5月以来の八ヶ岳。
7時半に家を出、途中何回か休憩を取りながら、10時過ぎに自然文化園に到着しました。

まるやち湖から農大芝生広場までお散歩するつもりでしたが、八ヶ岳の暑さも東京とあまり変わらず半端ないのでありました。
これは命にかかわる暑さと判断し、自然文化園内の木陰を1周してひきあげました。

まぁ、久しぶりの山散歩を楽しそうにしていましたので、良しとしましょう。

東京での木陰の涼しさとはちょっと違いますしね。

甘夏と写真に収まっているラブちゃんは、北杜市にキャンプをしていてここにやって来ていて、後ろのワイマナラーはちょっと犬見知りで、パパさんとお話し中。
大阪も暑いらしいです。


上級者の先輩達が参加されている会で、先月、立礼のお点前が披露されたことを聞き、お稽古でもさせていただけますか?と、お願いしていました。
それが、今日、夏休み前に叶いました。

お軸は、夏雲多奇峰(かうんきほうあおし)

夏雲は高くそびえたち、まるで奇峰が立ち並んでいる様子だと、いうことですが、夏の雄大な入道雲を想像しました。

また、筆の勢いがあって清々しく、滝のような画のようだと感じました。

茶花は最初、木槿と山ごぼうに

貝(ほたて)の香合だったと思います。

床に壮られたのは生徒さんが持ってこられた夾竹桃(キョウチクトウ)が壮られていました。
暑い時に咲く強い花のイメージですが、葉の形が竹に似ていて、花は桃に似ていることから名前が付けられたそうですね。

立礼、濃茶点前


思いは叶うものですね。
このレモンケーキ。
包みがノスタルジックで魅力的でしょ。

"婦人画報のおかいもの"通販でピックアップされていた商品で、近くだからいつか行って入手したいと思っていました。

すると、そんなこと、言ったこともないのに、池尻大橋に住む友人が暑気払いにプレゼントしてくれました。

中身はとってもシンプルなレモンケーキでしたが、瀬戸内海に浮かぶ自然豊かな岩城島で太陽をいっぱい浴びて育った芳醇な香りの除草剤・化学農薬・防腐剤を一切使用してない『しまなみレモン』の果汁たっぷり使用したレモンチョコレートでしっとりふわふわ生地をコーティングしてあります。

とてもさっぱりしているので、夏にぴったりのお菓子でした。
これは、おつかいものにもいいですね。
お洒落ですし、気が利いています。


以前お茶を教えていただいていた先生の恒例の山百合茶会、今年は海の日に伺いました。
去年は肋骨骨折で参加できませんでしたが、東京代沢から富士山の麓へ隠居なさっての翌年から呼んでいただいています。
もう、8年くらいになるでしょうか?

お庭で咲くこの山百合を愛でながら、野点でお茶をいただきますが、今年は百合の咲きが悪かったようです。
鹿が美味しいユリ根を食べてしまうことも理由のひとつですが、主曰く、百合の世代交代が行われているのかもと…。

盆地の山梨でも、この辺りは避暑地のはずですが、東京と同様、暑さは半端ではありませんでした。

お菓子のソーダ色の葛饅頭や氷の入った冷たいお抹茶は目だけでなく涼を感じ、とても豊かな時間なのでした。

自由さとセンスが良いのが先生の真骨頂ですが、今年のお点前はガラスのお盆、すいかのお茶碗を取り合わせ。
お点前は盆点のアレンジだったそうです。

ここ何年か水点用の小山園の"泡楽"を使っていらっしゃいましたが、今日は一保堂の"幾代の昔"を使われたそうです。氷が入っても存在感があり、とても美味しくいただきました。

行きはバスタから高速バスで、帰りは富士山から電車に乗ります。
以外にも三連休の最終日の中央高速下りは渋滞の心配はまったくありませんでしたが、
帰りはやはり電車が良いだろうという判断でした。

富士山までの列車、週末だけ運行の新宿から乗り換えなしの富士山号は本数も増えましたし、この富士急もなかなか洒落たカラーリングです。
この駅はレトロな雰囲気ですが、毎年来る度に工夫があるように思います。
それだけ、乗降数も増えているのでしょうね。

百合の茶会 2013


異常な暑さですね。犬たちも大好きな野川公園に来れたけど『暑さ半端ない!』って感じでした。

今日は熱中症になりそうなので、かなりのショートコースで木陰を選んで散歩しました。
私達も汗だくになりました。


柴又みやげの草だんご。
よもぎの緑がきれいで、ふわっとした口あたりがとっても美味しかったです。

「高木屋」は、明治元年創業の老舗団子屋。「男はつらいよ」の中で、寅さんの生家としてモデルになったお店です。

もうひとつ、並びにある人気店が「とらや」さん。こちらのおだんごもふわふわで美味しいそうです。

よもぎの味を久しぶりに感じました。


うんと前、茶室を本気で探したことがありました。
何を思ったか?抹茶をいただける場所は都内にどんなところにあってどんな様子なのか?
その時から紹介されていたのが今日の目的地【山本亭】でした。

近頃、日本への外国からのお客様が増加しているためか?外国人に人気の場所やものを取り上げた番組が多いですが、何日か前にここ山本亭のお庭がランキングされていました。

270坪の典型的な書院庭園は、米国の日本庭園専門誌「Sukiya Living〜ランキング調査(2016年)で、第3位に評価され、全国900カ所以上の旧所名跡、旅館、旧別荘が対象となっているこの調査において、順位が公表された2003年以降、山本亭は常に7位以内にランクインしているそうです。

お茶室がお借りできるので、受付であれこれお聞きして、亭内にいざ入室。
和室では、提供している甘味を召し上がっている方がたくさんいらっしゃいました。
残念、お茶室は撮影が入っていて見学はできませんでした。

地元の名士山本氏より葛飾区が買い取り運営しているということなので、とても庶民的な亭内だという印象ですが、

洋室、

玄関などは、和洋折衷の建築が特徴の建造物であることがうかがえます。

外国人を魅了するという庭園。季節折々表情を変えるのでしょうね。
お屋敷を出て、書院作りの和室からではない裏側のお庭を拝見することができます。

蓮池などあり、よく手入れもされています。

こちらが、長屋門。両側に袖部屋があり、ステンドグラスが施されるなど、やはり和洋折衷が見られました。

最後に外からちょっぴりお茶室を拝見!

待合。

にじり口。

山本亭


今日は出だしが遅くなり、治療に行ける時間が過ぎてしまったので、また思いつきで東京散歩をすることにしました。
体温越えの暑さを観測するかもと言われていましたが、気持ちのある時に出掛けるが吉!いつもそう思ってたくさんの発見があります。
用事を終えた時間は12時半、15時頃には現地を出る目標を立てて、柴又に向かいました。
時間はかかりましたが、経堂からは金町まで、乗り換えなしで行くことができること、はじめて知りました。

京成に乗り換えて1つ目、柴又に到着です。
前に一度来ているらしいのですが、まったく記憶がありません。

やっぱりこの街と言えば「寅さん」ですよね。
左足をさするとご利益があるということです。

見知らぬ街は不安なものですが、さすがに名の知られた場所なので、すぐに参道でした。

うなぎ屋さんが軒を連ねます。

門前町のこの風情は魅力的ですね。

「寅さん」が産湯に使った帝釈天、駅からわずかな時間で到着です。

境内、とても立派でした。

鐘楼も見事です。

今日の目的地は別のところにあったので、下調べもせずでしたが、靴を脱いで参拝しますと、彫刻ギャラリーと庭園が拝観できることがわかりました。

本殿右、この奥が庭園。
まずは、拝観料をお支払いするのがギャラリー側だったので拝見することに。

いやー、スルーしなくて良かったですー。
帝釈堂内殿の外部が東・北・西の全面が装飾彫刻で覆われていて、それを平成3年にガラスの囲いをつけて、保存、公開をしているそうですが、素晴らしかったです。

この作品は、最初に羽目板の彫刻をした加藤寅之助の作品。

法華経に説かれる代表的な説話10話を選び視覚化したものだそうですが、とても1枚の板を彫って作ったとは思えないような立体感で、驚きましたー。

このような彫刻が10、あるわけです。

うまい具合に保存されたなぁーと、へんな感心もしてしまいました。

そして今度は邃渓園を拝見します。

まずはこのような廊下、右手に部屋、

左手が庭園です。

よく手入れされ、美しいので、ど感動でした。

大客殿前に広がる池泉式庭園ということですが、

屋根付きの廊下から見ることができるスタイルです。

庭園への立ち入りは禁止されているそうですが、雨の時はまた美しいのだと想像します。

昭和4年(1929年)、大客殿の竣工に合わせ作庭を始め、少しずつ手を加えながら、昭和40年(1965年)にほぼ現在の形になったといいます。
東京都内に所在する寺院の多くは関東大震災や第二次世界大戦により被災して移転し、付属する寺院庭園においても、その際に改変されたものが多いのですが、そうした中で邃渓園は、戦前から作庭を開始し大規模改変のない庭園として、芸術的・学術的価値があり、貴重であると高い評価を受けているそうです。
2016年3月11日に「東京都指定名勝庭園」に指定されています。

作庭は向島の高名な造園師である永井楽山翁。

佇まいに惹かれて、手を浄めさせていただきました。『御神水』これが、寅さんの産湯?ということでしょうか?


ここ、どこだ?

山本亭へ行った時、入り口付近に左へ行くと『矢切の渡し』とご案内がありました。
山本亭の裏手は土手でした。
なんだか想像していない光景でした。
絶対またはないから、行ってみることにしました。

花火の準備もされていた江戸川の土手です。
歌にもなってヒットしたので、もっと演歌な感じと思い込んでいました。

今はこんな様子。茶色いところ、ヘリポートでしょうか?

江戸時代初期から続く、柴又と対岸の千葉県を結ぶ渡し船。都内に唯一残る貴重な渡し場。
片道200円だそうです。


またまた先生におねだりをいたしました。
夏限定、今日は初めての釣瓶水指の扱い、そして、洗い茶巾のお稽古をお願いしました。

茶花は、この季節、元気に育った雑草に混じって凛と白い花をつけて、暑さをひととき忘れさせてくれる花茗荷、金水引、ねこじゃらし。
葉の大きなものは、こんなふうに生けるといいのですね。

これが釣瓶(つるべ)水指。
(楽天 川上商店)

井戸の水を汲み上げる釣瓶の形をした水指です。
釣瓶水指は、武野紹鴎が井戸から汲み上げた水をそのまま水屋に置くために木地で好んだのが起こりとされ、それを利休が座敷へと持ち出したといいます。

木地釣瓶水指は、夏季に井戸から汲み上げた姿として、水に濡らした木地のまま使う習いとなっており、古くは一会限りで使うたびに新調したといいます。

<釣瓶水指の使い方>
蓋を開ける時、まず釜付きの方の蓋の向こうを、右手で少し前に押し出し、 両手で少し出た前方を取り、前に引き出すようにして開け、両手で右方客付のほう の蓋の上に重ねて置きます。
蓋を閉めるときは、開ける時と逆になり、水指を引かずに、柄杓を荘る場合は、 湯がえしせずに、柄杓の合をふせて手の向こうにかけ、蓋置とともに入りの字に 荘ります。

<洗い茶巾>
浅い平茶碗に、水を七分目ほど入れて、茶巾の端と端との対角線を取って、 二つに折り、その端を茶碗の右方に少し出し、その上に茶せんを仕組み、茶杓 を普通にのせて置きます。
茶碗に水が入れてあるので、運び点前でも棗、茶碗と同時に運び出すことはし ません。
茶碗だけを始めに運び、両手扱いで、仮置きします。
棗は右手の掌にのせて、建水と一緒に運びます。
水が入っている間は、茶碗を両手扱いです。
棗、茶杓を清めてから、柄杓をかまえ、帛紗で釜の蓋を取り、帛紗を建水の下座に置き、柄杓を釜にあずけます。
両手で茶碗を膝前に置き、茶巾を上にゆっくりと引き上げます。
茶巾を半分に折り、ひとしぼりして建水の上でしっかりとしぼります。
広げて茶巾をたたみ、釜の蓋の上に置きます。
茶碗を両手で持って、左手で持ち直して、建水に捨てます。 この時、水音が涼しさを感じるように、少し高い位置から2回に分けて捨てます。
水を捨ててからは、普通の平点前の要領です。


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