茶道をたしなむ方にぜったいオススメの品です。
 
先日、【細川家の至宝】を観に国立博物館へ行った時に出会いました。

雑誌penが単行本になったシロモノです。
このところ、書店に立ち寄る時間がないものですから、全く知りませんでした。
シリーズで、何冊か出ているようです。
この他に興味をそそったのは、【千利休の功罪】 というタイトルのもの。

この本は、Penで大好評だった「茶の湯デザイン」の1+2を再編集、大幅増補した完全保存版だそうです。

商品の説明から抜粋しますと、
受け皿となる茶室空間から、しつらえの代表格である花、茶碗、茶器、茶杓といったさまざまな道具、
果ては懐石や菓子、当然、抹茶まで。
茶の湯という文化を構成する要素、その魅力のひとつひとつを広く、かつ狭く、デザインの観点から可能な限り解きほぐして味わいつくすこと、それが本書の目的である。
そうです。

確かに、かなり掘下げていますし、視点が淡交社的でないところがイイです。
歴史ある伝統文化ではありますが、新しいものの考え方、捉え方で、本は編集されています。

老若男女に触れていただきたい本です。
茶の湯の接し方が、いい意味で刺激され、変化するような気がします。

余談ですが、美術館へ行った時、必ず覗くのがミュージアムショップですが、この本に出会った国立博物館は専門書の数が凄かったです。

正倉院柄のあれこれ、尾形光琳の絵を意匠したクッキーボックスなどの雑貨も充実していました。
入場しないと立ち寄ることができない場所でもあるので、必ず寄ることをお奨めします。
ちなみに上野公園内の美術館で無料で入場できるミュージアムショップは、西洋美術館にあるそうです。


Amazonでは、この本の詳しい説明が、書かれています。


  長板のお点前
今年で三回目になります。
以前は、掟破りで小間でお稽古をしていました。
このお点前は、広間で行なうのが原則だといいます。

長板は、畳前縁から十六目向こうに据え、風炉を長板左方に置いて釜をかけ、右方に水指を置き合せます。
風炉釜と水指との間、向こうに柄杓・荘り火箸を仕組んだ杓立、その前に建水を荘付けます。
これを総荘(そうかざり)と呼び、先に述べたように小間の席では、使いません。

長板のお点前は、台子(だいす)のお点前が転化して作られたといいます。
次回は台子のお点前を教えていただくのですが、
村田珠光から竹野紹鷗、千利休に至って台子の茶の湯が完成したそうです。
色々な点茶の方法がその後考えられましたが、全て台子の式法がベースになっているのだそうです。
台子を元にして様々な棚物が作られたといいます。
長板も台子の地板を元にしてできたものということです。

お点前で変わったところは、
杓立の前の建水を両手で取り、左膝に置いた後に、杓立の荘火箸を、右手で抜いて持ち、建水の間を低く通って柄杓の扱いのように持ち替え、左手で長板の左端の畳に、火ばしのもとを3センチほど出して置くという点です。

これを仕舞いつけの時も同じように行ないますが、建水は持ち帰り、同じ場所には蓋置が置かれます。
水次で水指に水を入れ、水屋に戻り、お道具拝見が終わり、席入りする際、
きれいにした建水を持って正面に座ります。
そして、いったん膝前に置いた建水に蓋置を入れ、長板に荘ります。
下の写真のように、また最初の形に戻るわけです。

染付祥瑞の皆具 (かいぐ)をお借りしました。
皆具とは、茶の湯で、台子(だいす)や長板に飾る茶道具一式をいうそうです。
通常は、水指・杓立て・建水・蓋置きの四器が同一の作りのものをいいますが、最近では、風炉・釜も統一した意匠のものがあるそうです。


広間で長板のお点前、しっくりきますぅ〜。

HPで長板のお点前、アップしています。


茶の湯の掛物は、茶席のために書かれたものの他、そうでないものでも茶会の趣旨に適っていればかけることができるのだそうです。

大別すると書、画、書と画が一緒になった画賛の三種となるそうです。
書には、一行書、古筆(和歌巻の切(きれ)、色紙、懐紙、短冊、経切など)消息があるそうです。

これまで、こちらの茶室でお借りしていた掛物のほとんどは禅語の書でありました。
一行書です。
それについて、調べてみました。
たとえば4月。
3月はこちらです。

今回は、画賛という分類のものです。
山水画賛のようですが、どのような賛をしているのかわかりませんでした。
しかしながら、その掛物に描かれたバランスの美しさ、僅かですが、心に響きました。


5月、風炉に変わって、花入も籠を用意しました。
花を用意してくださっている先生はこの器をご覧になっていないので、今回は銅製をイメージされていたといいます。
花は、テンナンショウですが、さすがです。先生。
しっくりとした姿です。

アオテンナンショウでしょうか?
他はこちらから。



今回教えていただくお点前が、長板ということもあって、広間をお借りしました。
その茶室から望める新緑。
これもひとつの【しつらえ】 と、呼ぶのでしょうか?

 



釜と炉や風炉との間に透き間を作るために用いる拍子木形の木片を、「透木(すきぎ)」というのだそうです。

この「透木」を風炉の季節には、風炉の肩に置き、炉の時期には炉壇(炉縁を受けている石炉または土壁で塗り上げられた火炉の出っ張り)に置きます。そこへ釜の羽を当てるようにしてかけます。
そうすることで通風をよくすることができるのだそうです。

そしてこの時、用いる釜を透木釜といいます。

特色は高さが低めで、釜の羽が帽子のつば状に付いていることです。
よく、茶道具を見に美術館へ行くと出会っていたのですが、いったいいつ使うものなのか?
と思っていました。

今回、丁度、桜のこの時期に、
『桜川地紋透木釜』 を、お借りすることができました。

少し暖かくなっての炉の季節。
火を見せないための配慮でもあると聞きました。

お茶ごころ、お道具たちにもたくさん隠れているようです。

 
3月と同じ長板を教えていただきました。
本当なら、このお点前、広間でするお点前なのだそうですが、本日は小間。
やはり、少し窮屈な感じはしましたが、このお点前、なんだかとっても品格を感じるお点前です。

この日のお軸。
”松無古今色”(まつにここんのいろなし)

「松に古今の色無し、竹に上下の節有り」というのが、全句だそうです。

松は春夏秋冬、一年を通じ、季節の変化に関わらず、常に常に青々としてその色の変わることはなく緑の葉におおわれています。
周囲に惑わされることなく、変わらない心で生きたいものである。
竹には上下の節があります。
それぞれの立場をわきまえてこそ、秩序も保たれる。
私心を捨てて、互いに助け合っていきたいものである。

物事をみるには、変らないものと、変るものとの二つの視点が必要である。
そういったことを教えてくださる禅語のようです。


茶花は山吹。
富士宮からやってきましたが、東京でも花かいどうと並んで姿を目にするようになりました。
青銅耳付の花器に、黄の香合が鮮やかです。

 
14日の日曜日、お稽古をしました。
お点前は初めてする長板でした。

そしてこの日のお軸。
”白雲抱幽石 (はくうんゆうせきをいだく)”
深山幽谷の中、騒々しい世間を離れて一人超然とした脱俗の心境を詠った寒山の詩の一節だそうです。

寒山(かんざん)とは、人の名前で、唐の時代に天台山というところに拾得(じっとく)という禅僧と住んでいて詩や書を書いたそうです。
その人物たちが残した詩が、”寒山詩”と呼ばれているといいます。

幽石とは、幽寂(奥深くもの静かな)な石のことを表していて、「白雲抱幽石」で、白雲が幽寂な石を包み込んでいるだけという、侘びた住まいの様子を表しているそうです。

7月頃によくかけられるという方のブログを拝見したのですが、その頃にかけるものなのでしょうか?
表装が爽やかな水色で、初夏の空をイメージした印象を受けました。
また、この禅語がそのような印象を醸し出しているかもしれません。


茶花は雪柳とフリンジ咲き系のチューリップ
花器は鉄釉鳥文方形花瓶。

選んだ時、こんなに大きな花器だと思わなかったのですが、先生が素敵に生けてくださいました。

雪柳は葉が柳の葉に似て細長く、枝いっぱいに 白い花を雪が積もったように咲くところからその名がつけられたそうです。
花がたくさん散ったあとの地面は、雪が積もったように見えます。

別名は「小米花(こごめばな)」 と言うそうです。           
白い小花を雪ではなく、米に見立てたということですか…。

似た花にこの時季、小手鞠もありますが、子供の頃、群生したこの雪柳が春の訪れを告げるように咲いていた姿を鮮明に覚えています。

最近、チューリップもこんなフリンジやフリル、そして尖ったものなど、色も様々。
こんな和風の床の間に、合うんですね。
さすが!先生デス。


今年の干支は寅。
先生が私物の香合をご持参くださいました。
釜式も赤で、新年にふさわしいあでやかさです。
お点前は、濃茶・重茶碗
このコを中心に床は、下の写真のように荘られました。
軸は『無一物』。
禅の言葉で、「無尽蔵」 という言葉が続く、宋代随一の詩人であり、優れた禅者でもあった蘇東坡の言葉で、何ものにも執着しない境地に達することができると、大いなる世界が開けますという言葉なのだそうです。
茶花は、日本水仙、松、柳。
竹一重切花生に先生が素敵に生けてくださいました。
水仙は大好きなお花の一つですが、きれいな花の姿と芳香がまるで「仙人」のようなところから命名されたそうです。
学名の「ナルシサス」は美少年の名前で、泉に映った自分の姿に恋をして毎日見つめ続けたら いつのまにか1本の花になってしまったったというギリシャ神話の物語からきているそうです。
 ”ナルシスト”ですね。
黄色い、ティタティタも可憐ですが、白に黄色はとっても和な感じがします。

そして薄茶の床。
香合は、お福さんに変わり、花入れも床に置かれました。


趣が異なります。

 

今朝、昨日届いた炭を洗いました。
今、お稽古でお借りしているお茶室は、炭を含む消耗品は持参のためです。

私の茶道はまったくお遊びなので、ほとんど知識がありません。
最初、炭といわれても、どんな木のどんなものを用意したらいいのかわかりませんでした。
調べてみてもよくわかりません。
私の先生は桜を使われていたようですが、まぁ、火が熾せればいいかと、安価なものを探し、それを購入するにいたりました。

黒炭の最高級品は椚(くぬぎ)炭だそうです。
椚炭は火付きがよく、火力がある炭であるとも言われ、切り口が菊の花のように均一に割れ目があり、気品を備えて美しいため、茶道具の炭として使用されているということです。
確かにその切り口、美しい!


今回、三回目の購入でした。
初釜を来週予定していることもあって、少し多めにあった方がいいなとネットでまた探してみました。

送料がどうしてもかかってしまうこともあり、メリットの高さで選びました。
前回までは炭の太さがばらばらで、大きさもまちまちでしたが、今回は違いました。

今回、選んだのは、東京大田区で創業72年の増田屋さんのお品です。
「茶の湯炭」の伝統で培われてきた実績が製品づくりに生かされていて、備長炭をはじめ、様々なこだわりの炭を扱っているそうです。

さて、どうして洗うかというと、パチパチと火の粉が飛ばないためです。
パチパチと火の粉が爆ぜる音、なかなか風情のあるものですが、お茶の時にはよろしくないのです。

洗う作業、結構大変です。
先生の準備の水屋仕事、身に沁みて有り難く思います。

たらいに水を張り、全ての炭を入れ、一本一本、たわしで水を出しっぱなしにしながら洗います。
桶、たわし、手、全てが黒く染まります。
その後、梅干用のざるに広げて干します。

また、パチっ、パチっと音がします。
水分を含んで、木が反応しています。
新築の木の家の木材が縮む時に発する音とよく似ています。
自然のなせる音です。
こういう地道な仕事をすることによって出会える素敵な瞬間です。

写真の量、3kgです。
一回のお稽古で使う量は、消し炭があるかないかでだいぶこ異なりますが、4時間程度のお稽古ならば、7〜8本必要となりますか…。
10本あれば、確実だと思います。

購入した炭はこんな梱包でやってきました。 

炭を熾すには、コレを使います。

火の熾し方もこちらをご参考になさってください。


 

12月、二回目のお稽古です。
この日は初釜の自主練でした。
お借りしている茶室の棚のお点前と重茶碗のお点前が少しややこしいので、それでは、その初釜の時にお借りするお道具を使って同じ茶室で生徒だけでやりましょうということになりました。

先生不在でいささか不安でしたが、いつもの緊張感がほどけて緩んで、それはそれでの楽しいお稽古になりました。

お軸は7月に掛けたものと同じ 『無一物』。
その説明は7月のブログにあるので、ご覧ください。

茶花も私が用意し、活けました。
山茶花と躑躅の紅葉したものです。
花入は、竹一重切花生で、実はどう活けていいのかわかりませんでした。
仲間たちの「問題ない!」の心強い言葉をいただき、流儀などいっさいかまわずなので、なっとらん!のお叱りを受けるかもしれませんが、自主練のお稽古なので、お許しください。
6日と同じく感度の悪いカメラでの撮影なので、光量不足が幸いしています。

 香合はお福さんです。

 

お菓子は桃林堂さんの上生菓子 ”蕪” 。
中の餡がビーツを使っていて、なんとも鮮やか。
かぶの餡に赤かぶを使うなんてなんともニクイ演出です。

 

もう一つのお菓子は、同じく桃林堂さんの ”干支饅頭” 。
5個入りのお箱がまた可愛らしく、いつもながらのこちらの細やかな心配りを感じるお菓子作りに感動いたしました。
そして、そのお饅頭のユニークなこと。
タイガーマスクも、肉球もたまらなく可笑しいのですが、虎さんのおしり…。
ウフ…。私はこちらをいただきました。

この日のお稽古日記はこちらから。
お菓子のページはこちらです。
重茶碗のお点前もご参考ください。

 
我が家のお転婆犬"甘夏”が散歩の時にはしゃいで、ころばされて胸を強打。
その時に首から提げていたカメラは、大破!
そんなことがあって、今日の写真は、感度の悪い昔のカメラで撮影しました。
暗い写真でお見苦しくて申し訳ありません。

せっかく先生が活けてくださった紅葉の葉と紅い実の茶花も、シルエットになっています。
花入も備前、耳附の侘びた風情のある焼物で素敵だったのに、本当に残念です。

ですから、本日はさっくり、お軸のお話をいたします。

「松老雲閑」
この後、「曠然(こうねん)として自適す」と続くそうです。

「臨済録」の言葉で、臨済義玄が師の黄檗のもとで過ごした日々を回想する言葉なのだそうですが、後に、禅僧の理想の境地を表す言葉になったそうです。

曠然(こうねん)とは、広やかという意味です。

松老いて、雲閑か(しずか)といった情景が、なんとなく頭に描かれるのですが、歳を重ねていく末にある心がそんな風にありたいと願う気持ちを教えてくださるお言葉なのでしょうか?

茶心もまだまだ生育中の私には、遠いとおい、理想です。



お菓子は、京都 ”笹屋伊織” さんの 『冬至』 でした。
京都らしい意匠の上生菓子は、優しい味わいのものでした。
ホームページからもご覧ください。



お稽古日記はこちらから。
この日のお点前は、重茶碗をいたしました。
お点前のページはこちらから。


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