赤坂迎賓館、一般公開が始まりましたね。
機会があったら行ってみたいと思って調べていると、クリスマス時期だけのライトアップがあるとの情報を得てしまいました。
ダメもとですが友人と24、25日でエントリーしてみましたところ、友人が当選しました!lucky!!

夜は出歩かないんで、常がどうなのかはわかりませんが、塀の中のおとぎの世界、夜もきらびやかで美しい光を放っていました。

オテルドミクニや学習院初等科のある方角、西門から入場します。
セキュリティチェックを受けまして、チケット1,000円を購入。

外回り正面玄関を拝見します。

迎賓館となる前は、離宮であった贅をつくした館は、やはり宮殿でした。

こんな経緯がわかりました。
東京の元赤坂にある現在の迎賓館の建物は、東宮御所として1909年(明治42年)に建設された。
鹿鳴館などを設計したお雇い外国人建築家ジョサイア・コンドルの弟子にあたる宮廷建築家片山東熊の設計により、元紀州藩の屋敷跡に建てられた。
しかしそのネオ・バロック様式の外観があまりにも華美に過ぎたことや、住居としての使い勝手が必ずしも良くなかったことから、皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)がこの御所を使用することはほとんどなかった。
嘉仁親王が天皇に即位した後は離宮として扱われることとなり、その名称も赤坂離宮と改められた。

1924年(大正13年)、大正天皇の皇子・皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)と良子女王(後の香淳皇后)との婚儀が成ると、その後の数年間、赤坂離宮は裕仁親王一家の住居たる東宮御所として使用されたが、裕仁親王が天皇に即位した後は離宮として使用されることも稀になった。

終戦時には高松宮宣仁親王が昭和天皇に、皇居を出て赤坂離宮へ移り住むことを提案したが、天皇は使い勝手が悪く経費がかさむとして拒否している。

第二次世界大戦後、赤坂離宮の敷地や建物は皇室から国に移管され、国立国会図書館(1948〜61年)、法務庁法制意見長官(1948〜60年)、裁判官弾劾裁判所(1948〜70年)、内閣憲法調査会(1956〜60年)、東京オリンピック組織委員会(1961〜65年)などに使用された。

その後国際関係が緊密化して外国の賓客を迎えることが多くなり、またそれまで迎賓館として使用していた東京都港区芝白金台の旧朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)は手狭で随行員が同宿できないといった支障があったため、1962年(昭和37年)に当時の池田勇人首相の発意によって新たに迎賓施設を整備する方針が閣議決定された。

これを受けて、池田及び池田の後継として1964年(昭和39年)に首相に就任した佐藤栄作の2代の政権下で政府部内で検討を重ねた結果、『旧赤坂離宮を改修し、これを外国賓客に対する迎賓施設に供する』ことが、1967年(昭和42年)に決定された。こうして5年の歳月と108億円(工費101億円、内装費7億円)をかけて、本館は村野藤吾、和風別館は谷口吉郎の設計協力により、田中角栄政権当時の1974年(昭和49年)3月に現在の迎賓館が完成した。

新装なった迎賓館に迎えた最初の国賓は、1974年11月に現職のアメリカ合衆国大統領として初来日したジェラルド・フォードだった。
(Wikipediaより)

菊の御紋見えますか?
様式はネオバロックですが、桐と菊は各所で目にすることになります。
こちらは、3つある正面玄関の中心にある扉で菊はここだけでした。

残念ながら館内は写真、NG。
(パンフレット写真より)
【彩鸞の間】
その名は、左右の大きな鏡の上とねずみ色の大理石で造られた暖炉の両脇に「鸞」(らん)と呼ばれる霊鳥をデザインした金色の浮彫りがあることに由来するそうです。

【花鳥の間】
その名は、天井に描かれた36枚の油絵や、欄間に張られた錦綴織、壁面に飾られた30枚の楕円形の七宝などに花や鳥が描かれていることに由来するそうです。

周囲の腰壁は茶褐色のシオジ材で板張りしてあり、その壁の中段を飾るのが七宝で、下絵は日本画家の渡辺省亭が描き、明治期の七宝焼の天才・涛川惣助が焼いたものだそうです。

【羽衣の間】
白い天井と壁は金箔が施された石膏の浮彫りで装飾され、10枚の鏡が部屋を広く見せています。
この部屋は、雨天の際に歓迎行事を行ったり、レセプションや会議場等として使用されており、また、晩餐会の招待客に食前酒や食後酒を供するところでもあるそうです

【中央階段】
正面玄関から続く階段は実に見事でした。
フランス産の赤い大理石の壁の美しさにため息が出ました。

【2階大ホール】
周囲の16本の円柱はノルウェー産の大理石で、壁には、京都西陣の金華山織の美術織物が張られ、床には、紫色を基調とした47種類の糸を使い分けて桜花を織り出した緞通が敷かれています。

【朝日の間】
その名は、天井に描かれた「朝日を背にして女神が香車を走らせている姿」の絵に由来するそうです。

クリスマス@赤坂迎賓館、とても素敵でした。
点灯された各部屋のシャンデリア、素晴らしかったです。

六本木ミッドタウン

この日の東京タワーはレインボー。

六本木ヒルズけやき並木は今年も綺麗!
クリスマス2015@六本木ヒルズ

今年のミッドタウンは

こんなツリーがありました。

クリスマス2015@ミッドタウン


食事前、新しくできたアトレ2をぶらりとした後、恐ろしく久し振りに恵比寿ガーデンプレイスまで足を伸ばしましたよ。
この季節ですから、こちら名物、バカラです。
大好物のイルミネーション。
お昼間ですが、これもまたよろし、
宇宙ですねー。

だ、そうです。

ゴージャス!

ファービラス!

このアプローチがまた素敵ですよね。

嗚呼、私の青春でした。ここ♪


友達と待ち合わせ。
今日は明治神宮を目指しながらおしゃべり。

鳥居前で打ち合わせ。
私のようにフラフラしない友人、いつ来たかも記憶がないと…。
しかし、忘れておりました。
本日は晴天なり、いえいえそうではなく、日曜日でした。
もちろん、外国からのお客さまはわんさか、そしてやはり日本のお客さまもたくさんおられました。

結局、ライターの友人曰く、清正の井はもはやパワースポットではないと言いますし、菖蒲も咲いていないので、井へのコースはチョイスしませんでした。
私も行先を提案するにあたり調べましたところ、清正の井、雨の日、そして午後はNGなんだそうです。

外国からのお客さま、こういう儀式、やはり興味があるようです。
いいお手本になるようにきちんとしなければいけませんね。

日曜日だからこそ、素敵な出会いがありました。
綿帽子姿のお嫁さん。

角隠し姿のお嫁さん。

神宮の森の中の彩り。

参拝を済ませた後は、今回の展示の後、耐震工事のため2020年まで閉鎖されてしまうという宝物殿に向かいました。

参宮橋からのアクセスが近い宝物殿前。
素晴らしい景色がありました。

ここは穴場だと思いました。

宝物殿。
歴代の天皇の肖像画があります。
明治天皇に関するものがあります。
けれど、皇室語が多いためとても難しい。
今回知ったこと。
明治天皇は、側室の子であったこと。
皇室の問題、今色々ありますが、以前からこういったことはあったわけですね。
確かラストエンペラーもおそとのお子でした。

明治神宮2014

開運の神社仏閣


近頃のワタシ、めっちゃ調子悪いんです。
それも1月からなのに、長雨のせいもあってか?
痛みがまた酷くなってしまいました。

で、今日はそんなアタシを気の毒に思った先輩が紹介してくださったところへ治療に向かいました。
処は三鷹。施術後、きれいだなと思った場所をぱちり。

玉川上水緑道。
延々と繋がっているのですね。
いつか歩いてみたいなぁ〜。

調子が悪いのに、「なにやってんじゃい」
なのですが、
三鷹まで来たならば行きたい場所がありました。
立川。

立川、変わりましたね。
20代の頃、こちらに月2くらい来ていました。
駅ビルと、ISETANと昭和記念公園くらいしか印象にないのですけど、
時の経過というもんですね。

これは、多摩モノレール、
中央高速を走るとよく目にしていましたけど、立川は通過地点ですか?

あら〜、綺麗な遊歩道。
駅前からのアクセスもターミナルの貫禄がありました。
しっかし変わった。
外国からの観光客が宿泊して人気というのもなんとなく合点がいきました。

きゃ〜、この景観、いいなぁ〜♪

これがモノレール。
ららぽーともこれで行けるの?

今日の目的地はここ。
思いっきり楽しみました。


馬事公苑は我が家から徒歩20分。
義父が目黒に入院中は、この辺りまで歩いて1日おきにバスに乗って通ったものです。
農大の脇は桜並木が綺麗で、犬との散歩で何度も歩きました。
経堂に越して13年、それなのに馬事公苑へ入ったことがありませんでした。
何故って、お馬がいるところですら、犬が一緒だと入苑できないのです。

今日は用賀まで出向く用事があったので、思いついて行ってみました。
正面玄関。
この前のケアキ並木では市がよく開催されるので立ち寄ったりするのですが、この前でいつも想像するばかりでした。

苑内は、このような構成。
JRA(日本中央競馬会 ) が運営する馬事普及の拠点なんだそうで、
1940年の第12回東京オリンピックに向けて日本の馬術選手を育成する目的で開設された歴史ある場所。
同大会は日中戦争の影響で中止となったそうですが、第18回東京オリンピックでは馬場馬術競技の会場となっています。

石碑には、「騎道作興」(きどうさっこう)
「百錬自得」(ひゃくれんじとく)
「人馬一如」(じんばいちにょ)
の苑訓が。

右回りに歩いてみます。
誤算。
走路が苑内ぐるりとあって、横断して歩みを進めることになるのですが、歩きにくいやら靴は汚れるわ、でした。

乗馬する姿は美しいですね。
八ヶ岳で1週間乗馬経験があるのですが、おしりに信じられないあざができまして、乗馬は難しいスポーツだと実感しました。

オリンピック記念の石垣だそうです。

江戸城の石垣を移築。
大名の責任を明らかにするために彫られたしるしが面白いです。

馬の走る美しさは馬場の背景もあってこそ?
グラスアリーナと夏空。

目指すは日本庭園。
武蔵野自然林。

今、花の姿はありませんが、サンクチュアリの中、綺麗な蝶に遭いました。

しばらく前までいたおしどりの白鳥は、京都競馬場へと行ったそうです。

またまた走路。

きゅう舎。

至るところで、お馬さんに遭遇。

メインアリーナ。
関東における主要な馬術競技会場となっているそうですが、
2020年の東京オリンピックでの競技で使われるのでしょうか?

また愛馬の日(秋分の日)では流鏑馬などの伝統馬事芸能や横鞍や軽乗演技の供覧などもあるそうですので、また機会があったら来てみたいと思います。

馬事公苑


今日は東慶寺にての月釜に参加させていただきます。
その前に円覚寺の少し先、明月院に向かう線路沿いにあります【古民家ミュージアム】に立ち寄ります。

本日はこういう催しもの。
琉球布の宮古上布や芭蕉布は、気の遠くなるような手間暇をかけられて織り上げられた布。
見かけは奥ゆかしい風情ですが、とても高価なものでもあります。

不老門をくぐりました先に古民家があり、展示がありました。
ミュージアム内を歩いて上を見上げたり、窓枠から見える景色を楽しんだりするのも魅力的でした。

東慶寺は緑の山の中。

お庭のお花を愛でるもよろし。
ムラサキシキブ♪

萩も咲いておりました。

北鎌倉古民家ミュージアム


以前中村屋美術館が出来てまもなくの時、中村彝氏のアトリエが目白にあるというので、訪ねてみたいと思っておりました。

中村彝という画家に興味を持ったのは、夭折してしまったのにも関わらず、残された作品はレンブラントやセザンヌを研究して描かれたという高い評価を受けていることや、
当時、パトロンとして多くの芸術家のための中村屋サロンに出入りしていた頃に知り合った中村屋の娘と恋仲になって、その最中ヌードを描いていたことで、中村屋の相馬家との確執があったということがとても印象にありました。

アトリエは、関東大震災や戦火の被害も受けずに現存する貴重な建築物で、
代表的な作品は、レプリカで観ることが出来ます。

北側の天窓は、大正期にはめずらしく、当時のあこがれであった西欧のアトリエというスタイルではなかったかと想像します。

アトリエの前の庭も美しく、あたりの教会や『聖母病院』ケーキショップ『エーグルドゥース』を覗くのもお薦めです。

中村彝アトリエ
〒161-0032 東京都新宿区 下落合3丁目5−7
03-5906-5671


三井記念美術館に魯山人を観に行ったんですね。
三越前ですから、重文になった三越を見ようと、つれを誘って、そういう目で眺めてきました。

文化庁は5月20日、東京・中央区の三越日本橋本店の建造物を重要文化財に指定した。
「我が国における百貨店建築の発展を象徴するものとして価値が高い」と評している。
と、記事には書いてありました。

外観も立派ですが、やはり正面玄関は素晴らしい!

アール・デコ風の華やかさですし、キラキラ感が、特別な場所に入り込むという印象です。

中央ホールの天井はステンドグラスです。
オペラハウスか劇場の雰囲気です。

賛否両論ありますが、日本橋三越のシンボルです。

ホールは回廊になっているところと天井の高さが魅力ですね。
指定された特別食堂を覗きますが、ランチタイムには特別なお値段設定なのでスルーさせていただきます。

指定の三越劇場、私昨年の8月伺っているのですが、レリーフ、ステンドグラス、建設当時の豪華さが、今でも見れます。

クラシカルなエレベーターもまた魅力的ですが、屋上に上がります。
これが、金字塔です。

面白いのはこちら。

壺の中から出てきたという白狐お稲荷さま。
三國(みめぐり)神社。
こちらは重文ではありませんが、
デパートの屋上にあるというのが珍しい。
お詣りしましょう。

神社の中には大黒天もあります。
▲日本橋三越の歴史再発見▲

日本橋三越内やコレド室町をぶらりと見て回って、ランチ先に選んだのが
コレド室町1 一階の【カフェ エメ・ヴィベール】

軽く友達とランチにはいいと思いました。
友達は、"クロックムッシュ"を。

私はチキンのオーブン料理バジルソースをいただきました。
白いんげん豆も入った野菜たっぷりのお料理でした。

「古き良きパリ・カフェを日本橋で再現する」という店内は、通りに角にちょうどあって面していて雰囲気があります。


少し歩いて、並びにある浄智寺に向かいます。

身を清めるための意味でしょうね。
今は飲めないそうですが、甘露の井があって鎌倉十井のひとつだったそうです。

総門には『寶所在近』と書かれています。
「宝物は近くにある」という禅の言葉で、無学祖元が書いたと伝えられているそうですが、修行中のお坊さんたちへの「がんばって修行を積めば、意外と早く悟りに到達できる」というメッセージなのだそうです。

鎌倉石の石段は、映画『武士の一分』の新之丞(木村拓哉)の妻・加世(檀れい)が墓参りに訪れるシーンの撮影にも使われたそうです。

鎌倉の古寺にはこのように鎌倉石を使った石段が多いそうですが、今はもう採掘できず修復は困難になっているそうです。

はじめに迎えてくれた花は、白鷺のようなシランでした。

1679年建立の二階が鐘楼という珍しい山門。

ゆえに鐘楼門といい、
中国のお坊さんから学びながら建てられたので、宋風様式です。

本堂のご本尊は、阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒如来の三世仏で、過去、現世、未来の三世に渡って願いを聞いてくださる有り難い仏様。
本堂の名が『曇華殿』といって、三千年に一度だけ咲く伝説の花に由来しているというくらい貴重なことなのだそうです。

本堂裏、書院の後ろ姿が美しいです。

高原のような空気感を感じます。

ここにも紫陽花。

やぐらだそうです。
古くは住まいとして、その後墓所として、そして近年は倉庫として使っていたそうです。

昔ながらの井戸。水はある時は当然のようにありますが、だいじ、だいじ。

やはりこちらにも祠(ほこら)がありました。

玉のような姿ではありませんが、鎌倉はやはり紫陽花がどこのお寺も似合います。

時計回りに回遊していくと布袋さまがいらっしやいました。
丘を背負う谷戸は鎌倉の景色の特長でもありますが、自然とともに共存する形は、布袋さまがおられる洞窟で、禅刹のたたずまいというのにふさわしいのでしょう。
お腹をなでるとご利益があるというので、なでさせていただきました。
鎌倉七福神?新しいもののようでした。

書院、茶室を通り、鐘楼門へ出ます。

ムシトリナデシコ?

岩肌に咲くユキノシタ。

ハギでしょうか?鮮やかな色♪

東慶寺と同じ臨済宗円覚寺派で、鎌倉五山第四位の格の高いお寺、とても魅力的でした。


この季節、ちょっと切ない思いがよぎって1人で家にいたくありません。
仕事を予定していましたが、キャンセルになったので、思いついて北鎌倉に向かいました。

5月は大好きな季節ですが、このところ夏のような気温で陽射しがキツい。
でもここは古都鎌倉。足をのばしてよかったと思う景色が目の前に広がっていました。

今日は改札を出て、踏み切りを渡ります。
向かう東慶寺の本山でもある円覚寺やこれから紫陽花客で賑わう明月院、河童のいる建長寺は反対側なので、土曜日だというのに人はまばらでした。

今年の紫陽花、少し早いようですよ。

東慶寺はお寺として以外での発信もいくつかあって、通りに面したところからすぐにギャラリー&ショップがあります。
こちらは山門をくぐる前なので、お寺に用事のない方も気軽に利用できるかたちです。

邪道ですが、感動で忘れてしまわないうちに先にこちらにお邪魔いたします。

大好きな茶箱が、新しい形で提案されている展示会が開催中でした。

このセットを風呂敷に包み、専用バッグに入れて持ち運ぶようです。

東慶寺では月釜が開催されていますが、とても人気で、ホームページにアクセスすると、2ヶ月先までいっぱいです。

流派は武者小路千家のようですが、小山園のお茶やオリジナルのふくさ挟みや数寄屋袋、お菓子などの販売をしています。
この日は、茶箱用のお茶碗がたくさん並んでいて、スペイン風の色付けの茶碗にひかれました。

古くは、さだまさしさんの『縁切り寺』
最近では映画『駆け込み女と駆け出し男』のモデルとなった東慶寺、山門です。

階段を登ると、反対側に円覚寺が見えます。
あちらから望める季節毎のドローン景色、素晴らしいらしいです。

すぐ左手には鐘楼。

やっぱり紫陽花に目がいってしまいます。

参道、気持ちの良い空気が流れていました。

リョウブや

ウツギ。

正面にはお釈迦様。
その奥は、花菖蒲園、
左手の白蓮舎では『風呂敷茶箱をつくる』ワークショップが行われていました。

右側の門をくぐります。

まず目に入る右手の景色。

本堂です。

これはなんでしょう?可憐なお花です。

紫陽花

松岡宝蔵。
宝物は後ほど見ることにして先に進みます。

園覚寺や建長寺のような大寺院とは違い広くはありませんが、逆に沁みいる良さを秘めています。

わぁ、八重のドクダミ、発見しました。
こちらに嫁がれた奥さまは、お料理の本を出版されていますし、
お花にも造詣が深いのだそうですが、
この改良種は奥さまによって植られたのかな〜と、想像しました。

ニワゼキショウ。

井戸は私が小さかった頃に見た形と変わりません。

6月になると本堂裏が特別に解放されて岩肌に咲くイワガラミという花が観賞できるのだそうですが、
こちらイワタバコ、見ることができました。
岩にはりつく山野草、初めて見ました。

このあたりは墓苑ですが、なんと素晴らしい光が集まるところでしょう!

後醍醐天皇の皇女、用堂尼が住職になられてから東慶寺は松ヶ岡御所といわれ、格も上がったそうです。
階段を上がりましたら皇女のお墓がありました。

上からの景色。

このようなほこらのお墓がいくつかありました。

今まで見たことのない墓所、歴史を感じました。

木漏れ日。

宝物館に戻り、今回展示されていた【明月椀】拝見しました。
写真の桜花散螺鈿膳椀は、織田有楽斉が、明月院に寄進したと伝えられている百揃いのうちの何点かですが、他にも鎌倉の名宝と云われる漆絵の作品を見ることができました。

【松岡宝蔵】内はno photo。
写真は、宝物館の裏庭です。

小さなお寺なのに見処満載。
7月、月釜の予約ができましたので、暑い盛りですが、またお邪魔いたします。

◆東慶寺◆
◆東慶寺花だより◆


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