、灰になってしまいました。
現存する日本の邸宅、発見があります。



【松涛園】 「きょうから公開 池上本門寺」の 今朝の新聞の記事を見て、心に刺さりました。
年に一度の一般公開だそうです。
こちら、私、初めてでした。
アクセスしにくいところなので、ご縁がありませんでした。
午前中に水天宮に行く用事があり、浅草線に乗車できることが、しばらく歩くとわかりました。
これは何か呼ばれるものがあるなと、無計画に電車に飛び乗りました。
確か、記事に最寄の駅は、池上か西馬込だったと、かすかな記憶を頼りにして…。

駅を降りると、あたりはどう見ても寺町ではありません。
改札を出たら国道でした。
駅の案内を頭に叩き込み、途中で道を尋ねながら向かいました。
途中で尋ねた方は、【松涛園】 に行かれた方でとても丁寧に教えてくださいました。けれど結構な道のりでした。
徒歩12分とありましたが、【松涛園】までは、本殿からまた歩きます。

ご存知の方、とても多かったです。
帰って義母に話すと、読売以外の新聞にもお知らせがあったようです。
大田区の広報にもきっと掲載されたのでしょう。
東京近県の車の姿もありました。

こちらの園は、京都・桂離宮や茶道で有名な小堀遠州の造園による池泉回遊式の名園で、1936年に都の旧跡に指定されているそうです。
園内は、自然の窪地に作庭されいて、朗峰会館からの入り口からは、俯瞰できるという景観がまず目に飛び込み、それは、美しいのでした。
西郷隆盛と勝海舟が江戸城開城の会見をした会見の碑があることでも有名だそうです。(「篤姫」でそんなシーンがあったかしら?)

池上本門寺は750年の歴史を持つ伝統仏教のお寺だそうです。
そして、日蓮聖人が1282年にで入滅(臨終)された霊跡なのだそうです。
日蓮聖人御入滅の後、池上宗仲公が、法華経の字数(69,384)に合わせて約7万坪の寺域を寄進され、お寺の礎が築かれ、以来「池上本門寺」と呼ばれているということです。
毎年10月11日・12日・13日の三日間に亘って、日蓮聖人の遺徳を偲ぶ「お会式法要」が行われ、お逮夜に当たる12日の夜は、30万人に及ぶ参詣者で賑わうということです。
この、園の一般公開の行事の後は、この大イベントがあるのですね。

さて、名園 【松涛園】 見たさでここを訪れましたが、年一度の僅か一週間の一般公開、12,13日は園内の茶室で茶席があるとありました。
なかなか、茶室を見れる機会というのもないもので、このことも魅力的でした。

園散策は、入り口から左回りに歩いて行きました。
池に浮かぶ亀島を右手に石畳を上っていきます。
松月亭では、緋毛氈に腰掛け、休憩ができるようになっています。
風鈴が揺れ風情があります。

戦災で、甚大な被害を被ったといいますが、悠然とした大木が、残暑の光に
輝いています。
一番の頂上から下っていくと園の一番奥にあるのが茶室『浄庵』です。


会見の碑、筆塚を見て、中央の池近くに下りていきます。
しつらいのある茶室『鈍庵』茶席が行なわれるという『根庵』がありました。


こちらで、週末茶席が設けられるのかと、参加できない寂しさもありましたが、清々しい雰囲気は、充分堪能いたしました。
特につくばいや露地、とても素敵でした。
お茶室は、平成2年、裏千家から寄贈されたものだそうです。

帰りは、池上から、帰ることにしました。
緑に囲まれた園内を名残惜しみながら、本殿、、社務所、仁王門、此経難持坂(シキョウナンジザカ)の階段を降り、池上の駅に向かいました。



その途中の仁王門に看板が立てかけてありました。
犬の散歩に対してのおおらかな対応です。
クリックして画像を大きくして文字を読んでみてください。
朗峰会館には、犬OKのカフェも隣接しています。


池上本門寺にある朗子会館では、たくさんの講習や学習の会が行なわれているそうです。
「水のこころ」(仏教の目指す人間像)を心として、多くの方々の参加を呼びかけているということです。
「水のようにいきいきと 水のように力強く 水のようにこだわらず 」

次回は、うちのコを連れて、訪れてみたいと思いました。

しかし、、『妙法蓮華経』、此経難持の偈文96字にちなむ此経難持坂の階段は、経文を読誦しつつ上れば自然にのぼれる、と言い伝えられているそうですが、東急池上線を使って来た方には、難儀だなぁ〜、特に高齢者には…。
と感じました。
でも、とっても充実の東京散歩。楽しかったです。
それに、入り口に置いてあった、蚊よけスプレー、とっても助かりました。


Calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< June 2018 >>

Archive

Mobile

qrcode

Selected Entry

Comment

Link

Profile

Search

Other

Powered

無料ブログ作成サービス JUGEM