京都駅からも歩いて来れる【東寺】に到着です。
今回の一番の旅の目的は毎月21日に行われるという弘法市でした。

地元では『こうぼうさん』と呼ばれているそうで、京都通の友人からは「なんでもありの市だよ」と聞いていたのですが、空海が開祖であり、立体曼陀羅や五重塔といった数々の文化遺産のある場所で行われている歴史ある市はどんな様子なのか、とても興味がありました。

南大門の門前には荒神松やみかんが売られていました。
やっぱりこういうものが売られている市なんだと思いました。

この風呂敷包みはなんとひとつ1,000円。
中身は着物です。

さすが寺町京都!お線香に蝋燭です。

屋台の風情に、縁日のような店ばかり…。「あら、期待はずれ…。やっちゃったかしらん?」と、いう感ありでしたが、骨董を扱うところもあったり、で、京都人のものとの関わりを感じたりできました。

吊るし柿も自家製する文化があるようですね。

司馬遼太郎さんが、待ち合わせは御影堂でのその場所は、平安京の遺構だそうですが、残念ながら修復中でした。

弘法大師作と云われる不動明王は、移動もなくまつられていて、月命日であるこの日は、護摩供養が行われていました。

この景色がすごい。重要文化財と市!
ちなみにしまい弘法という師走の市の火の不始末で火事になったことがあるそうです。

京都と云ったらお漬物もかかせないアイテムですね。

お花や

盆栽もあり、
これはご近所の世田谷ボロ市に出店者が似ていると思いました。
しかし、ここはストリートではありません。
東寺内であります。

ちなみにわたしは、旅の記念に来年の干支の犬の香合を3,000円を2,500円に値切って買い求めました。

ちゃんと桐箱もありますが、少し汚れていますし、作家ものとか、年代ものではありません。
違う場所で、茶道具を中身のディスプレイなしで箱のまんま乱雑においていた店があって、そこで自分の干支である虎を見つけてピピッときていました。
同じ紀州焼で窯も同じだったと思います。

後からこちらを見つけ、やはりなにかの縁を感じ、我が家はやっぱり、犬よね〜と、実はあまり好みの顔ではないかなぁ〜とも思ったりしたのですが、円山応挙の小狛子図はこんなわんこやな〜なんて思えて、お正月の荘りものとして、ヨカかしらん?という気持ちになり購入しました。
お値段もお手頃ですしね。

さて、お楽しみはこれだけではありません。
春秋は特別拝観が多いのですが、五重塔の内部観覧ができるのも、今の時期だけなのです。
本来なら9時からの拝観のはずが、8時20分に入ることが出来て助かりました。
市は早いところは5時半くらいからいるらしいとの情報は得ていましたが、あとから東寺を見て回りたかったので、それに合わせました。

1時間、市を見た後、特別拝観が予定より早く見始められ、その後の予定も繰り上げられると思いました。

東寺の五重塔は構造的にも優れているそうですが、特徴的なのはまん中にある心柱が大日如来に見立てあり、その周囲は金剛界四仏と八大菩薩が安置してあります。

非常に興味深く、拝見いたしました。

もちろん今回も立体曼陀羅のある金色堂を拝見いたしました。
空海さまの凄さをここに立つととても感じます。

この後、宝物館で金剛界曼陀羅を拝観しましたが、その細密さに感動しました。

最後は特別拝観の【観智院】へ。

お寺には真言密教の経典が多数所蔵されているそうです。
日頃は見ることが出来ません。

写経もできるようです。

お茶室もありまして

お庭もとても綺麗でした。

塔中寺院なのでしょうが、春秋はぜひ訪れるべしです。

枯山水のお庭も素敵でした。

羅城之間。
お寺の客殿には宮本武蔵が描いた水墨画が遺されています。
観智院のご本尊の「五大虚空蔵菩薩」は
菩薩の中で「13番目」に誕生した「智慧」を司る菩薩様で「十三参り」関わりがあるということをガイドさんから教えていただきました。

奥は、NO photoの茶室。

身は高野 心は東寺に おさめをく
大師の誓い 新たなりけり

大師は高野山を自らの修禅の場として開かれ、そこで知慧を利他行として実践されました。生老病死に代表される衆生の苦悩の解決法とその生活への表現が大師の一生でした。
大師は祈りなき行動は妄動であり、行動なき祈りは妄想であるとの信念から、水なき所に池を掘り橋なき所に橋をかけ、食の乏しき者には食を得る方法を教え病む者のために良医となられたのであります。
「弘法さん」は毎月21日、大師の命日に催される風物詩。境内には千軒以上の露店が並び、20万人以上の人手で賑わいます。これは大師に寄せる信仰の深さを表しているといえましょう。
(パンフレットより抜粋)

これを読み、高野山でも生活の糧である食料の確保や宿坊を作ったりなどされた大師さまの思いは計り知れないものであったことがわかりましたし、
市はその志を今に繋ぐ重要なイベントであるのだと感じました。
火事が出たからといって止めなかったのは、そういう深いものがあったからなのだと思いました。


京都にやって来ました。
例のごとく貧乏旅行で、深夜発の高速バスで京都駅に着きます。
荷物をホテルのある四条駅のコインロッカーに入れ、タクシーで清水寺へ。

清水寺は2015年秋に来てるんですが、ライトアップされた夜でしたから、もう一度舞台からはどんな眺めだろうとやってきました。

拝観は6時からですが、今、日の出は6時半頃なので、その時間に舞台にいられるようにと思っていました。

2015年はライトアップされたさまざまな社寺を観ましたが、やっぱり人気の清水寺です。
その日は満月だったことや胎内めぐりというミステリアスな体験をしたこともあってかもしれませんが、訪れた社寺の中で、ライトアップは私的にNO.1でした。。
やっぱり夜とは趣が違いますね。
寺を詣って1日が始まる。これはもう早起きはなんとかです。

2015 清水寺の秋のライトアップ

下調べはかなりする方なのですが、早朝の拝観はこちらと法然院だけで、そればかりがインプットされていて、舞台修復中だとは知りませんでした。

早朝だけあって存分に舞台からの景色は楽しめましたが、舞台の雰囲気を味わうことは、残念、出来ませんでした。

しかし、眼下はこのような眺め。
音羽の滝も左手にちゃんと写っています。

奥の院から残念な姿の清水の舞台ですが、

西山や京都市街を朝焼けを通して見れるのは爽快です。

音羽の滝でペットボトルに水を汲むおっちゃん発見。

神聖な場所でこのような行為を毎日している様子。
「清水寺」の名前は、この滝からこんこんと流れ出る清水が由来だそうで、この滝は、三筋の滝から構成されており、そのご利益は、向かって右から、「延命長寿」「恋愛成就」「学業成就」の順とされているようですが、おっちゃん、このムチャな感じはご利益あらしまへんがな。

舞台、今こんな様子です。
文化遺産にはたくさんの方がみえますから仕方ないですね。

さぁ、入り口に戻ってきました。

ちょうど、山門前でタクシーを降りられた方がいらしたので、それに飛び乗りましたが、山門までの乗り入れは早朝のみ、それ以外は、参道入口で車は侵入禁止だそうです。


今回は、予定していた美術館にひとつも行くことができませんでした。
社寺もそうですが、美術館も閉館時間が早いですからね。
京都には春秋のみ開館のところもあるので、ちょっぴり不完全燃焼気味。
そこで思い出したのが、美術館「えき」 KYOTOです。

買い物もしたいと思っていたので、バスに乗り、京都駅にゴウです。

案内所で伺ったところ、【芳年展】が開催中とのこと。

6月には先日私が行った暁斎が【えき美術館】で開催されるらしいので、今回の芳年はそのプレかな?とも思いましたし、好きなタイプの浮世絵なので行くことにしました。
デパートが開いている8時までというのもいいですね。
昔、新宿伊勢丹にも美術館があって、結構面白い展示がありました。

動乱の幕末期から新時代を迎えた明治期にかけて活躍し、「狂気の絵師」や「異才絵師」、などと呼ばれた 【月岡芳年】

新聞や絵本の挿絵も描いていたそうです。

当時は食べれなかった時代もあったらしく、精神的にダメージを受けた時期もあったために「狂気の絵師」と言われたのかもしれません。

 

以前、Bunkamuraで国国展がありましたが、その片方の歌川国芳の弟子だそうです。

ですから、そのアバギャルドさは引き継いでいて、構図にワザありで130年前の絵師と思うと驚きます。

「血まみれ」シリーズや「妖怪」ものは、興味をひかれれました。

 

旅に出会いありですね。

迫力の絵師の作品、堪能しました。

 

詳しくはこちらのブログを参考にしてください

京都伊勢丹、この風景が好きです。

まるでエアターミナル。

ここから普通にJRに乗れますが、ちょっといい気分になります。

ご存じ京都タワーは真正面。

今回は、初めて最上階にも上がってみました。

こんな景色が広がっていたのですね。

大階段、あがってみるべし。

特に夜景が綺麗です。

 

伊勢丹【えき】KYOTO


夕暮れの鴨川。歩いてみました。

京都人や京都以外の人からも、老若男女を問わず多くの人に愛されている鴨川。

いいですね〜。
歩いてみてまた好きになりました。

しばらくベンチに座って水の流れを眺めていました。


京都御所は京都御苑から囲まれるように配置されていました。

以前は、限られた時のみの公開でしたが、昨年から通年の公開になりました。

 

14世紀から明治2年までの間の歴代天皇が居住し儀式・公務を執り行った場所です。

築地塀と清流の溝に囲まれた広い域内の建物で、現在のものは江戸末期の1855年(安政2)に再建したもので、一部は平安朝の古制を模しているそうです。

こちらが御所拝観の入口、清所門です。

御車寄だそうです。

参内したものの控えの間である”諸大夫の間”

格の高い順に「虎の間」「鶴の間」「桜の間」と襖の絵にちなんで呼ばれていたそうです。

部屋の格が畳みの縁の色にも反映されているのが面白かったです。

緋色の畳の縁は初めて見ました。

先の御車寄の後に、大正天皇の即位礼が紫宸殿で行われるのに際し、馬車による行幸に対応するために新設されたものだそうです。

比べてみると違いが面白いですね。

承明門からのぞむ”紫宸殿(ししんでん)”

京都御所においてもっとも格式の高い正殿。

紫宸殿は、内裏において天皇元服や立太子節会などの儀式が行われた正殿。

紫宸殿の南庭には東に桜西に橘が植えられており、それぞれの近くに左近衛と右近衛が配陣したため、左近の桜、右近の橘と称されています。平安神宮にもありました。

 

明治、大正、昭和の三代の天皇の即位礼はこの建物の中で行われたそうです。

信じられないほどの広さで、映画「ラストエンペラー」を思い出しました。

”清涼殿”です。

この意匠に惹かれました。

天皇が日常の生活をおくった場所だった場所です。

小御所と御学問所の前の、雄大な”御池庭(おいけにわ)”

日本で最も優美な橋、「欅橋」

池の周りは小石が敷き詰められた「州浜」

華美過ぎない日本の奥ゆかしさを感じるお庭です。

質素な佇まい、
御所の中でも私的には一番でした。

皇后宮常御殿は、天皇の御常御殿と同様に、16世紀末頃から皇后の日常のお住まいとして使用された御殿だそうです。

入母屋桧皮葺の書院造りの建物。

こちらに近いところに皇后門というのもありました。

 

京都御所通年公開

http://sankan.kunaicho.go.jp/info/20160720_01.html

参観は無料 所要時間:30分〜 公開時間:9:00〜17:00(入場は16:20まで)

休み:月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始、行事等のある日は休みです。


京都御所が一般公開されるようになったので、行ってみようと思いました。

同志社大学から間もなくです。

御所は烏丸通沿いの清所門から入ることになっているようなのでこちらの門かと思いましたら、こちらは京都御苑の門でした。

 

京都御苑は、江戸時代、200もの宮家や公家の邸宅が立ち並ぶ町だったそうです。

明治になって都が東京に移り、これら邸宅は取り除かれ、整備され市民へ開放される公園になりました。

門をくぐってみると広大なのでびっくり。

ピンク色に染まっているので、足はそちらに向きました。

わぁ〜、また出逢いました。

桜、さくら、サクラ。

宴はもちろん、

素敵な着物姿の御嬢さんもいらっしゃいました。

このあたりは「近衛の糸桜」の由来にちなんで、多くのシダレザクラ(イトザクラ)が植えられているそうです。


裏千家今日庵をあとにして烏丸通に出ますと、煉瓦造りの建物が目に飛び込んできました。
同志社大学今出川キャンパスでした。
先日、早稲田大学訪問に味を占めた私は、ふと見学しちゃおう!と思ったのでした。
たくさんの学生。どうやら今日は新入生のサークル活動勧誘の日だったようです。

写真は重要文化財のクラーク記念館。

同志社大学は明治六大教育家の一人である新島襄によって1875年同志社英学校を前身とする大学で、キリストプロテスタント系の流れをくむが、いわゆるミッションスクールとは性質が異なり、キリスト教伝道を主たる目的としないのだそうですね。

有終館(ゆうしゅうかん)[重要文化財]
当初は「書籍館」と呼ばれたD.C.グリーンの設計により1887年11月に竣工したレンガ造の同志社最初の図書館だそうです。

同志社礼拝堂(チャペル)[重要文化財]
1886年6月に竣工したプロテスタントのレンガ造チャペルとしては日本に現存する最古の建物だそうです。

彰栄館(しょうえいかん)[重要文化財]
1884年に竣工。塔屋は鐘塔と時計塔を兼ねており、毎朝の礼拝を告げる鐘の音は、明治以来、同志社中学校が岩倉キャンパスに移転するまで、司鐘生と呼ばれる中学校の生徒が担当していたそうです。

他にも素晴らしい建物が立ち並ぶキャンパス。
新旧すべてが煉瓦色に統一されているところが凄いなと思いました。

私、少し変わったところがあるんですね。

それは自他ともに認めることなのでいいのですが、お茶を少々いたしますので、いつか【今日庵】を外からでいいので見てみたいと考えておりました。

下調べはしておりましたが、所縁のある大徳寺からは想像より離れていました。

けれど、歩いて行きましたの。

 

で、その途中の北大路堀川の近くで淡交社本社を発見したり、今日庵前の本法寺で、満開の桜に出会って楽しい気分を味わいました。

こちらにはどういった方がお見えになるんですかね。

手前には、裏千家学園もありましたから、学びの場はあちらということになるのだと想像します。

 

調べてみましたら裏千家入門者が訪問できるというご案内を見つけました。

私には敷居が高いですね。

 

今日庵訪問のご案内

やはり、私のように、裏千家の今日庵を探してこられた旅人でしょうか?

付近の佇まい、素敵ですね。

茶道具屋さんが数件ありました。

こちらは表千家【不審庵】。お隣にありました。

不審菴とは利休が営んだ茶室の名で、歴代の家元がこれを継承してきたということです。

こちらも非公開です。


旅の出逢い、ありました。

今回、人との出会いはなかったけれど、桜の出逢いがありました。

 

母との京都桜の回想の旅の醍醐寺は、枝垂れが満開でしたが、哲学の道は開花もままならならず、今回は外すことにしました。

川にせり出した桜は思い出に封印です。

旅の途中に思ったことは、やはりあの時と同じにはならないこと。

醍醐寺は本当に観光化されてしまって、なんだかあの頃と印象がとても違いました。

 

そういう思いもまた旅のいいところなのかもしれないと思いました。

【本法寺】

今日庵を探している途中での出会いです。

行先として考えていたところはうまい具合に開花が進まず、桜の見頃ではありませんでしたが、偶然の出会い、あるのですね。

社寺と桜、良く似合います。

いやぁ〜、綺麗でしたぁ〜!

浅草にもあるという本法寺(ほんぽうじ)は、芸術家と縁があり、長谷川等伯の『佛涅槃図』を所蔵しています。

通常は原寸大の複製を展示していますが、毎年3月14日〜4月15日の期間に真筆の展示があります。

拝見はいたしませんでしたがこれも春秋の特別拝観ということでしょう。

 

本法寺


大徳寺の特別公開のもう一つがこちら【黄梅院】です。

利休作庭「直中庭」を持ち、美しい苔とモミジが訪れる拝観者の目を楽しませる。

織田信長、豊臣秀吉など戦国大名ゆかりの寺院。

院内は撮影禁止なので

お庭に入るまでの画像です。

千利休作庭「直中庭」

武野紹鴎好み茶室「昨夢軒」

方丈庭園「破頭庭」

雲谷等顔筆 本堂障壁画(重文・複製)

庫裡(重文)が拝観できますが、「直中庭」素晴らしかったです。息をのむ美しさでした。この季節でそう感じるということは、新緑、青紅葉の頃は本当に素敵だと思います。

また、庫裡は当時の御台所ですが、ご案内の説明を各所でお聞きすることができてとてもよくわかりました。

 

詳しくは↓

春秋 黄梅院


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