新宿中村屋ビル、10月29日、新装オープンしましたね。
そのリニューアルに伴いできた3階にある美術館へ行って来ました。

中村屋ゆかりの作品の展示等を行う美術館。
明治末から昭和初期にかけて、新宿中村屋には多くの芸術家が集ったそうです。
その様子は後に「中村屋サロン」と称され、日本近代美術史にその名を刻んだのだといいます。
当時、日本の芸術家はこうしたパトロンによって支えられていたのですね。

中村屋のメセナ活動のはじまりと言えるようですが、小規模の施設は、作品とじっくりと向き合うことのできる空間でもありました。
開館記念の特別展では、サロンに集った中村つねや萩原守衛(碌山)の作品が魅力的です。

中村つねの作品のモデルになった長女の俊子のアバンギャルドなエピソードも惹かれるものがありました。
その当時、たびたびモデルになった俊子はヌードになることもいとわなかったそうです。
それが問題になり女学校を退学になったり、
また、その後は、中村屋カレーが生まれたきっかけとなったインドの活動家を助け、のちに結婚したという話には、いささか驚きました。
中村屋カレーの秘密

人々が集い、気軽に芸術に触れられる場を目指すということですので今後も期待しております。

中村屋サロン美術館


オルセー美術館展が明日からはじまりますが、こちらも気になりました。
印象派はよくわからなくて、紹介されている今回の作品たちの中に特別これを見ておきたい!そういうことでもなかったのですが、
テーマに惹かれました。
【華麗なるジャポニズム展】

ゴッホの描いた作品"タンギー爺さん"の背景は、いせ辰の版画が使われていること、千駄木の店に行って知ったことでしたが、
今回海を越えてやってきたゴッホの作品には、やはり背景や配置に日本美術に大きく影響を受けたという作品がありました。
ゴッホは浮世絵に強い魅力を感じていたようで、広重の"名所江戸百景 亀戸梅屋敷"の模写を確かオランダかで見たことがありますが、
独創的な遠近法は当時、とても新しかったようです。

まったく知りませんでしたが、睡蓮で有名なクロード・モネはアトリエのある家の一室が浮世絵のギャラリーであるほどのコレクターだったのだとか…

確かに浮世絵は、構図だけでなくその色使いなど、今見ても魅力的です。
昔お茶漬けの付録としてしかしらなかった東海道五十三次や名所江戸百景は、当時の日本を知ることのできる本当に素晴らしい作品です。
美術の知識がない私は、あぁ、ここからも富士山が見えたんだとか、富岳三十六景から当時を想像したりして楽しくなります。

今回の作品の中には、日本の行事のひとつである鯉のぼりが、欧米ではこんな風に描かれたというようなものもありましたけれど、
日本の美術は、真似をしたいほど刺激的だったようです。

今でも日本の漫画の素晴らしさは、サブカルチャーのトップとして世界レベルになっていますが、展示されている北斎漫画を見て、
もちろん、北斎さまが天才なのですが、人間を観察して繊細かつ緻密に描かれたそれはまさに驚愕するほどでした。

なぜに日本のものが東に行き着いて、魅惑の対象になったか?それは航路にあったと言いますが、
万博というものが当時、大きな役割を果たしていたようです。
今はどこの国の情報もインターネットで閲覧できる時代ですが、
日本のあらゆることが海の向こうで評価されて、なんだか他人事ながら嬉しい気分になっています。

繊細な職人技だけでなく日本の伝統文化は素晴らしい。
そんなところを当時の印象派の画家や工芸家が刺激を受けて作品にしているということが今回の大きな発見です。

最大の目玉は、クロード・モネの【ラ・ジャポネーズ】ですが、本展開催にあたり約一年、修復にあたったそうです。
最初の妻カミーユがモデルですが、扇子に打ち掛けという衣裳は色彩豊かで、背景の団扇、敷物のゴザはすべてにおいて日本を意識した作品です。
印象派が得意でなくても、その作品の大きさもですが、圧巻です。

子供の頃、映画少女だった私は、アラン・ドロンが好きでした。
たくさんの映画を観ましたが、"サムライ"だったか?なんだったか?ある作品で、黒紋付きをガウンがわりに羽織うシーンがありました。
それは単に映画の衣裳としてと、思いましたが、
19世紀後半から20世紀初頭は、ジャポニズムという現象が生まれ、
着物という形をロープにした着衣を作る会社もあったのだそうです。

中には、こじつけではないかと思う作品との比較もありますが、多大な影響を受けていたというのは明らかで、なんだか日本人として気分のいい展覧会です。

ティファニー社の写真立ての松葉柄、プシュロン社のインク立ての象篏の中の富士山。
日本の素晴らしさ、再認識できました。

今回は、いつも世田谷美術館所蔵品の展示をする2階もボストン美術館展の作品の展示があるという力のこもった美術展です。
ボストン美術館オフィシャルhp


お知り合いになってから何年になるかしら?
あったかい感じの陶器も若い頃は惹かれましたが、やっぱり磁器のつめたい感じが今はしっくりします。

染付作家 岩永浩さん、
キャリアを積み重ねて、着実にステップアップされて、憧れの渋谷 黒田陶苑で今日から個展を開催されています。

店内、美術品のような扱いで、岩永浩さんの作品がたくさん展示されていました。

今回、お客様もたくさんいらしたので、入り口の展示品だけ写真撮らせていただきました。

今回は、筒型の花器、大鉢、など、美術品としても素敵なお品。
変型鉢、皿など、使ってみたい器など、多種。
絵付けも、山水画、獣紋、縞紋とバラエティー豊かです。

Parisでの個展も予定があるとかで、ますますのご活躍。

渋谷にお出かけの方、ぜひとも覗いて観てくださいませ。7月2日(火)までです。

黒田陶苑 今週の個展より
岩永浩さんのサイト


伺いました。
岩永浩展。

ご無沙汰しておりましたので、新たなお作品に触れることが出来て嬉しかったです。

懐かしい方との再会もあって長居をしてしまいました。ごめんなさい。

会期は、10月1日(火)まで、伊勢丹本館5階です。
ついでのある方、ぜひ足を運んでくださいませ。

岩永浩さんオフィシャルサイト


有田焼の作家に知り合いがいます。
座骨神経痛で困った時、整体の先生を紹介してくださり救ってくださったお方です。
そのおかげで、西洋医学のぶっとい注射から開放され、今はその苦痛の経験からメンテナンスすることを怠らずにいて人間らしく暮らしています。(感謝)

有田の星である彼ですが、
このたび、三越伊勢丹からオファーがあり、常設が決定。
今日から伊勢丹で個展。

向かっております。

今朝、彼のお名前を検索すると、私のサイトもヒットしました。
私の岩永ワールドが収められています。
岩永ワールド

また素敵な染付けに出逢えることと思います。
楽しみ♪


これは行かねば!
そう決めていました。
ゲイジュツのことは良くわかりません。
ほとんどそれは直感で、
好きか嫌いか…。
震えるか震えないか…。
はたまた涙が出るか出ないか…。
それくらいの寄り添い方でいますが、
ポップアートは好き♪なのです。

ポップアートのカテゴリーに入る定義もよく理解していません。

サイトから抜粋いたしますと、
【ポップ・アート】とは、1960年代に盛んになった大量生産・大量消費の大衆文化を主題とする一連の芸術動向を指します。
この語が最初に登場したのは、1950年半ばのイギリスにおいてであり、身の回りにある大量生産の商品やそれらに囲まれた日常生活を題材とした作品が次々に生み出されました。
イギリスで誕生したポップ・アートは、アメリカにおいて花開くこととなります。

第二次世界大戦後のアメリカは、まさに大量消費社会でした。
テレビやラジオなどマスメディアの普及によって商品や広告のイメージが氾濫し、ハンバーガーやコカ・コーラといった商品はアメリカの代名詞として世界中に広まっていきました。
アメリカのポップ・アーティストたちは、商品のイメージやオブジェ、また新聞、漫画、広告といったメディアの手法自体を取り入れることで、自らを取り巻く社会やそこでの経験をそのまま作品に表そうとしました。それは、前世代の抽象表現主義が作品を崇高で難解なものとし、作家を英雄視したのに対し、複製物や日用品を用いることで、作家性を匿名化し、芸術を卑俗な生活と結びつけるものでした。
と、いうことだそうです。

大衆文化を背景に戦後の開放された自由な発想が形になって現れ始めた時代のカタチ?
そんな風にも感じられます。
この年代、アメリカだけでなく、そういった流れがあったのでしょうか?
フランスではヌーベルバーグというスタイルの映画制作があり、それは、美しいスチール写真を見ているような今までにない感覚の映画でした。
ディオールがAラインを発表したのもこの頃でしょうか?
ファッションや映像、音楽、すべてにおいて、後世に残るカタチが大きく変化し始めた時代なのでしょうね。

ホンモノを観たのはニューヨークの近代美術館と、リキテンシュタインをスゴい金額で購入したとかで、当時話題になった木場の東京現代美術館だったと思います。
それも、何点かです。

今回は200点近くの、それもポップアートの代表的作家達の作品が一度に観れる貴重な機会でした。

一つはこの作品達の所有者、キミコ・パワーズさんが、日本人であるということが大いに関係したのでしょうか。
有りがたいことです。

しかし、今回の作品達、パワーズ夫妻のベッドルーム、バスルーム、リヴィングルームに飾られていたものだということ驚きです。

作品、大きなものばかりですから、どんだけの豪邸!?と思っていましたら、
会場で販売されていた図録に載っていました。

この作品が、洗練されたリヴィングダイニングに他の作品と一緒に無造作に飾られていました。
選ぶ目がある方は飾る目もお持ちです。

写真は、キミコさんですが、
キミコさん曰く、アンディ・ウォーホルは、モデルになる人の良いところを見抜く力があったと言います。
この作品は実に魅力的です。
新国立という箱が、見せるのにとても適していて、ウォーホルの作品が並べられた場所で、ワタシ、涙でした。

マリリン、毛沢東、この二人のアイコンを決定づけたのはこの作品があるからと思うほど。
色彩感覚だけでなく、良い素材を見いだす力が抜群なのでしょうね。

実は我が家、バブル時代に夫がニューヨークで買った、ウォーホルのリトグラフがあるんです。
ホンモノかどうか?
たとえばリトならウォーホルが認可してるかいなかでそれは随分違うそうですから、まぁ知らぬが仏ちゅーことですか…。
けれど、同じ作品を見つけた時は、まぁ嬉しかったですね。
しかし、やっぱり、騙されたかもシレナイと思うと、
気になりますね。

アメリカンポップアート展



谷文晁(たにぶんちょう)。

不勉強でよく知りません。

歴史をきちんと勉強していたら、当然の如く知っているものなのでしょうか?

江戸時代後期に活躍した絵師で、酒井抱一とは、共作が残っているくらいの親密な関係だったそうで、指導にも積極的、作品は多く、やまと絵から洋画まで。
あらゆる画法を自在に展開したそうです。





この方のお名前は、テレビ番組の"なんでもお宝鑑定団"でよく耳にするので、なにかの折に観てみたいと思っていました。



この度、サントリー美術館で催されるというので、行ってみました。



美術館は月曜日がお休みと思っておりましたが、最近、違うのですね。

仕事が早くひけたので、その合間にと、スマホで調べたどころ、知ることができました。

久しぶりにサントリー美術館のサイトにアクセスすると、スマホ対応になっていましたし、

割引のクーポンを入手するページも用意されていました。

チケット売場で画面を見せれば、100円割引です。



さて、谷文晁展。

どうだったかと言いますと、

震えるようなときめきは残念ながら感じなかったのですが、

当時、超人気だったという高級料亭"八百善"に文晁の絵がかけられた様子を広重が描いた作品は興味をひきました。

 
茶の湯の師匠のお友達、陶芸家の”松田百合子”さんの個展にお邪魔いたしました。

ユーモアたっぷりの赤絵の作品。
山の中のギャラリー【ナノリウム】
窓から見えるテラスでは、我が師匠、オープニングにお茶会をしたそうです。
水指、茶入れは、松田さんの作品。
独創的なお道具で、とても斬新ですけど、とっても素敵でした。

中田秀寿さんのサイトから
松田百合子さん


名古屋にある徳川美術館。
http://www.tokugawa-art-museum.jp/
いつか出向いてみたいものだと思っておりましたら、
なんと、向こうからやって来ていただけました。
願ってもないこの機会、見逃してなならぬと行って参りました。

江戸東京博物館、
出来たばかりに訪れた時は、
なんだかそのどデカさだけは覚えていたのですが、
ずいぶんとあたりが変わっていました。
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/
そりゃ、そうです。
なんと開館してから今年で20年。その記念の特別展が今回の『尾張徳川家の至宝』というわけでした。

空の青さに引き寄せられ、本当なら特別企画展は、一階にチケット売り場がありましたのに、エスカレーターを上がってしまいました。
けれど、そこで、ニンマリ。
スカイツリーが、見えました。

最近は、富士山、お月さま、そして、スカイツリーを見られると、ちょっぴりはっぴーな気分になります。

後ろには、国技館。
場所中は大変な賑わいですけど、今日は、ひっそりしていました。
お相撲さんは、見かけましたけど…。

さて、企画展。
豪華でした〜。
尾張徳川家は、家康の九男義直を初代とする御三家筆頭の名門大名だそうですが、名古屋城を居城とし、徳川将軍に次ぐ家格を持っていたそうなので、その力の象徴とするような絢爛なお宝満載でした。

展示は、カテゴリーをテーマ別に分けてあり、とても見やすくわかりやすかったですし、
表道具と奥道具の財宝の分類についても、興味をひかれました。
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/exhibition/special/2012/01/index.html

お茶をお遊びでやりますゆえ、やはり茶道具には、そそり度が増しました。
古田織部や小堀遠州の茶杓など展示の一部という見せ方でしたので、すべてのクオリティの高さを感じるました。
もう、これだけで、お宝のような気がしましたが、
茶道具展ではありませぬゆえ、茶碗については、
こちらを訪れておられたたくさんのシニアの方々はさらりとご覧になり、対象外という印象を受けました。
ひびの入った飯茶碗は、至宝とは言い難いといったところでしょうか?
確かに、これらは、あの時代、馬鹿みたいなお値段につりあげられたいきさつはありますから、そう思えばそうとも言える…。

しかしです。唐モノの茶碗がいいでーす。
油滴天目を星建蓋(ほしけんざん)と呼んでいたことこと、学習いたしました。
http://story.turuta.jp/archives/category/hagyou/page/25/
また、肩衝の茶入れが笑っちゃうほど大きい。
14cmの高さだそうですが、どのような場面で使われたのでしょう。

香の展示の中には、楽のものがありまして、
それは、長次郎作でした。
茶碗以外のものを見るのは初めて…。
しかも勝虫のトンボの意匠。発見でした。

国宝である「源氏物語絵巻」家光の娘が3歳で嫁いだ時の婚礼道具「初音の調度」は、今回の目玉。
期間限定で、本日から絵巻は東屋二、調度は鏡台と入れ換えがあったようです。

美術性というよりは、権力の証といった品々。
絢爛豪華、一級品ばかりです。

開催は24日まで。
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/exhibition/special/2012/01/index.html
公式サイトは
http://www.tbs.co.jp/owari-tokugawa2013/


昨年末から気になっていた【白隠展】
年末、禅語の話をお稽古の記事に書いたことが、興味をさらにそそらせました。
http://blog.kisetsu-o-mederu.com/?eid=1264520
それと、大好きな永青文庫で見ていた。
そしてお正月前に開いていた、マイファイル。
その中に細川元首相のお正月の様子がスクラップされたものがありました。
床に飾られていた達磨絵。印象的でした。
この展覧会へ行って判明しました。白隠のものでした。
http://www.eiseibunko.com/end_exhibition/2007.html

筆致にものすごい力を感じていたので、目に焼き付いていました。
聞けば、おじい様の護立氏が白隠のコレクターだったといいます。
さすがに目利きと言われた方でございます。
そして、さすがはご子息。
ご自宅の床に設える。まったくスゴいもんでございます。

いや〜、よかったです。
日本画は、感覚的に捉えることのできないものと、少しばかり遠い存在に感じていましたし、”お宝鑑定団”を観るときに少しは足しになるかななどと、不謹慎な思いがあったのですが、最初の作品で惹きこまれました。
インパクトを与えてくれる作品ばかりで感動でした。
モチーフとして多くの作品のある達磨と布袋。
筆の強弱、墨の濃淡。力強さを感じました。
朱を使った作品も強烈です。

悟りをひらいたという白隠は、禅画を通じて教えを広めたといいますが、
嫌っていたという吉田兼好をサルに仕立てたり、弟子たちにあてた皮肉たっぷりの書は、茶目っ気があり、人間らしくてユニークでした。

ポスターになっている上の写真の布袋さまの絵。実は双幅で煙管を片手に煙を噴出した先にお福さんが寿の文字の着物姿で現れているのです。

この”寿””壽”という文字は、
「イノチナガシ」と読まれ、不老長寿を表すそうです。
七福神の一人福禄寿が筆を持ち100種類もの書体で書かれている『百寿図』も面白い作品でした。

2月24日まで
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/12_hakuin.html
白隠 慧鶴
http://ja.wikipedia.org/wiki/白隠慧鶴
永青文庫
http://www.eiseibunko.com/history.html


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