緑深くなった代々木公園です。


都会のサンクチュアリ、代々木公園。
木の下でも、あぢい!

 
うちのこ達も、この湿気には、うんざりデス。
でも、ここは、木陰がたくさんあるし、土はなぜか野生が騒ぐ様子。
楽しい笑顔デス。

 
でも、夏の暑さに弱いこの犬種のわんちゃんは、ドッグラン横の専用水道で、水浴びをしていました…。
その姿にカメラを向ける飼い主さん。
最初は、”あちゃ〜”という困り顔でしたが、「あ〜、気持ちええ〜」と、恍惚のお顔でした。

 
日本では、旧暦6月水無月(みなづき)と呼び、現在では新暦6月の別名としても用います。

水無月の由来には諸説あり、文字通り、梅雨が明けて水が涸れてなくなる月であると解釈されることが多いのですが、田植が終わって田んぼに水を張る必要のある月「水張月(みづはりづき)」「水月(みなづき)」であるとする説も有力であるということです。
他に、田植という大仕事を仕終えた月「皆仕尽(みなしつき)」であるとする説、他にも、水無月の「無」は「の」という意味の連体助詞「な」であり「水の月」であるとする説などがあるということです。

また、梅雨時の新暦6月の異称として用いられるようになってからは、「梅雨で天の水がなくなる月」「田植で水が必要になる月」といった解釈も行われるようになったようです。

630日は【水無月】を食べる日です。

京都では1年のちょうど折り返しにあたるこの日に、この半年の罪や穢れを祓い、残り半年の無病息災を祈願する神事「夏越祓(なごしのはらえ)」が行われます。
この「夏越祓」に用いられるのが、6月の和菓子の代表ともいうべき【水無月】です。
早いところでは、6月の初めから店頭に並び、この神事とは関係なくいただくことができるようになりました。

【水無月】は白の外郎生地に小豆をのせ、三角形に包丁された菓子です。

室町時代、幕府や宮中では、旧暦61日を「氷の節句」といって、御所では、「氷室(ひむろ)」の氷を取り寄せ、氷を口にして暑気を払っていたそうです。

「氷室」とは冬の氷を夏まで保存しておく所のことで、昔の冷蔵庫のような場所ですが、京都の北山には「氷室」という名の場所があり、その昔、この北山の氷室から宮中に氷が献上されたと『延喜式』に宮中では、氷室の氷の解け具合によってその年の豊凶を占ったといいます。

当時は氷室の氷を口にすると夏痩せしないと信じられ、臣下にも氷片が振舞われたようです。
しかし、庶民にとっては夏の水はとても貴重で、ましてや氷など簡単に食べられるものではなかったため、宮中にならって氷をかたどった菓子が作られるようになってできたのが【水無月】だということです。

水無月の三角形は暑気を払う氷室の氷片を表したもので、上部の小豆は悪魔払いの意味があるといいます。

世田谷千歳船橋にある”東宮”さんの【水無月】は、程よい大きさ、程よい甘さで、とてもいいお味でした。
小豆もこっくりと艶があり、粒の食感も柔らかず、固からず…。
ういろうの口当たりもなめらかでとっても美味しゅうございました。

青山菊家さんの水無月


お稽古のお菓子、急遽変更になりました。
”水無月”、そして”ほおづき”を予定していたのですが、先生がご法事で、おもたせとしていただいたそうで、今回の登場となりました。
田舎のお菓子?ちょっぴりそんな風にも思いました。
先生はこのお菓子を、 とんねるずさんの木梨憲武さんが、紹介して人気となり、朝早くから並んで入手したのだと言って渡されたそうです。


調べてみました。

愛知県の稲沢市の松屋長春さん。

こちらの名物、羽二重餅は、2007年、「とんねるずのみなさんのおかげでした」のお土産ベスト20で見事2位に選ばれたそうです。
このお餅は、番組に出演した高嶋ちさ子さんがお土産に持って来たとかだそうで、また、神田沙也加さんは、「レ・ミゼラブル」の名古屋公演の時に初めて食べて、とても美味しかったので、と、おめざに選んでいたという、芸能人人気で、加熱した和菓子なのだそうです。

羽二重餅(はぶたえもち)は、手に取っただけでつぶれてしまいそうな柔らかなお餅の中に、丹波の大納言小豆の粒餡がたっぷり入っている和菓子です。

着物好きで私の成人式の振袖を着付けてくれた下町育ちの父が、羽二重という言葉をよく使っていたので、とても懐かしい気持ちになりました。

羽二重は、日本を代表する絹織物であり、『絹の良さは羽二重に始まり羽二重に終わる』 といわれています。
やわらかく軽く光沢のある布で、白く風合いがとてもよいことから、和服の裏地としては最高級のもので、礼装にも用いられるといいます。

その様を、お菓子として形にしたということなのでしょうか?

6月27日にいただいたこの日のこの羽二重餅、焼印は半円形を三重に重ね、波のように反復させた青海波(せいがいは)でした。
水無月を意識したものだと思います。

つくしの焼印のものが写真で出ていたので、月変わりか?季節変わりなのかと想像します。

調べたところによると、2007年から3年経過した今も、その人気は衰えることなく、朝7時に配布される整理券を求め行列になるといいます。

1つ、241円。
美味しさからいうと、お安い感じがいたします。
口当たりも滑らかで、餡もさっぱり。
お抹茶にもよく合いました。

絹を用いた場合、光絹(こうきぬ)とも呼ばれる羽二重の名前にひけをとらない高級な印象も受けました。

松屋長春

住所      愛知県稲沢市小沢3−13−21
TEL       0587-32-0253
休業日     月曜日
営業時間    8:00〜19:00 


台子は、南浦紹明が入宋して法を受け、帰朝の際、風炉皆具一式と共に、筑前の崇福寺に伝えたのが始まりだそうです。
その後、この皆具が、京都紫野大徳寺に贈られ、一休宗純から村田珠光が台子の法を嗣ぎ、この台子によって初めて点茶式方が組み立てられたそうです。

さらに幾代か経て、紹鴎から千利休に至って、台子による茶の湯が完成させたということです。

その後考えられた数々の点茶方法は、すべてこの台子の式法が根本になっているそうです。
この台子を元として、様々な棚物が作られ好まれてきたといいます。
長板も台子の地板を元にしてできたものだということです。

真塗を基本として、及、爪紅、竹、高麗などの台子があるそうです。
台子には、風炉釜、水指、杓立、建水、蓋置を荘るのを原則として、総荘します。
杓立には、差し通しの柄杓と荘り火箸を入れて用います。

この日、お借りした台子は竹台子です。
釜は、富士釜を選びました。

そして、総荘の際、天板に置かれた棗は、芦二蛍蒔絵です。
季節を愛でたことはもちろんですが、ホタルの意匠、とても豪華でした。


上の写真は、茶碗を持って入り、水指前に置き合わせをした時のものです。

台子のお点前はこちらから。


お稽古をさせていただいているお茶室は、お道具もお借りできるのですが、お軸もその一つです。
順番に違うお作品を、一つずつと思っているのですが、今まで、お借りしていた掛け軸は、禅語のものばかりでした。
今回はというと、「三級波高魚化龍」 香林書というお軸でした。

三級波高魚化龍(さんきゅう なみたこうして うおりゅうとかす)
これは、一行書として書かれる、お言葉でした。
中国の夏王朝を開いた禹が、黄河の治水をした際、三段の瀧ができ、これを登る魚は龍になるという故事より、転じて鯉のぼりや登竜門という言葉が生まれ、立身出世の志を表しているのだそうです。 

前回、茶の湯の掛物は、茶席のために書かれたものの他、そうでないものでも茶会の趣旨に適っていればかけることができるのだと、軸の種類などを含め紹介いたしました。
大別すると書、画、書と画が一緒になった画賛の三種。
今日のお軸は、画賛かと思っていましたが、そうではなさそうです。

この言葉は、男児の節句にぴったりなのだといいます。
転じて鯉のぼりというところから、そういうことになるでしょう。
立身出世、男子の望むことでもあります。

「登竜門」 の 『竜門』とは、黄河上流にある竜門山を切り開いてできた急流のことで、その竜門を登りきった鯉がいるならば竜になるということですから、険しい道も切り開いていけば、何者かになれるという意味にもとれますでしょうか?
この日に選んだお軸もこういう解釈でしたら、不適切ということもなさそうです。

 
先生が可憐に籠に活けてくだった花は、シモツケ、アスチルべ、春咲き秋明菊です。

シモツケは、下野の国(栃木県)に多いからということでこの名前になったそうです。
五弁の小さな花がたくさん集まっている花で庭木としても栽培されています。
アスチルベは、ギリシア語で「輝いていない」という意味だそうなのですが、一つ一つの花は小さいけれど、その形態は特徴があり、変化のつけやすい花材のような気がいたします。
春咲き秋明菊の名前の由来は、花の姿が秋明菊(キンポウゲ科、イチリンソウ属)に似ていて、春に咲く事から名づけられたそうですが、北アメリカの湿潤な草原に生える多年草で、現地ではメドウ・アネモネ(別名:カナダ・アネモネ)と呼ばれているそうです。

先生がご持参してくださった香合
今年の干支。寅が描かれています。
エスニックな民芸品は、蔽と通風を両立させた簾戸に様変わりした、風炉の茶室には似合いの茶道具という印象がいたしました。
夏の佇まいに、いい雰囲気です。


私の植物への関心を膨らませてくださる師。
またまた、素敵なお花を教えてくださいました。
もう終りかけでしたが、一輪、写真に収めることができました。

【松本仙翁】 というお花です。

師曰く、このお花に出会いがないのよね〜と言っていたその日、二子玉高島屋のグリーン館で見つけたそうです。
花は、もう終りかけもあったのですが、翌年また楽しめると、その降ってきたような出会いに胸躍らせたといいます。
そのくらい、観賞用としての販売がないということです。

こんなことも言っておられました。
花の形が歌舞伎役者の松本幸四郎の紋所(四つ花菱)に似ていることからマツモトセンノウと名付けられたと…。

私自身は、前日、以前ブログで紹介した【もっと知りたい戦国武将】という本で、戦国武将たちの家紋について、ふふ〜んと思っていたこともあって、なんだか師と同じように呼ばれた感を抱きました。
この夏に出会った、忘れられないお花になりそうな、そんな予感でした。

庭園に植えられる多年草だそうです。
原種は阿蘇山の草原に生えるツクシマツモト(筑紫松本)であるといわれ、
京都・嵯峨の仙翁寺(せんおうじ)で最初に見いだされたセンノウ(仙翁)というナデシコ科の植物があり名付けられたということです。

九州の阿蘇に自生する花は、絶滅が危惧され、園芸店などで見られる花は、改良されたものだそうで、花色は赤、白、桃、縞花などが存在するそうです。

花径3cmほど。
花弁の先は細かく、不規則に切れ込んでいます。
ハート型にも見えます。
草丈は40cmくらいでしょうか。
結実した後に、種子を採取し蒔けば、翌年花が見られるそうです。



「東京駅」変わりましたね〜。
三菱一号館美術館をめざしていましたが、どうせ東京駅をアクセスするならば、構内に3月末にオープンした“エキナカ施設”【ecute(エキュート)東京】 に寄って行こうと思いつきました。
でも、私の知っている東京駅と違う。(^_^;)
まず「銀の鈴」が見当たらない…。
というよりも、あまりの変貌ぶりに、頭がぐるぐるしました。

すべて回るとは考えないで、テレビでスポットを当てていた、サウスコートへ向かうことにしました。
手土産にぴったりなものを集めたスウィーツ、デリ、雑貨等のショップが出店していました。

入ってすぐにある「ニッコリーナ」で、ひっかかってしまい、本来の目的を見失ってしまいそうになりました。
大好きな和雑貨の比重が高く、お買い物モードになりそうに…。。。

「つばめグリルDELI」でも、大好きハンブルグステーキがこんな弁当ボックスにぃ〜と、その可愛らしさにも足が止まりました。
つばめグリル世代のおじ様、8個のランチボックス予約をしてらっしゃいました。

さて、ぐるっと見て回ったし、と、思った瞬間。
あ〜あ、そうだった、この味を試してみたいと思っていたんだ。と、その存在に気づき…。
「あれ?行列必至じゃあなかったっけ??」「このくいらいなら、買いだな」と前4人のお客様の後ろに並び、待つこと2分。
Getしました。【室町 半熟カステラ】
他にも手土産にぴったりなキュートなキューブ型のカステラがありましたが、今日はコレ。

「ふわふわ」、「しっとり」、「とろ〜り」と、味わうほどに幾つもの顔を魅せるカステラだと聞いていましたけれど、見た目はベークドチーズケーキ?

上白糖、三温糖、和三盆糖の三種の砂糖と塩をきかせ、真ん中が半熟状に残るよう火加減を微妙に調整して焼き上げたと言いいます。

ねっとりしています。
賞味期限は購入日の翌日まで。
半熟ですからね〜。

想像と少し違いました。
私、幼い頃から、お菓子作りしていて、失敗も重ねているので、脳みその片隅に生焼けのケーキの味、沁み込んでいるようです。
その味、感触でした。

でも、同居する80歳の義母には好評でした。
その日、おすそ分けした60代、70代のご婦人にも…。

玉子の風味がプリンをイメージさせるのか?
黄味しぐれに近い和菓子の感覚か??
ソースのようなトロッとした口当たりは、新食感。
オールドエイジには、好評を得るお味のようです。


三菱財閥が密接な関係であったジョサイア・コンドル氏設計の丸の内最初のオフィスビルを忠実に復元したという【三菱一号館美術館】。
4月6日のオープンに日から、行きたい気持ちはあっても、なかなか足がむきませんでした。
この美術館がオープンするにあたってチョイスされたのは、「マネ」。
このところ、日本の古美術ばかり観ている私は、その印象派の絵に、心が揺さぶられず…。

最近、「龍馬伝」で、三菱の創始者、岩崎弥太郎氏にスポットがあてられ、同じジョサイア・コンドル氏が設計されたという古河庭園や旧岩崎邸は、はとバスのツアーにもなって人が押し寄せているといいます。
コンドル氏の作品の中でもっとも有名なのは、鹿鳴館ですが、残念ながら現存していません。
三菱一号館は、1894年に竣工した丸の内最初のオフィスビルで、丸の内にはこれに倣いと、煉瓦造の建物が続々と立ち並んだそうです。
しかしながら、1968年丸の内の高層化再開発が進む中で解体されそうです。なんとも悲しいお話です。
高度成長期の時代は、古き良きものを存続するという思考が欠如していたのでしょうか?
ヨーロッパでは、100年200年前の建造物が現存するのに…。

東京駅があまりに変わってしまい、地下にいては様子もわからぬと地上にあがって見ましたが、これまたランドマークの東京駅はすっぽりと布に覆われていました…。

確かこのあたりが三菱が立ち並ぶエリアと半信半疑ながら歩みを進めていきました。
私、お恥ずかしながら、丸の内ブリックスクエアなるもの、できたことも知りませんでした。
下の写真は、そのブリックスクエアですが、中庭が美しく、オープンテラスのカフェ、バターで有名なエシレのショップ、ロブションのパティスリーなどがあり、とても美しい、お洒落な空間でした。



イギリスのクイーンアン様式の外観を持つレンガ造の建築物は、COACHのブティックの前を通り過ぎるとまもなくありました。
昨日、20万人突破という煽りも受けてか、人気のようで、ご案内の看板を持つ係りの方々も忙しそうです。

  
夜間はライトアップされ、復元された明治時代のガス灯10基が点灯するそうです。
ココはどこかと、時間が止まったような感じが一瞬いたします。
チケット売り場、入り口は、この奥、上の写真、ブリックスクエア中心部にあります。
通路が狭く、チケット売り場がドラマチック。
映画に出てくるような、欧米の銀行窓口のような佇まいです。

雰囲気は一気に盛り上がりますが、このマネを公開するにあたってのスペースとして、いかがなものなのかという疑問が湧き起こります。

中はこんな感じ。
通路の廊下天井です。

三菱一号館美術館は、元々がオフィスビルとして設計されたものでした。
今ある美術館のような広い空間は少なく、小さい部屋がいくつも連なっています。
せめて、庭園美術館のような天井の高さがあったら、息苦しさもなかったかもしれません。
そもその絵画はこうした狭いスペースに飾られるものかもしれませんが、関連のエッチングや、写真が私にはうっとおしく感じられ、見て回るうちに、再現された、新しい暖炉や、設えが、チープに思えて仕方ありませんでした。

最初にエレベーターで三階に上がりましたが、順路で、階段を降りて2階へと行くように導かれています。
階段の部材が、保存部材を使われているようでした。これを見せたいが為か?
そう思うと、高齢者にはキツい階段を使わせる点についても、観る側の立ち位置を考えたものなのか?疑問に思いました。

作品自体を見せる照明や配置については、、“作品の保護”と“快適な鑑賞”という2つの条件を満たすため、2種類の光源を持つ最新の光ファイバー照明システムが使われているということが、充分に感じられました。
マネの作品の特徴である黒の美しさ、油絵が醸し出すリアル感が、美しく心に伝わってきました。

今回、最も印象的だったのは、「死せる闘牛士」でした。
この絵は大きなキャンバスに他に闘牛士や、闘牛が描かれていたそうです。
酷評をされたマネがそれを、上下2つに切断してしまったのだそうです。
そんなエピソードは違った冠がついて面白いものです。

もっとも注目されているベルト・モリゾが描かれた数点は、彼女の持つ魅力を感じられる作品たちでした。
小道具にもこだわったというマネですが、そのプロデュース能力は、絵の持つ効果をまさしく印象的にしているように思いました。

カフェ「Café 1894」
素敵です。
ここでお茶をする。
次回の課題です。
次回は三菱と岩崎家のコレクションということですが、どんな趣味をお持ちだったのか?興味がそそります。

また、このマネ展に、多くの貸し出しをした、休館中のオルセー美術館の作品たちが、新国立美術館では、「ポスト印象派」として公開中です。
生ゴーギャン、観に行きますか〜。


日本橋三越”菓游庵”へ行った際、買い求めたうちのひとつ。
日持ちするお品です。2週間以上大丈夫のようです。

ネーミングが可笑しい。
粋な【黒べい】 と、言います。

今日ではほとんどみかけなくなってしまった赤坂料亭街の黒塀。
そんな懐かしい情景を偲んで菓子にしました。
と、パッケージに書かれています。

赤坂もそうですが、神楽坂など坂の多い場所には、この黒塀が今でも見れるところがあります。
塀の向こうの神秘的な世界、本当に、粋な世界感が広がっているような感じがします。

♪春日八郎さんの お富さん♪
「粋な黒塀 見越し〈塀越しに見える松〉の松に婀娜(あだ)な姿の 洗い髪
死んだ筈だよ お富さん生きていたとは お釈迦様でも知らぬ仏の
お富さん」
この歌を知っていること自体、御歳が知れてお恥ずかしいですが、
歌舞伎の「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」と云う演目の
一場面を唄った歌なのですよね。


赤坂青野と言えば、高級なイメージで、この界隈の御用達菓子処として有名です。
看板商品のきなこ餅「赤坂もち」。
風呂敷包みのこのスタイルは青野さんが元祖だそうです。

このお菓子は、初めていただきました。
説明に、胡桃(くるみ)入りの黒糖カステラを羊羹で包み、グラニュー糖コーティングしたお菓子と書いてあるので、ぐにゃりとした食感をイメージしていました。
違いました。
胡桃入りのカステラは、香ばしくしっとりとして、こくのあるお味。
羊羹は、中のカステラとの相性を計算してあるようなソフトな食感です。
軽い甘さで、まぶしてあるグラニュー糖も、しゃりしゃりした食感が、アクセントになっています。

横が9cm。縦が3cmの一口サイズ。
お茶受けにもぴったりです。

気に入りました。


藤です。
ほとんど毎日歩く、犬の散歩道である、経堂、農大通り近くの緑道の藤棚です。

6月の初め、このブログでミモザの実をご紹介いたしましたが、藤のこんな姿を見るのは初めてでした。

5月9日は、藤の花はこんなでした。↓


フジ)というと、種類はいくつかあるようですが、日本では、一般に、ノダフジを指しているようです。
この名は、藤の名所であった、大阪市福島区野田にちなんでいるそうです。

新緑が目にまぶしい頃、山では時折、木々に紫色があることを発見します。
山藤です。
この山藤は、左に蔓が巻いているそうです。
だいたいが、他の木に巻きついて、その姿をアピールしています。

野田藤は右巻きだそうです。

マメ科の蔓性の落葉木本だということなので、一番上の実の姿は、当然といえばとうぜんの姿なのでしょうが、最近は鑑賞用として、花後、剪定することが多いので、実がならない場合が多いのだと推測します。


大きさは、さやいんげんの長さ。スナップえんどうの太さといえば想像がつくでしょうか?
産毛が銀色に光ってきれいです。

ポリフェノールが含まれ、食用にしていたこともあり、江戸時代には貴重な糖質として重宝されたそうです。
蔓もまた、雑貨や家具、布、紙の材料としてだけではなく、食物繊維が大量に含まれ、ポリフェノールの含有量は、69.8g/100gという多さで、お菓子の材料とし用いられ、生活習慣病の改善に有効な働きをするといいます。


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