8月は夏休み。2ヶ月ぶりのお稽古です。

今日のお軸は、『不識』。しらず。と読みます。
「知識」の対極にある言葉だそうです。
『不識』と、茶道辞典で調べてみると、達磨のことを指すとあります。

このエピソードから、そういわれるようになったのかと想像しています。

禅宗の開祖である達磨大師と、仏教に帰依し自らを「仏心天子」と称する自信たっぷりの武帝が、天下の高僧・禅宗のトップ「達磨大師」に
「仏法の根本心理は?」と、煉りに煉った問答をぶつけます。
それに対して達磨大師は、
「そんなものは広々としていて、何も見当たらない」
と、答えます。
武帝はさらにこう聞きます。
「朕の前にいるあなたは一体誰なんだ」
「不識。しらず」

「達磨大師」は世に知られた禅宗のトップだなどという意識が全くありませんでした。
物事に縛られるということが全く無かった。

徹底した無心の境地が「不識(しらず)」。
軸に書かれた言葉には、このような無心を諭すものが多いようです。
いつもはただ拝見するだけで、言葉の持つ意味を知らずに帰ってきてしまいます。
知ることで、茶道に対する思いに身が引き締まります。
深いなぁ〜、茶の湯は…。

茶花。

本日は、富士山の麓から、先生が持参してくださいました。
吾亦紅(ワレモコウ)、男郎花(オトコエシ)、秋明菊(シュウメイギク)です。

吾亦紅(ワレモコウ)、の漢字表記にはこの他に我吾紅、吾木香、我毛紅などがあるそうです。
このようになったのは諸説があるらしいのですが、一説によると、「われもこうありたい」とはかない思いをこめて名づけられたといいます。

また、命名するときに、赤黒いこの花は何色だろうかとの選者の議論の時、それぞれに茶色、こげ茶、紫などと言ったといいます。
この時、どこからか「いや、私は断じて紅ですよ」と言うのが聞こえたそうです。
選者は「花が自分で言っているのだから間違いない、われも紅とする」で「我亦紅」となったという説もあるそうです。

秋の高原で咲く和歌や俳句でも有名な季語にも使われる、十五夜にもかかせないお花です。

男郎花(オトコエシ)は、女郎花(オミナエシ)と対比させてつけられた名前で,オミナエシに比べて強壮な感じがするからその名がつけられたといいます。
山野によく見られる多年草で、実に翼状の丸い小苞が付いています。
別名 「敗醤(はいしょう)」。
生けておくと、醤油の腐ったような匂いがしてくることから付いたそうですが、女郎花同様、あまりいい匂いはしないようです。

香合は瓦文香合です。

城の瓦紋は、本来、城主として君臨する家を示す家紋を軒瓦や鬼瓦に刻印したものを使用しているそうです。
しかし江戸期になると少し変化があったようです。
明治以降は、三つ巴の紋が一般的なイメージがあるように三つ巴の紋を使用する家も数多いので世間的に広がり、一般住宅の瓦にデザインとして使われたようです。

こういったことからの意匠なのかは想像でしかないのですが、日本では、巴の形に神秘性を見いだし、神紋として尊重されたということもあるのかもしれません。

鋳器に見えますが、陶器です。
紋を文とするのも、陶磁器の銘だからということでしょうか?



夏の装いで、お茶のお稽古です。
今回お借りした茶室はエアコンが入っているので助かります。
夏は着物姿ですと移動は勿論のこと、火のそばにいるお点前中、とても辛いんです…。
冷や汗も混じりながらなので、余計に暑く感じます。

今回のお点前は前回の復習で『茶碗荘』をいたしました。

床のお軸は、『無一物』。
先生にお聞きしたところ、禅の言葉で、「無尽蔵」 という言葉が続くんだそうです。

「無一物中無尽蔵」(むいちもつちゅうむじんぞう)。
宋代随一の詩人であり、優れた禅者でもあった蘇東坡の言葉だそうです。

「無一物」 とは何も存在しないということですが、何ものにも執着しない境地に達することができると、大いなる世界が開けますという言葉なのだそうです。

「無尽蔵」の偉大な活力とは、すべてをつつみこむ天然自然。
これは千利休が見出した佗の世界で、「無一物」の境涯であるということで、「無一物」は、教示する直心の行為であるといえるのだそうです。

執着の心を捨て去れば、心身が軽くなり、そういう心で全てのものに接すれば、様々なものの本質が見えてくるよということなのでしょうか?

さて、本日の茶花は、黄色の花が 【金糸梅(きんしばい)】。
紫の穂状のものが、 【メドーセージ】、紫と白の【番茉莉(ばんまつり)】
白い蔓状の花は、【蔓花茄子(つるはななす)】 です。



本日のお花は私が用意して、先生に活けていただきましたが、少し丈が短かったようです。
丈の長いものがあったほうが、見た目のバランスと変化があってよろしいということのようです。
お点前もまだまだですが、茶花やお菓子を用意することも、経験不足とセンスのなさで、毎回、先生に助けていただいています。
先生にお願いすると、バラバラだった花たちが一つにまとまる。
さすがです。

香合は、黄交趾香合、竜の絵が浮き彫りになっていました。
黄交趾(きこうち)とは黄色の低火度の釉薬で焼かれた焼き物のことで、もともと交趾(こうち)とはベトナムの古名で、実際には中国南部で焼かれたものをさしていたそうです。



【吉野間道】という、裂地をご存知でしょうか。
最近読んだ茶道にまつわる本で、その名を知り興味を持ったのですが、それには、また面白いエピソードがあったので惹かれてしまいました。

『間道』 と呼ばれる裂地は、縞織物、格子織物を呼んでいるそうです。
茶人に好まれた裂の一つの吉野織による 【吉野間道(よしのかんとう)】 と呼ばれる文様は、他のものと少し変わっています。
地を平織りにして、真田紐状の組織を格子風に織り込んだものなのです。

江戸初期の京都の蒙商、灰屋紹益の夫人吉野が「うちかけ」に愛用したと伝えられているのですが、その吉野夫人というのが、寛永三名妓のうちの一人、京、島原で名をはせた、吉野太夫のことだと言うのです。

14歳で太夫になり、和歌、連歌、俳諧に優れていて、琴、琵琶、笙が巧みであり、さらに書道、茶道、香道、華道、貝覆い、囲碁、双六までも極めたといいます。
それだけではなく、圧倒的な存在感を放つ美貌を兼ね備えていたそうです。

韓国にも才色兼備で、その昔、名を知れ渡らせた ”ファン・ジニ” という妓生(キーセン:芸妓)がいて、その方のドラマと映画を観ましたが、その美貌や才能の豊かさに大いに興味がそそられました。
日本にも同じような方がいらしたんですね。

けれど、色恋ご法度の茶道の世界でその名を聞くということは、意外でした。
それを超越した存在だったということなのでしょう。

馴染み客の中には後陽成天皇の皇子で近衛信尹の養子である関白近衛信尋豪商で、当時の文化人の一人である灰屋紹益がいたそうです。
その紹益に身請けされ、結婚したそうですが、身分違いの恋から考えられないことだと思いましたが、これには、恋物語がありました。

吉野太夫に魅せられた、灰屋紹益は、吉野と一緒に暮らすようになりましたが、紹益の父は、息子を勘当してしまったそうです。
ところが、ある日、この父親が、外出先で俄雨に合い、とある陋屋(ろうおく)の軒先に佇んでいると、美しい女性が、「お茶でも一つ差し上げましょう」と、声をかけてきたといいます。
そこで、言われるままに、上がってみると、侘び住まいながら、きちんとしており、何とも、心のこもったもてなし振りに、大いに感心させられた。
そこで、息子の親友でもある、本阿弥光悦に「いったい彼女は、どう言う人か」と、尋ねたところ、「彼女こそ、かっての吉野太夫だ!」と、言われ、息子の勘当を許し、息子、紹益の妻にしたと言うのです。

それほどまでのオーラがあったのだということなのでしょうね。

名物裂として、茶入の仕覆、古帛紗に珍重されている 【吉野間道】 ですが、この吉野太夫さんが残したものには、高台寺境内にある吉野太夫の茶室であるといわれている大円窓を 『吉野窓』 。
その 『吉野窓』 を、意匠されたという圓能斎好みの 『吉野棚』 もあります。

茶道とは、関わりが深いのか、「月は西 きみはひかしへ 明のあさ」 の自画賛はお軸として茶がけとして用いられたといいます。

朱門を寄進したといわれる京都市北区にある常照寺では、彼女を偲んで、『吉野太夫花供養』 が行なわれているそうです。
四月第3日曜日が定例だそうですが、吉野太夫のご供養と言うことで、寺内では墓前と仏前のお祀りや法話などの他、お茶席が設けられて点心など供せられ、島原の太夫さんのお練り行列が披露されるということです。

機会があったら、参加したいものです。



7日のお稽古、茶入荘と茶碗荘を習いました。

どちらも、濃茶のお点前で、茶事、茶会を催す場合に、茶入や茶碗が由緒ある品であったり、当日の連客中からいただいたものを用いた場合などに行なうお点前だそうです。
初座の床にあらかじめ荘ってあるので、客は掛物を拝見する際、茶入荘や茶碗荘であることを知り、拝見は手に取らず外見を見てとどめるのだそうです。

お点前中は、どちらも丁寧に扱うという所作が加わり、がさつな私はついついそれを忘れるのでした。(^_^.)

茶入荘の点前
茶碗荘の点前




今回も前回と同じお茶室でのお稽古でした。

床のお軸は、『一期一会』
茶花は、【春咲秋明菊】、【都忘れ】、【薄(ススキ)】
香合は、【福来雀】でした。

正式の茶の湯での軸と花は、同じ一室の出入りを繰り返すことでまったく違う雰囲気を構成するために、最初は軸物だけの床飾りで懐石をいただきます。
その酒食の後に生菓子をいただき、再度の席入りの際、軸がはずされ、床には簡素な茶花一輪で濃茶、薄茶の点前が始まります。
これを 「花床」 というそうです。
正式なお茶事に参加したことがないのでわかりませんが、沈黙のほの暗い茶室でのその演出は、格別な印象を受けるのでしょうね。

最近では、お茶会と呼ばれるお茶席では、ほとんどが軸と花とが飾り合わされています。
これを 「諸荘(もろかざり)」 と言うそうですが、炭手前も略されることが多いので、道具の中の香合だけを床の一隅に上げて置くのだそうです。
一見すると華やかですが、これはあくまでも略式なんだそうです。

お軸の 『一期一会』 ですが、一期は一生、一会は唯一の出会い。
茶席で同じ人々が会するとしても、今日は一度限りの茶会であるので、全身全霊で取り込むという気持ちの意味だそうです。
単に人との出会いだけではなく、時間や物、そして自分との出会いということ、どんな時にも心したいものです。

本日は横幅のものですが、千利休は一行ものを 「順礼の背中を見るような」 と嫌っていたといいます。う〜ん、なるほど〜。

茶の湯の軸が、普通の軸と違うところは、古人の書跡や手紙、和歌の類や、高僧たちの字(墨跡)、大徳寺の歴代や利休以来の千家の家元の字がもっとも尊ばれるところです。
鑑賞用には、インパクトが薄いようにも感じますが、茶の湯の諸々のお道具とのコラボレーションで、奏でる調べが印象深いものになるのでしょう。

さて茶花ですが、これにもルールがありました。
花は数え切れないほどありますが、茶の湯の席での茶花の基本は、炉は【椿】、風炉には 【草花】 ということになるんだそうです。
そして花入も、炉には 【やきもの】と言われる陶磁器の筒や壺。
風炉には原則的に 【籠もの】 を使うんだそうです。
鋳造ものは重厚感を、竹の花入れは、”わび・さび”を与える演出に、季節を問わず使えるということです。

利休の教えである「花は野にあるように」は、自然を表現するということであるのでしょうが、花の特性や表情を良く知った、経験豊かな茶人の力量でもあるのでしょうね。
茶の湯の道は深すぎます。

茶道・風炉・お稽古日記
稽古のお菓子
茶室を借りて




楓の若葉は、雨上がりの散歩道、目に鮮やかに写ります。

6月のお茶のお稽古でいただくお菓子は、どんなものがあるのかと探しているところ、末富さんの【青楓】 が、写真に出ていました。
そういえば、このかえで、秋のもみじとは、違うのかいな?
そんな疑問が湧きました。

調べてみましたら、楓(かえで)と紅葉(もみじ)は植物分類上は同じなんだそうです。
ですが、楓のなかで特に紅葉の美しい種類を【紅葉(もみじ)】 と呼ぶ説があったり、盆栽や造園業の世界では、葉の切れ込みの数、具合によって呼び分けているとも言われているそうです。

まだ少し稚く淡い緑の若葉は、夏季に入ってからの呼称らしいのですが、青葉となってからは、瑞々しい緑の楓の印象は薄れていきます。
【青楓】 は、その若葉から青葉に移る頃の楓をさすそうです。
この時季の楓の若葉は、「青かえで」「若かえで」「楓若葉」などと呼ばれ、初夏の季語にもあげられています。

余談ですが、楓は、葉の形がカエルの手に似ていることから「蛙手(かへるて)」と呼ばれて、それが「カヘンデ」や「カエルデ」「カヘデ」と変わり、現在の「かえで」になったといわれているそうです。なるほど…。

英語では、楓も紅葉も 『メープル』 と呼びますが、瑞々しい若葉を 【楓】、秋の燃えるような葉を 【紅葉】 と呼ぶあたりは、いにしえの日本の美意識に、敬服するばかりです。

和菓子の世界では、お花を題材にしたお菓子が数多くありますが、葉を意匠するのは、この楓と松葉、数えるほどしかないかしら?
二つの顔をもつこの楓のお話、知っていると上級者を装えそうです。

お菓子は未定ですが、6月のお稽古には、下の写真のお懐紙を懐中しようと思っています。
これには、『青もみじ』 とありました。
京都では、【初夏のもみじ狩り】 として 『青もみじ』 のお奨めスポットがあるそうですよ。
『青もみじ』と言っても間違いではないようです。



16日、茶室をお借りしてお稽古したお点前は、【貴人清次】。

昨年、ドラマ 『篤姫』 の劇中で、井伊直弼に振舞われていたというお話を先生にしたところ、興味を持ってくださり、今度やってみましょと云って今回に至りました。

前回は 【貴人点】を教えていただきました。

■貴人とは■
官位の高い人のことを云うそうです。
日本でも戦前までは宮中を中心にして官位が定まっていて、明治憲法施行までは、一位から八位まであり、それに正、従があって十六階の階級があったそうです。
新憲法にも位階令があるのですが、華族の廃止によって、新たな叙位は追賜や昇叙だけになっているそうです。
現在、茶の湯では貴人と尊称するお方は皇族の方々の他には、世の中のために功績があって勲位を授与された方達のことをいうそうです。
そうした身分の高い方にお茶を差し上げる時の点前を 【貴人点】 というのだそうです。

■貴人点とは■
高貴の方に対しての作法で、昔は最も多く行われた点前だそうです。
一般的とはいえないお点前ですが、小習い十六ヶ条第一ヶ条で習事のうちに加えてあるそうです。
点前の格としては、これ以上のものも多々あるらしいのですが、心持をしては最高のものであるということです。
貴人にお茶をさしあげるのに用いる道具はすべて真新しいものを第一とし、古い美術的に価値の高いものよりも清浄なものがよいとされています。
茶碗は台にのりやすい天目の新しい物を木地の貴人台にのせて用います。
菓子器はすべて、足の高い高杯(たかつきが約束で、白紙を折ってのせその上に菓子を盛ります。
貴人に対して、濃茶、薄茶いずれも一人一碗がお約束で、菓子器の高杯も一人づつとします。

■貴人畳■
貴人がお座り頂く畳を呼び、神聖な場と認識します。
普段はこの畳に客が座ることはありません。

■貴人清次について■
「貴人清次」というのは、貴人に随伴のあった場合の貴人にもお伴にも茶を点てる作法で 【清】 というのは、貴人 。【次】(つぎ)がお伴のことだそうです。
貴人碗は天目のものを木地の台にのせて茶巾、茶筅、茶杓を仕組み、菓子も高杯に盛りますが、次茶碗は普通の茶碗ですが、茶筅は貴人の 【清】 が白竹に対して、【次】 は煤竹の数穂を用います。
茶巾は普通のものを使いますが、畳み方が特殊で、これを『千鳥茶巾』といいます。これを膨らみを手前にして茶碗に仕組みます。

貴人清次のお点前
貴人点



茶室をお借りして行なうお稽古。
今回初めての東京都世田谷区の施設です。
消耗品を除く、お道具も借りられて、お茶室の作りも立派です。

4つあるうちの一つ、今回は個室をお借りしました。
茶室の建物名は”日月庵”。
故井上靖氏が命名されたそうです。

京都久田家に残る”半牀庵(はんじょうあん)”を基本とした独自の間取りを持つ造りの茶室の間取りは、一畳中板三畳のお席で、点前座の右向こうに、仕付二重棚が仕付けてありました。

お軸も香合も花器もお借りしたものです。
お花は先生が、山梨から摘んできてくださいました。
野に咲く花のように生けられたお花は、『都忘れ』『苧環』『花筏』です。



茶道・風炉・お稽古日記
稽古のお菓子
茶室を借りて




立春の4日の日、五島美術館で、普段は非公開の茶室(古経楼・冨士見亭)の特別公開があるというので、前日のお稽古を止めて、茶の湯仲間と行ってきました。

午前11時と午後2時の2回、受付は各30分前からで、定員は50名(25名×2回)先着順受付、予約不要というご案内が、サイトや、新聞などであったので、2時間前に行きました。

ところが、到着して、門を入るとすぐに、「定員になり、受付は終了しました」との立て看板がありました。

「話が違いますぅ、受付は30分前では、ないのですか?そのために来たのにー」などと、ごねる私に、受付の方、申し訳なさそうに、「初めての試みだったのですが、開園前の8時半(開園は10時)から行列が出来、急遽、対応に整理券を配ったのだとか…。

古経楼広間でお抹茶を差し上げます。
とのご案内もあったので、本当に願い叶わず残念でした。

私が甘かったのは、否めません。
茶の湯を愛する方たちの powerや、お茶人口の多さに、びっくりでした。

こちらの美術館では、15日まで 【茶道具取り合わせ展】 として、宗旦と小堀遠州にまつわる逸品が展示されていて、以前お目にかかれなかった素晴らしいコレクションを見ることが出来、その作品に出会えただけでも良しということにいたしました。

特に目を惹きましたのは、【長次郎赤樂茶碗・銘・夕暮】 その銘は宗旦がつけたそうですが、その景色、ド素人の私でも、心に刺さる作品でした。

また、素敵な裂地に遭遇いたしました。
瀬戸茶入れは2点出品されていましたが、【一本】【月迫】 の両作品のお仕覆の裂地に使われていた 【富田金襴】、大胆で斬新な感じがして、とても惹かれました。

裂地の本を見ましたら、【富田金襴】のページに、五島美術館のソレが出ていました。

安土桃山時代の武将茶人、富田左近将監知信が、豊臣秀吉から拝領した富田天目(茶碗)の添え袋に由来すると、伝えられているそうです。

五島美術館の茶室の公開は、これからもぜひ、していただけたらと、思います。
次回は、事前、抽選か、日数を増やしていただけると、尚、嬉しく思います。
広大なお庭、これからが美しい季節ですし…。
茶道具の公開の時の展示としてある、お茶室の起絵図では、なかなかイメージできないものです。

NHK教育では、また、裏千家のお点前の番組が始まりましたね。
昨日、そのテキストを購入したのですが、ビジュアルの多さに、『もっと身近に茶道を!』という、裏千家の願いを感じてしまいました。

また、雑誌、婦人画報で連載していた 『壇ふみの茶の湯はじめ』 が大好評で重版なのだそうです。
そして、その婦人画報の3月号のコンテンツには、『茶の湯のいろは』。
お茶、人気なのですね。


写真では、分かりにくいでしょうか?
【柳櫻園茶舗】の、かりがねほうじ茶 『香悦』です。
鳥獣戯画が描かれたパッケージが好評で、そのお味も確かな、人気のほうじ茶です。

【鳥獣戯画】は京都にある高山寺で保管されている猿・兎・蛙などの動物が擬人化して描かれた絵巻物ですが、日本最古の漫画だと言われています。
【柳櫻園茶舗】さんの、包装には、この絵巻物のお馴染みの絵柄が使われています。

さて、ほうじ茶ですが、茎部分の多い、葉部分とのブレンドのほうじ茶です。
茶葉を見ると焙じた色は、緑がかった茶色。
茎も緑のものが見られます。
普通のほうじ茶は、見た目、茶色ですから、これには、美味しさ秘密が隠れていそうです。
同じ【柳櫻園茶舗】さんのほうじ茶 『金』 は、比べると全体的に茶色ような気がします。
茎がほとんどで、葉部分はないようです。

お湯を注ぐとすぐに、香ばしイイい香りがします。
淹れたお茶の色は、普通のほうじ茶のやや薄めの茶色です。
お味は、繊細で上品です。

焙じた香ばしさは勿論、豊かでお茶本来のいい香りがします。

ほうじ茶は、1杯目でほとんど出てしまって、2杯目以降は香りのないものになってしまうものが多い中、2杯目も十分に楽しめます。

とにかく店員さんも、こちらの『香悦』は、いただいてみれば、その違いを美味しさで確認できると、おっしゃいます。
その名『香悦』が示すということでしょうか。

パッケージの楽しさだけでなく、中身にこだわり、ネット販売をしないその精神、好感度が増すばかりです。

それを求めて買う喜び、東京では、新宿高島屋、催事中の新宿伊勢丹、乃木坂、新国立美術館などで、味わうことができます。


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