正式には、蘆花恒春園(ろかこうしゅんえん)というのでしょうか?
我が家から近い少しし広めの公園なので、よく訪れます。
この日も犬の散歩にやってきて、今日は何かしらオレンジ色の温かな灯りに惹かれたものですから写真を撮ってみました。
http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index007.html
この公園は明治・大正期の文豪、徳富蘆花と愛子夫人が、後半生を過ごした住まいと庭、夫妻の墓地を中心とした旧邸地部分とその周辺を買収してつくられたといいます。
児童が遊べる遊具のある一角やドッグランもあるのですが、
この家屋は蘆花が晴耕雨読の田園生活を送ったという生活の様子を伺い知ることができます。

遺品を展示している蘆花記念館。
書斎と寝室の秋水書院。
梅花書屋
手植えの竹林
夫妻の墓。
以上が、徳富蘆花の旧宅の部分で厳密には、これらが恒春園だそうです。
その手植えの竹林というのが素晴らしく、とても風情があります。
この公園の樹木は樹齢の古いものが多く、緑豊かです。
木陰は犬の散歩やランナーに最適です。
また、
【ひまわり】咲く『花の丘』エリアは季節ごとの草花が植えられ、いつでも四季の移り変わる草木の姿を知ることができてうれしいものです。
http://blog.kisetsu-o-mederu.com/?eid=1264414
井戸だったのでしょうか?
石組みも竹の蓋も魅力的です。

都市緑化フェアTOKYOのご案内が立てられていました。
何かと調べてみましたら、9月24日から【花と緑のシンポジウム】が開催されるという告知でした。
http://greeneryfair-tokyo.jp/


 寛永寺(かんえいじ)は、天台宗関東総本山の寺院。
山号は東叡山(とうえいざん)。
創立者(開基)は徳川家光、初代住職(開山)は天海、本尊は薬師如来であるそうです。
徳川将軍家の祈祷所・ 菩提寺徳川歴代将軍15人のうち6人が寛永寺に眠っています。
久しぶりにやってきましたが、お手入れも行き届き、とても立派です。
お寺はいいですね。緑多いだけでなく。空気感が違います。

根本中堂。http://kaneiji.jp/stroll/

乾山のお墓。
渡り廊下さえも風情があります。

 谷中霊園へ。

ここ最近の大河ドラマでスポットがあたっていた徳川慶喜のお墓をお参りしました。
土まんじゅうの形をした神式のお墓です。
歴代将軍の墓は仏式なのに、なぜこのような形なのでしょう?
と、なぜなぜはてなが芽生えましたから調べてみました。
慶喜は、出身の水戸の徳川家の伝統を引く尊皇思想の持ち主で、朝廷に刃向かうつもりはありません。ということを示すために、仏式ではなく神式にするよう遺言してこの形となったということです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E6%85%B6%E5%96%9C#.E3.83.86.E3.83.AC.E3.83.93.E3.83.89.E3.83.A9.E3.83.9E

 谷中霊園に眠る著名人はたくさんいるんだそうです。
http://www.e-ishiya.com/reien/yanaka/yanaka3.html
塔婆の間からスカイツリー見えていました。
不謹慎でごめんなさい。

 
 思いつきで歩いてみた浜田山界隈。西永福までの神田川沿い、それは見事なサクラでした。
井の頭通りまで歩いて、このサクラ、存分に楽しみました。


 遥か昔に来た時は誰を一緒だったのか?新宿育ちのおっとはココは遊び場だったといって妙に懐かしがっていました。

元々は徳川家康の家臣内藤家二代目の屋敷であったといいます。
このあたりが内藤町という地名であるのもその名残とか…。その後は皇室に献納され、明治に入って国民公園となったということです。
http://www.fng.or.jp/shinjuku/info/shinjuku_history1.html

今秋オープンという温室も楽しみですが、本当に素晴らしい公園です。
入場料が必要、お酒は禁止ということで、行列はありましたが、入ってしまえばココが新宿であることを忘れてしまうがごとくの豊かな緑。
満開になった桜も夢心地にさせてくれる美しさでした。

NTTのビル、まるでNYのエンパイアステートビルのようです。
公園はセントラルパーク?

 山吹(ヤマブキ)、八重紅枝垂(ヤエベニシダレ)

 花海棠(ハナカイドウ)、木瓜(ボケ)

 四手辛夷(シデコブシ)三葉躑躅(ミツバツツジ)
 山茱萸(サンシュユ)
 プラタナスの並木のフランス式庭園。幹と枝だけの姿はとても印象的でした。
ヌーベルバーグの映画のような雰囲気を醸し出していました。
これからの若葉、そして、秋の紅葉も素敵そうです。

http://www.fng.or.jp/shinjuku/shinjuku-index.html
御苑のブログ。今がわかります。
http://www.fng.blog.ocn.ne.jp/shinjukugyoen/
時系列見どころマップ
http://www.fng.or.jp/shinjuku/info/shinjuku_migoromaph19.html

 
 病院の帰り道。
はっとする光景に出くわしました。
成城学園前の銀杏並木です。
確か、せたがや百景にも選ばれていると記憶しています。
http://setagaya3po.web.fc2.com/setagaya100k/index.htm

先日記事にした、成城コルティ内にある菓子匠【成城散歩】の”成城散歩”の人形焼にもデザインされている銀杏です。
http://blog.kisetsu-o-mederu.com/?day=20111104
右(北側)は緑です。
まだまだお散歩が楽しめそうです。

 
 大祓式の日の30日、またまた青山の熊野神社の前を通ってしまいました。
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/syoukai/06_shibuya/6008.html
で、またまたパチリ。
以前は、年越の祓(としこしのはらえ)の12月だったように思います。
http://blog.kisetsu-o-mederu.com/?day=20101223

神社では、6月末と12月末に、半年の間に知らず知らずに犯した罪や心身の穢れを祓い清めて、正常な本来の姿に戻るための「大祓」が行われるのだそうです。
そして、6月を夏越しの祓、12月を年越しの祓とも呼ぶのだそうです。

この茅の輪くぐりを知ったのも大人になってからですが、こんな古来の神事をされているところは、数多くあるのでしょうか?
茅(ちがや)は香りもさることながら魔を払い、再生の神力が宿る葉と信じられていて、茅で作った輪をくぐり抜けて、無病息災を祈るのだそうです。

youtubeで、みることができます。
www.youtube.com/watch?v=CeR0udg5Avw


 世田谷区のトラスト運動をご存知ですか?
自然環境、近代建築などの歴史的遺産などのかけがえのない貴重な環境を区民共有の宝物として、みんなで協力しながら守り育て、次世代に引き継いでいくことを目的とした運動です。

以前東京散歩のブログの中で紹介した成城学園前にある【猪股庭園】 もこの運動の一つです。

今日はみどりのオーナーと契約を結びコミュニティを育む「小さな森」にお邪魔しました。
成城三丁目、『こもれびの庭』。
成城学園前駅西口から徒歩3分ほどのところにある個人のお宅の可愛いお庭です。

よく手入れされたそこは、深呼吸したくなるような緑が発する爽やかな空気がたたずんでいました。
五月晴れの日で、花盛り。
幸せそうに丁寧に育てられたお花は咲いていました。
そんな幸せそうなお花たちを見て私も本当に幸せな気分にひたりました。

近所の方でしょうか?
自転車で来られていました。
「こんにちは」 挨拶をかわします。


大きな木もあり、木漏れ日を感じます。
まさしく、【こもれびの庭】。
お花は、季節を感じる草花。色とりどり。花形もさまざまです。


成城は、お屋敷街。
ココの近所には山縣という表札の掛かった広大な敷地の邸宅がありました。
門扉は堅く閉ざされ、塀には近日中に私立の老人ホーム建築の看板。
こういう邸宅ほど、保存してほしいと思う素晴らしいお屋敷。
この山縣というのはめずらしい苗字でありますが、あの歴史上の人物、山縣有朋氏と関係があるのでしょうか?
確かこの方、椿山荘主であったような記憶が…。
ともかく、【成城散歩】 というお店があるように、成城のお散歩は、庭木やおうちを見て歩くのも楽しいです。


 毎年の初詣。
経堂の地に居を構えてから、ココ、豪徳寺で参拝させていただいています。
今年は、元旦に家族で行くことができず、3日の日になってしまいましたが、快晴に恵まれ、人ごみを避けることができ、結果的にいい雰囲気でお参りができました。

義母曰く、ここの甘酒はお味がいいというその甘酒もいつもなら慌しく飲み干していますが、今回はゆったりと座っていただくことができました。
井伊家の墓所、19年に完成したという三重塔も拝見し、 井伊家の菩提寺、豪徳寺を改めて知るという機会を得ることができ、満喫いたしました。



懐かしい井戸の姿や、鐘。
 

井伊家の墓所はよく手入れがされ、侘びた感じがなんとも素敵です。

幕末の大老、井伊直弼さんのお墓。
義母は、すぐ近くの松蔭神社に吉田松陰が祀られているのは、皮肉だと毎回言っています。


『ひこにゃん』 かと思ってよくよく見たら、井伊家の赤甲冑をつけておらず…。
どうもこちらは、豪徳寺駅前に御影石で作られたという招き猫 『たまにゃん』 らしい…。
『ひこにゃん』 のような町おこし効果があるといいなと思います。
 
豪徳寺は、参道から、なかなか風情のあるお寺様です。
 
江戸時代、彦根藩二代目藩主井伊直孝の一行が鷹狩りの途中、寺の前で手招きしている白い猫に応じて、寺の中に入るとにわかに豪雨が強まり、一行は被害を逃れたと言われ、ここから招き猫が福を呼ぶという言い伝えが始まったといいます。

そのエピソードにより意匠化された豪徳寺の招き猫は、かなりキュートなお顔立ちで背も高くスリムです。
その名も招福猫児と書いて、”まねぎねこ”。
今年は、”豆” という根付風の招き猫を購入してみました。

お札の巻き紙には、招福観音、武蔵国世田谷豪徳寺とありました。
縁起もイイ感じがしますが、武蔵の国とは、なんだかかっこいい!

武蔵の国と相模の国の間にある、『武相荘』 とは、白州夫妻が終の棲家として暮らした家でした。


 6月の神事 『夏越大祓(なごしのおおはらえ)』は、ある方がでお茶会が行なわれた時になさったと赤坂の氷川神社でされたことを聞いて知っていましたが、
12月の年越大祓(としこしのおおはらえ)というのがあることは知りませんでした。

新暦では6月30日と12月31日に行われ、その年の上半期、下半期の穢れを祓い、心身を清浄にし、次の半年の無病息災を祈る神事だそうです。

奈良時代に朝廷が百官を集めて行なったのが起こりとされているそうです。

たまたま通りがかった、熊野神社で遭遇しました。

端午の節句の粽(茅巻(ちまき))もやはり厄払いですが、茅(ちがや)は香りもさることながら魔を払い、再生の神力が宿る葉と信じられていて、茅で作った輪をくぐり抜けて、無病息災を祈るということなのだそうです。

 
輪の中を左まわり、右まわり、左まわりと八の字に三回くぐり、穢れを祓います。
茅輪は、6月は青々していましたが、この時見たものは、茶色実を帯びたものでした。

 
耐震補強工事を行うため閉鎖していました成城五丁目猪股庭園が、開放を再開したので行ってきました。
ご近所に住む方には、「蚊に刺されれるわよ~」と言われていましたが、やはりやられました。


旧猪股邸は、(財)労務行政研究所の理事長を務めた故・猪股猛氏ご夫妻の邸宅として建てられたもので、貴重な文化財として残したいというご遺族の意向で世田谷区に寄贈され、無料で一般公開されています。

旧猪俣邸を設計したのは、文化勲章を受章した建築家、吉田五十八氏です。
近代数寄屋の作風を確立した方で、昨年、放火によって消失してしまった吉田茂邸も氏の作品だったそうです。現存する中で、有名なのは、五島美術館、三越シルバーハウスなど。
村上開新堂や歌舞伎座、成田山新勝寺も御作品だそうです。

硯の材料である石を敷石に使ったというひろ〜い玄関を上がると、常駐しているボランティアの方が内部の見どころをご案内してくださいました。
面倒がらずに初めての方は、ご案内をお願いすることをお奨めいたします。
これからご紹介する様々なことや、
吉田五十八さんが、太田胃酸の創業者の息子さんであるということなど、興味津々でうかがうことができました。


入って右側にあるリビングです。
一面の杉苔が植えられ、一部に水路を配し、その廻りに園路を巡らせた回遊式の日本庭園が、軒下から広がり、四季の移り変わりをみてとれ、東京であることを忘れる贅沢な時が流れます。

夏の時季は苔の保護のため寒冷紗で覆いをしていました。
今年の酷暑のダメージなのか?まっ茶色になっていました。
一面の杉苔は海を、岩は島を表すという枯山水のお庭です。

1畳半ほどの大きな漆塗りの台が造り付けられていますが、テーブルで生活をしていたために高くしたという床の間だそうです。
職人を招いてその場で何百回もの工程を経て塗られたもので、これを作る費用だけで家が一軒建つそうです。

リビングから左手がお茶室になります。
垣の上部の穂先が左右前後に開いて,茶の湯に使う茶筅の形になるのでこの名称があり、通常萩の枝を束ねて立子とするし茶筅垣(チャセンガキ)があります。
ここから、降りて、お庭もご案内していただけます。

 


奥様のお部屋です。
42年前に建てられたという邸宅ですが、各部屋に冷暖房が完備され、その姿は隠されています。
浴室以外は、すべてバリアフリーで、家具は造りつけです。
置かれている応接セットは、リビングで使われていたものだそうです。
カーブが美しく存在感のあるモダンな意匠です。

当時のお金で22億円かかったお宅だそうですが、ご案内する方々も、ひずみがなくスムーズに動く建具が素晴らしいと、おっしゃっていました。
一流のお宅造りには、職人さんも超一流だったのでしょう。
そしてまた、いいものは、古さをも感じさせないものなのだと、無垢の木の素晴らしさを実感しました。


着物を多くお召しになったということで、桐のタンスが二棹入っているウォークインクローゼットです。
今では、普通になってしまったことですが、ほんの20年前、これがあることが理想でした。
それが、42年前、このような形の西洋のいいところを日本建築だからといって排除するのではなく融合し取り入れる。
懐が大きく、引き出しがたくさんあった優秀な建築家であったのだなぁ〜と想像いたしました。

京都の高級旅館のような贅沢な床の間のある和室。
新築のような美しさです。
雪見障子から見る日本庭園、また格別のものであったのでしょう。


書斎から臨む日本庭園。
開け放した窓は、額縁のようです。


小間の茶室は遠いので、ということで、斎の裏手にプライベート茶室を増築されたそうです。
一畳台目の茶室です。


 今では温水、冷水は、当たり前ですが、浴室には手すりも配されて、浴槽も低めに作ってあります。
また、天井は水滴が落ちないように、三角になっています。

 
木造平屋建てで100坪以上ある場合、屋根は高くなるものなのだそうです。
それを、いかに屋根を低く見せるかが設計のポイントだったといいます。
そのために坪庭を2ヶ所に配し、小さい屋根を集めるという手法がとられたそうです。
そこかしこにある窓ですが、雨戸、網戸、窓、障子と狂いのない枠が全てにはめ込まれています。
石や草木のある坪庭は、目を楽しませてくれるだけでなく、いい風の通り道にもなり、単調な家の中に、深呼吸するような、素敵な効果をも醸し出しているという風に感じました。



奥が金庫室のお部屋は、吉田五十八氏ワールド。
主な作品たちのパネルや、氏の出生、経歴などを知ることができます。


玄関から直接廊下で結ばれたお茶室です。
”頚枩庵”
お能がお好きだった猪股氏のために、能舞台に向かう橋掛かりをイメージして造られた廊下だといいます。
お茶室にまでのこの廊下には障子が設えていますが、その障子のあちら側(外側)にガラスが施されていたことにはびっくりしました。


にじり口は、そこから見える山水の景色を意識して、倍の幅で作られています。

和風建築の土壁の仕上げのひとつのじゅらく壁は茶室に多く使われていますが、壁土に出てきた錆が景色になっています。


右の写真がにじり口から見える光琳垣、灯篭、そして枯山水の庭。


雨が落ちるように棕櫚が庇から配されています。
スゴい。日本の知恵。機能的な中に風情があります。

担当してくださった方以外の方が教えてくれた、楊枝柱。上部の四分の一を楊枝状に残して、下の方は壁に塗り込めた柱で、茶室などによく用いられるそうです。
客の目線を配慮した塗り立て柱。



以前はここに水が張られ、電気で循環していたといいます。

関守石のから向こうの飛び石。故佐藤栄作元首相から送られたものだそうです。

 このお庭で、一番古く太い桜の木。
他に赤松や梅、紅葉、茶花として使われていたであろう椿もなど、多くの樹木がありました。

年二回、野点茶会も行なわれるそうです。


玄関から、外を見ると…。
玄関を出て右は、茶室”頚枩庵”に続く廊下です。
壁のカーブ、塗り壁と木の茶色のコントラストも美しい…。

蚊には刺されましたし、暑い日で、汗ダクダクでしたが、たくさんの発見や美しいもの達との出会いの時間が持て、約一時間、お庭の美しさ、日本建築の差晴らしさに触れ、大変満足いたしました。

東京都世田谷区成城5-12-19

小田急線「成城学園前」駅下車 北口または西口徒歩7分


公園緑地課

電話03-5432-2295

スリッパがありませんので、夏場は、女性の方、裸足でなんてことにならないように、靴下かルームシューズを持参されると気が利いていますね。


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