今年の干支は寅。
先生が私物の香合をご持参くださいました。
釜式も赤で、新年にふさわしいあでやかさです。
お点前は、濃茶・重茶碗
このコを中心に床は、下の写真のように荘られました。
軸は『無一物』。
禅の言葉で、「無尽蔵」 という言葉が続く、宋代随一の詩人であり、優れた禅者でもあった蘇東坡の言葉で、何ものにも執着しない境地に達することができると、大いなる世界が開けますという言葉なのだそうです。
茶花は、日本水仙、松、柳。
竹一重切花生に先生が素敵に生けてくださいました。
水仙は大好きなお花の一つですが、きれいな花の姿と芳香がまるで「仙人」のようなところから命名されたそうです。
学名の「ナルシサス」は美少年の名前で、泉に映った自分の姿に恋をして毎日見つめ続けたら いつのまにか1本の花になってしまったったというギリシャ神話の物語からきているそうです。
 ”ナルシスト”ですね。
黄色い、ティタティタも可憐ですが、白に黄色はとっても和な感じがします。

そして薄茶の床。
香合は、お福さんに変わり、花入れも床に置かれました。


趣が異なります。

 

今朝、昨日届いた炭を洗いました。
今、お稽古でお借りしているお茶室は、炭を含む消耗品は持参のためです。

私の茶道はまったくお遊びなので、ほとんど知識がありません。
最初、炭といわれても、どんな木のどんなものを用意したらいいのかわかりませんでした。
調べてみてもよくわかりません。
私の先生は桜を使われていたようですが、まぁ、火が熾せればいいかと、安価なものを探し、それを購入するにいたりました。

黒炭の最高級品は椚(くぬぎ)炭だそうです。
椚炭は火付きがよく、火力がある炭であるとも言われ、切り口が菊の花のように均一に割れ目があり、気品を備えて美しいため、茶道具の炭として使用されているということです。
確かにその切り口、美しい!


今回、三回目の購入でした。
初釜を来週予定していることもあって、少し多めにあった方がいいなとネットでまた探してみました。

送料がどうしてもかかってしまうこともあり、メリットの高さで選びました。
前回までは炭の太さがばらばらで、大きさもまちまちでしたが、今回は違いました。

今回、選んだのは、東京大田区で創業72年の増田屋さんのお品です。
「茶の湯炭」の伝統で培われてきた実績が製品づくりに生かされていて、備長炭をはじめ、様々なこだわりの炭を扱っているそうです。

さて、どうして洗うかというと、パチパチと火の粉が飛ばないためです。
パチパチと火の粉が爆ぜる音、なかなか風情のあるものですが、お茶の時にはよろしくないのです。

洗う作業、結構大変です。
先生の準備の水屋仕事、身に沁みて有り難く思います。

たらいに水を張り、全ての炭を入れ、一本一本、たわしで水を出しっぱなしにしながら洗います。
桶、たわし、手、全てが黒く染まります。
その後、梅干用のざるに広げて干します。

また、パチっ、パチっと音がします。
水分を含んで、木が反応しています。
新築の木の家の木材が縮む時に発する音とよく似ています。
自然のなせる音です。
こういう地道な仕事をすることによって出会える素敵な瞬間です。

写真の量、3kgです。
一回のお稽古で使う量は、消し炭があるかないかでだいぶこ異なりますが、4時間程度のお稽古ならば、7〜8本必要となりますか…。
10本あれば、確実だと思います。

購入した炭はこんな梱包でやってきました。 

炭を熾すには、コレを使います。

火の熾し方もこちらをご参考になさってください。


 

12月、二回目のお稽古です。
この日は初釜の自主練でした。
お借りしている茶室の棚のお点前と重茶碗のお点前が少しややこしいので、それでは、その初釜の時にお借りするお道具を使って同じ茶室で生徒だけでやりましょうということになりました。

先生不在でいささか不安でしたが、いつもの緊張感がほどけて緩んで、それはそれでの楽しいお稽古になりました。

お軸は7月に掛けたものと同じ 『無一物』。
その説明は7月のブログにあるので、ご覧ください。

茶花も私が用意し、活けました。
山茶花と躑躅の紅葉したものです。
花入は、竹一重切花生で、実はどう活けていいのかわかりませんでした。
仲間たちの「問題ない!」の心強い言葉をいただき、流儀などいっさいかまわずなので、なっとらん!のお叱りを受けるかもしれませんが、自主練のお稽古なので、お許しください。
6日と同じく感度の悪いカメラでの撮影なので、光量不足が幸いしています。

 香合はお福さんです。

 

お菓子は桃林堂さんの上生菓子 ”蕪” 。
中の餡がビーツを使っていて、なんとも鮮やか。
かぶの餡に赤かぶを使うなんてなんともニクイ演出です。

 

もう一つのお菓子は、同じく桃林堂さんの ”干支饅頭” 。
5個入りのお箱がまた可愛らしく、いつもながらのこちらの細やかな心配りを感じるお菓子作りに感動いたしました。
そして、そのお饅頭のユニークなこと。
タイガーマスクも、肉球もたまらなく可笑しいのですが、虎さんのおしり…。
ウフ…。私はこちらをいただきました。

この日のお稽古日記はこちらから。
お菓子のページはこちらです。
重茶碗のお点前もご参考ください。

 
我が家のお転婆犬"甘夏”が散歩の時にはしゃいで、ころばされて胸を強打。
その時に首から提げていたカメラは、大破!
そんなことがあって、今日の写真は、感度の悪い昔のカメラで撮影しました。
暗い写真でお見苦しくて申し訳ありません。

せっかく先生が活けてくださった紅葉の葉と紅い実の茶花も、シルエットになっています。
花入も備前、耳附の侘びた風情のある焼物で素敵だったのに、本当に残念です。

ですから、本日はさっくり、お軸のお話をいたします。

「松老雲閑」
この後、「曠然(こうねん)として自適す」と続くそうです。

「臨済録」の言葉で、臨済義玄が師の黄檗のもとで過ごした日々を回想する言葉なのだそうですが、後に、禅僧の理想の境地を表す言葉になったそうです。

曠然(こうねん)とは、広やかという意味です。

松老いて、雲閑か(しずか)といった情景が、なんとなく頭に描かれるのですが、歳を重ねていく末にある心がそんな風にありたいと願う気持ちを教えてくださるお言葉なのでしょうか?

茶心もまだまだ生育中の私には、遠いとおい、理想です。



お菓子は、京都 ”笹屋伊織” さんの 『冬至』 でした。
京都らしい意匠の上生菓子は、優しい味わいのものでした。
ホームページからもご覧ください。



お稽古日記はこちらから。
この日のお点前は、重茶碗をいたしました。
お点前のページはこちらから。

 

11月のお稽古。
茶室は炉に変わりました。

茶室の炉は、囲炉裏の略語で、村田珠光に始まり、紹鴎、利休と発達したそうですが、一年のうち11月から4月まで使用します。
薄ら寒くなったこの季節になりますと、この炉の火が、とても有り難い温かさを感じさせてくれ気持ちが和らぎます。
また、紅葉深まる時季に風情をいっそう高める想いがします。

開炉の11月。
お道具では、『新瓢のふくべ(瓢箪)』、『織部』、『伊部(備前)』 の3点を取り入れるということなので、香合は織部にしてみました。
また、この日は、重茶碗のお点前の時の替茶碗にも織部を使いました。



茶花は、紅葉したブルーベリーの葉と、スプレー菊です。
花入れは心斎作の『千巻掛花入』というお品です。
詳しくはわかりませんが、折りあがった織物を巻き取るための木製の棒の形体を言っているのではないかと思います。
置きの印象とまた異なった雰囲気で、床に当たった灯りに、色づいた葉と季節の菊が、とても素敵でした。



お軸は
「万歳千秋楽」
「朗詠(ろうえい)」という、漢詩に旋律をつけた日本の歌曲の一形式の中にある 「嘉辰令月歓無極 万歳千秋楽未央(かしんれいげつかんむきょく ばんぜいせんしゅうらくびおう)」の一節のようです。

意味は

「良き時節にあって、よろこびはきわまりなく、千年万年を祝ってもその楽しみは尽きることがない」という祝言の句ということで、用いるならば、おめでたい新年にということになるのでしょうか?
お道具のほとんどはこのお軸を含めて、茶室をお借りしているところで選んでいるので、秋という文字に惹かれてこの日にお願いしていました。

茶人にとっては、「茶人の正月」とも言われる、開炉の月。
なので、シャレになりますか…。(*^_^*)



今日のお軸は、『明歴々』。
禅語でこの後には『露堂々(ろどうどう)』と続くのだそうです。

明歴々露堂々 (めいれきれきろどうどう)
とは、すべての存在が明らかに、すべての物事がはっきり現われ出ているさまで、そのままの姿のすべてが真理の現われであり、仏の表れであるという意味だそうです。

お稽古で、お点前ばかりが気になって、一番大事なお客様のことを考える余裕がない私に、禅の言葉は、知るたびに身がきゅっと引き締まります。

与えられた立場や環境の中で無理をせず、格好などつけずに、自分らしく、焦らず、気取らず、ごまかさず、誠実に生きることが人として大切なのだと問われているような気がします。

毎回、禅語に触れることは、床の宇宙を知るだけでなく、考える、振り返るということを教えてくれているような気さえします。



中秋の名月の今日、先生がお持ちくださった茶花。
薄(ススキ)秋明菊(シュウメイギク)関東嫁菜 (かんとうよめな)です。
お軸の表装の薄紫に良く合った色合いで、香合の染付も全体の雰囲気を明るく優しい感じの印象になりました。
香合は隅田川という銘がついているものなので、お能の「隅田川」であれば季節は春でしょうし、花火をイメージするならば夏になりますでしょうか?少し季節が外れたものなのかもしれません。



2007年は9月25日。2008年は9月14日。
2009年の中秋の名月(十五夜)は、今日10月3日土曜日です。
十五夜と十三夜に行われるお月見ですが、この十五夜は、旧暦でいう8月15日を指し、秋の真ん中なので「中秋の名月」と呼ばれるそうです。

旧暦は太陰暦の一種ですから日付はそのときの月齢に対応します。
「十五夜の月」 = 「満月」ですが、今年、満月になるのはどうやらは明日のようです。

お月見とは、旧暦の8月15日と9月13日に月を鑑賞することで、8月15日の夜を「十五夜」、9月13日の夜を「十三夜」と呼び、十三夜は平安時代に貴族達が集まって、月を見て詩歌を詠んだのが始まりだそうです。
江戸時代の遊里では、十五夜と十三夜の両方を祝い、どちらか片方の月見しかしない客は「片月見」または「片見月」と言って遊女らに嫌われたといいます。
風流なお話ですね。

日本では、古くから月を愛でるという習慣があったそうですが、女性はあまり月の話をしないほうがいいという話を聞いたことがあります。
しかし、月をうさぎさんがお餅をつく姿と形容したことは日本独特の雅感を感じたりします。

どこかの外国ではあの様子を蟹と称するところもあるといいます。
けれど、ベートーベンの「月光」ほどの名曲はありませんし、ドビュッシーの「月の光」も素晴らしい!
月を愛でる心はいにしえから万国共通で、変わらないものなのかもしれません。





8月は夏休み。2ヶ月ぶりのお稽古です。

今日のお軸は、『不識』。しらず。と読みます。
「知識」の対極にある言葉だそうです。
『不識』と、茶道辞典で調べてみると、達磨のことを指すとあります。

このエピソードから、そういわれるようになったのかと想像しています。

禅宗の開祖である達磨大師と、仏教に帰依し自らを「仏心天子」と称する自信たっぷりの武帝が、天下の高僧・禅宗のトップ「達磨大師」に
「仏法の根本心理は?」と、煉りに煉った問答をぶつけます。
それに対して達磨大師は、
「そんなものは広々としていて、何も見当たらない」
と、答えます。
武帝はさらにこう聞きます。
「朕の前にいるあなたは一体誰なんだ」
「不識。しらず」

「達磨大師」は世に知られた禅宗のトップだなどという意識が全くありませんでした。
物事に縛られるということが全く無かった。

徹底した無心の境地が「不識(しらず)」。
軸に書かれた言葉には、このような無心を諭すものが多いようです。
いつもはただ拝見するだけで、言葉の持つ意味を知らずに帰ってきてしまいます。
知ることで、茶道に対する思いに身が引き締まります。
深いなぁ〜、茶の湯は…。

茶花。

本日は、富士山の麓から、先生が持参してくださいました。
吾亦紅(ワレモコウ)、男郎花(オトコエシ)、秋明菊(シュウメイギク)です。

吾亦紅(ワレモコウ)、の漢字表記にはこの他に我吾紅、吾木香、我毛紅などがあるそうです。
このようになったのは諸説があるらしいのですが、一説によると、「われもこうありたい」とはかない思いをこめて名づけられたといいます。

また、命名するときに、赤黒いこの花は何色だろうかとの選者の議論の時、それぞれに茶色、こげ茶、紫などと言ったといいます。
この時、どこからか「いや、私は断じて紅ですよ」と言うのが聞こえたそうです。
選者は「花が自分で言っているのだから間違いない、われも紅とする」で「我亦紅」となったという説もあるそうです。

秋の高原で咲く和歌や俳句でも有名な季語にも使われる、十五夜にもかかせないお花です。

男郎花(オトコエシ)は、女郎花(オミナエシ)と対比させてつけられた名前で,オミナエシに比べて強壮な感じがするからその名がつけられたといいます。
山野によく見られる多年草で、実に翼状の丸い小苞が付いています。
別名 「敗醤(はいしょう)」。
生けておくと、醤油の腐ったような匂いがしてくることから付いたそうですが、女郎花同様、あまりいい匂いはしないようです。

香合は瓦文香合です。

城の瓦紋は、本来、城主として君臨する家を示す家紋を軒瓦や鬼瓦に刻印したものを使用しているそうです。
しかし江戸期になると少し変化があったようです。
明治以降は、三つ巴の紋が一般的なイメージがあるように三つ巴の紋を使用する家も数多いので世間的に広がり、一般住宅の瓦にデザインとして使われたようです。

こういったことからの意匠なのかは想像でしかないのですが、日本では、巴の形に神秘性を見いだし、神紋として尊重されたということもあるのかもしれません。

鋳器に見えますが、陶器です。
紋を文とするのも、陶磁器の銘だからということでしょうか?



夏の装いで、お茶のお稽古です。
今回お借りした茶室はエアコンが入っているので助かります。
夏は着物姿ですと移動は勿論のこと、火のそばにいるお点前中、とても辛いんです…。
冷や汗も混じりながらなので、余計に暑く感じます。

今回のお点前は前回の復習で『茶碗荘』をいたしました。

床のお軸は、『無一物』。
先生にお聞きしたところ、禅の言葉で、「無尽蔵」 という言葉が続くんだそうです。

「無一物中無尽蔵」(むいちもつちゅうむじんぞう)。
宋代随一の詩人であり、優れた禅者でもあった蘇東坡の言葉だそうです。

「無一物」 とは何も存在しないということですが、何ものにも執着しない境地に達することができると、大いなる世界が開けますという言葉なのだそうです。

「無尽蔵」の偉大な活力とは、すべてをつつみこむ天然自然。
これは千利休が見出した佗の世界で、「無一物」の境涯であるということで、「無一物」は、教示する直心の行為であるといえるのだそうです。

執着の心を捨て去れば、心身が軽くなり、そういう心で全てのものに接すれば、様々なものの本質が見えてくるよということなのでしょうか?

さて、本日の茶花は、黄色の花が 【金糸梅(きんしばい)】。
紫の穂状のものが、 【メドーセージ】、紫と白の【番茉莉(ばんまつり)】
白い蔓状の花は、【蔓花茄子(つるはななす)】 です。



本日のお花は私が用意して、先生に活けていただきましたが、少し丈が短かったようです。
丈の長いものがあったほうが、見た目のバランスと変化があってよろしいということのようです。
お点前もまだまだですが、茶花やお菓子を用意することも、経験不足とセンスのなさで、毎回、先生に助けていただいています。
先生にお願いすると、バラバラだった花たちが一つにまとまる。
さすがです。

香合は、黄交趾香合、竜の絵が浮き彫りになっていました。
黄交趾(きこうち)とは黄色の低火度の釉薬で焼かれた焼き物のことで、もともと交趾(こうち)とはベトナムの古名で、実際には中国南部で焼かれたものをさしていたそうです。



【吉野間道】という、裂地をご存知でしょうか。
最近読んだ茶道にまつわる本で、その名を知り興味を持ったのですが、それには、また面白いエピソードがあったので惹かれてしまいました。

『間道』 と呼ばれる裂地は、縞織物、格子織物を呼んでいるそうです。
茶人に好まれた裂の一つの吉野織による 【吉野間道(よしのかんとう)】 と呼ばれる文様は、他のものと少し変わっています。
地を平織りにして、真田紐状の組織を格子風に織り込んだものなのです。

江戸初期の京都の蒙商、灰屋紹益の夫人吉野が「うちかけ」に愛用したと伝えられているのですが、その吉野夫人というのが、寛永三名妓のうちの一人、京、島原で名をはせた、吉野太夫のことだと言うのです。

14歳で太夫になり、和歌、連歌、俳諧に優れていて、琴、琵琶、笙が巧みであり、さらに書道、茶道、香道、華道、貝覆い、囲碁、双六までも極めたといいます。
それだけではなく、圧倒的な存在感を放つ美貌を兼ね備えていたそうです。

韓国にも才色兼備で、その昔、名を知れ渡らせた ”ファン・ジニ” という妓生(キーセン:芸妓)がいて、その方のドラマと映画を観ましたが、その美貌や才能の豊かさに大いに興味がそそられました。
日本にも同じような方がいらしたんですね。

けれど、色恋ご法度の茶道の世界でその名を聞くということは、意外でした。
それを超越した存在だったということなのでしょう。

馴染み客の中には後陽成天皇の皇子で近衛信尹の養子である関白近衛信尋豪商で、当時の文化人の一人である灰屋紹益がいたそうです。
その紹益に身請けされ、結婚したそうですが、身分違いの恋から考えられないことだと思いましたが、これには、恋物語がありました。

吉野太夫に魅せられた、灰屋紹益は、吉野と一緒に暮らすようになりましたが、紹益の父は、息子を勘当してしまったそうです。
ところが、ある日、この父親が、外出先で俄雨に合い、とある陋屋(ろうおく)の軒先に佇んでいると、美しい女性が、「お茶でも一つ差し上げましょう」と、声をかけてきたといいます。
そこで、言われるままに、上がってみると、侘び住まいながら、きちんとしており、何とも、心のこもったもてなし振りに、大いに感心させられた。
そこで、息子の親友でもある、本阿弥光悦に「いったい彼女は、どう言う人か」と、尋ねたところ、「彼女こそ、かっての吉野太夫だ!」と、言われ、息子の勘当を許し、息子、紹益の妻にしたと言うのです。

それほどまでのオーラがあったのだということなのでしょうね。

名物裂として、茶入の仕覆、古帛紗に珍重されている 【吉野間道】 ですが、この吉野太夫さんが残したものには、高台寺境内にある吉野太夫の茶室であるといわれている大円窓を 『吉野窓』 。
その 『吉野窓』 を、意匠されたという圓能斎好みの 『吉野棚』 もあります。

茶道とは、関わりが深いのか、「月は西 きみはひかしへ 明のあさ」 の自画賛はお軸として茶がけとして用いられたといいます。

朱門を寄進したといわれる京都市北区にある常照寺では、彼女を偲んで、『吉野太夫花供養』 が行なわれているそうです。
四月第3日曜日が定例だそうですが、吉野太夫のご供養と言うことで、寺内では墓前と仏前のお祀りや法話などの他、お茶席が設けられて点心など供せられ、島原の太夫さんのお練り行列が披露されるということです。

機会があったら、参加したいものです。



7日のお稽古、茶入荘と茶碗荘を習いました。

どちらも、濃茶のお点前で、茶事、茶会を催す場合に、茶入や茶碗が由緒ある品であったり、当日の連客中からいただいたものを用いた場合などに行なうお点前だそうです。
初座の床にあらかじめ荘ってあるので、客は掛物を拝見する際、茶入荘や茶碗荘であることを知り、拝見は手に取らず外見を見てとどめるのだそうです。

お点前中は、どちらも丁寧に扱うという所作が加わり、がさつな私はついついそれを忘れるのでした。(^_^.)

茶入荘の点前
茶碗荘の点前



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