知りませんでした。メアリーブレアさん。
私はアニソンも唄わなければ、アニメフリークでもありません。
そして、ディズニー好きでもないので、本当に初めて耳にしたお方でした。

作品を観て、ウォルト・ディズニーを陰で支えた大きな才能を持つ方がいたのだと、刺激されました。



独特の色使いです。
アニメが好きでなくても、その色彩に惹き込まれます。

また、『カリファルニア・ウォーターカラー』という水彩画が1930年代に誕生したことも知りました。
魅力的な水彩です。

この方のもっとも代表的な作品は、ディズニーを退社してから依頼を受けたとという「イッツ・ア・スモール・ワールド」のデザインだそうです。
そのコンセプトが完成するまで、ディズニーの成功がいかにして誕生するのかということが理解できる、気の遠くなるような過程があることも垣間見ることが出来ました。

子供は勿論ですが、もしかしたら大人にささる展覧会かもしれません。



昨日、白州正子さんに触れたことで、
「そういえば、【武相荘】に行ったことがなかったんだ」と、
思ったら吉日とばかりに、早速出かけてきました。

ネットで調べてみると、昨日触れた正子さんが大好きだったというガラスものや、
”染め”より”織”を好まれたという着物たちが展示されているとのことです。
また、随分と、ショップが充実している様子です。

思えば、3部作で製作したのに、諸事情でそのラストが、この夏にオンエアになるというNHKのドラマも控えていますし、知りませんでしたが、雑誌”和楽6月号”は特集が組まれていました。
そうなったら、たいへん。
世の白州ファンが全国から集まってしまいます。
夏休みは始まったばかりですが、やっぱり、人を観に行くのは嫌ですものね。
そして、なんと!夏季は、8月17日(月)〜9月1日(火)が休館だそうです。
やはり、何かに呼ばれた感がしました。

蒸し暑い日でしたが、さすがに白州夫妻が選んだ、東京に近い田舎でした。
爽やかな風が吹いていました。



家に居るよりも、それぞれ別々に外を駆け巡ることのほうが多かったという次郎氏と正子さん。
「二人の趣味(hobby)は異なっているように見えますが、趣味(taste)は多分に共通していたと思います。」
の、娘桂子さんの言葉にも大変惹かれました。



まず、
その時代にリノベーションしたという養蚕農家の土間を改造したというリビングは、さすが!という賛辞の思いでした。
藁葺の外観とは異なる雰囲気を持つその空間は、西欧の山の家でした。
案内の方によると、床に管を通したセントラルヒーティングをいち早く取り入れたそうです。

縁側から見える竹林。その美しいこと。
空気感が違って感じるのは、高台だということもあるのかもしれません。
この景色を毎日感じて過ごされていた。
美意識はここからも育まれていたんでしょうか?
西欧を熟知されていたお二人だから、日本の美しさを認識なさっていたのでしようね。

ガラス器が展示されていた囲炉裏端では、伊賀の陶芸作家福森雅武氏が晩年の正子さんと交流されているのを、彼の作る料理を紹介する本で目にしていたもので、あぁ、ここがそうだったのだと思い感激いたしました。
冬のしつらいでは、福武氏の作品である文福土鍋が囲炉裏にかけられるようですが、この日は李朝(?)タンスに、焼きしめの大きな木の葉の作品がオブジェのように置かれていました。

ご夫妻で表か裏かと揉めたというエピソードのある襖の奥のL字型の書斎は、蔵書の数に驚きました。
本の背を見ると、どんなものに興味を持っておられたかが垣間見れました。
北側にある額縁のような緑は変化する絵画のようで、居心地の良い空間であったのかしらと想像しました。

更紗の切れ端もそれはきっと、古渡の素晴らしいものに違いありません。
藤棚のある食堂にそれはありました。

あちらこちらにそのセンスの良さを感じるのですが、到底真似などできるわけもなく…。
知識と教養、そして人間という意味での質も高かったのであろう超一流の残したもの。
触れられたことは、とっても刺激になりました。



左から
灯明台に蕎麦猪口を置いて季節の花を楽しんで、おられたといいます。【武相荘】のあちらこちらに花の姿が見られますが、軒先に飾られていた一つ。
長屋門脇にある次郎さん作の臼の新聞受け。これがそうだったと、本物に会えてにんまり。
第二ギャラリーでは、ドラマ撮影時の展示がありました。
かつて納屋だったという階段をあがったところのランプも美しい…。
鎌倉時代の三重塔。次郎さんの遺髪などが埋葬してあるんだそうです。



水場に置かれた水盤です。
緑のカーテン、琉球朝顔でしょうか?
水引が、たくさん咲いていました。
茅葺屋根に「壽」の文字。ユニークです。(クリックして大きな画像で見てください)

母屋の裏は、「鈴掛峠」という名がついていて、周遊路がある散策路でした。
一周してその自然に触れてまた、本日は豊かなり…。
と、心健やかになり、秋の紅葉の頃、また訪ねてみたいと思いました。

こちらのホームページを帰ってから再度見てみたところ、「心に残る人々」のところに、昨日お邪魔した【永青文庫】の細川護立公が、載っていました。

また、NHKのドラマですが、予定していた8月は選挙があるために、またまた延期、一挙放映で視聴率の獲得も狙いなのでしょうが、9月23日に第三話が放映のようです。
ご本人、白州次郎さんは、勿論、とてつもなくかっこいいのですが、主演の伊勢谷友介くん、流暢な英語を操り、めっちゃエエ男っぷりです。



久しぶりに美術館に行きたくなりました。
人を見に行くのは嫌だしと、少し面倒でもゆっくりと限られた作品を鑑賞したいと思いました。
そこで、【永青文庫】が頭に浮かび、思いつくまま、ネットで検索してみました。
夏季の展示は『白州正子と細川護立/最後の目利きから学んだもの』。



なんだか引き寄せられるように、即行でいくことに決めました。
なにかでこの催しは目にしていたのかもしれません。だからチャンスがあったら行きたい!そういう思いがどこかにあったのだと思います。

第79代内閣総理大臣を務められ、今では陶芸作家とその名を轟かせていらっしゃる細川護熙氏。
そのおじい様、公爵護立公が細川家に伝来する歴史資料や美術品を管理保存する目的で設立されたのが【永青文庫】です。

首相時代からお殿様と云われていらした護熙氏ですが、初めてこちらに来た時に、これだけの美術品に囲まれて養われたDNAをお持ちなのだから、陶芸や書で優れた才能を開花されているのは、当然のことと納得したものでございました。

今回の催しは、亡くなられてからも尚、時の人の白州正子さん。

白州さんと云えば、その造詣の深さを小林秀雄、青山二郎両氏の交流で育まれたといいます。
まったく知らなかったのですが、護熙氏のおじい様、護立氏もその中のお一人だったそうです。

きっと、どこかで、そのお姿のお写真などは、目にしていたのかもしれません。
白樺派のパトロンであり、民芸を支えたお方でもあるそうですから…。
ただ、その存在というものは、身近ではありませんでした。

祖先に茶人を持つ護立氏は、残念ながら、日本の焼き物には全く興味をもたれなかったそうで、茶道具のコレクションはないようです。
ですが、細川家には、伝来の茶道具があり、その中には、古田織部や利休といった素晴らしい作品があります。

今回は、正子さんが足繁く通った時に興味を示した作品へのオマージュである書簡や、「欲しがりや」の正子さんがラブコールして手に入れた刀剣の鞘のエピソードなど、その交流の様子をとても楽しく拝見いたしました。
武相荘所蔵の正子さんのコレクションが何点かあり、多くを知った方の究極のお品なのだと、その深さを感じたような気がしました。

正子さんは、「良いものは手に入れて初めてわかってくる」とおっしゃっています。
本物を知らない私には、到底、その美意識は、宇宙のものかもしれません。
けれど、手に取らなくともいいものは、ガラスの向こう側で光を放っているような気がしましたし、お二人の共通のお好みであった能面は、身近で観たことで、その魅力に触れたような思いがしました。

最後の目利きが愛された作品たちが展示されている昭和初期に建設されたという家政所(事務所)も素敵です。
応接間では、作品の余韻にひたれます。



ただこちら、アクセスはめちゃめちゃ悪いんですよね。
最初行った時は、目白駅から歩くなんて、途方もないことをしでかし、山茶花が咲く上智大学の側道を、延々と寒さをこらえて歩いたのでした。
今回は我が家からアクセスし易い交通手段を使ってと思い、都バス路線を調べて、新宿からバスに乗りました。「白61」です。
「椿山荘前」下車。そこからはまもなくです。
帰りは、池袋へ出る用事があったので、「江戸川橋」まで歩いてみました。
ご案内通り、徒歩15分。やはりちょっとありました。



昨日の 『なんでもお宝鑑定団』 の中で見た”斗々屋茶碗”に刺激されて、どうしても今開催中の”三井家伝来・茶の湯の名品展”を観にいきたくなりました。

斗々屋茶碗はありませんでしたが、質といい、量といい、お宝ぞろいでした。
大満足!
とにかく、状態もいいですし、消息や墨跡などの軸の表装の美しさには、とても惹かれました。
また、茶入れは、初めてみるような信楽のものや、形の面白いものがあり、興味をそそりました。

アクセスがし易い三井本館、アトリウム、駆け足で見た美術鑑賞でしたが、相変わらずの雰囲気の良い館内も、気持ちがよかったで〜す。


28日までということで、お着物姿のお茶人方、多くいらしていました。

斗々屋茶碗(ととやちゃわん)
…高麗茶碗の一種で、魚屋とも書きます。
斗々屋の名前の由来は、利休が堺の魚屋の棚から見出したからとも、堺の商人・斗々屋所持の茶碗からともいわれています。

斗々屋茶碗は、本手斗々屋と平斗々屋があります。

本手斗々屋は、椀形で、褐色の胎土に半透明の釉がごく薄くかかり、俗に「こし土の斗々屋」というように、土が細かく、肌には細かく鮮やかな轆轤目があり、腰の荒い削り跡腰に段がつき、竹節高台で、高台辺に箆削(へらけずり)による縮緬皺(ちりめんじわ)があり、削り残しの兜巾(ときん)が立っていて、その様子が椎茸の裏側に似ているので「椎茸高台」と呼び、特徴となっています。
素地は鉄分が多く、赤褐色にあがったものが多いですが、青みがかかったものは「青斗々屋」として上作とされています。

平斗々屋は、盞(さかずき)形で、高台は低く、胴は浅く、朝顔形に開いていて、平茶碗のような形をしています。



15年ぶりのお目見えだという、野々村仁清作の「銹絵富士山香炉」を見ておきたくて、【畠山記念館】に行ってきました。

この美術館があると知ったのは、五島美術館に置かれていたチラシを見てだったと思うのですが、馴染みのない浅草線を使うことや、白金台からも徒歩12分という立地条件から、なかなか足が向きませんでした。
でも、行って見ると、思ったほどでなく、浅草線の高輪台から、歩いてすぐでした。

こちらは、荏原製作所を興して実業界に名を馳せた畠山一清氏が、事業のかたわら、”即翁”と号して能楽と茶の湯を嗜み、長年にわたり蒐集した美術品が、展示されています。
自身の発案により、鉄筋コンクリート造りの近代建築の内に、日本建築を巧みに取入れた造りになった美術館です。



附属施設として点在している茶室は、薩摩藩主の島津重豪が隠棲して、別荘を営み、園内の勝景に選んで、”亀岡十勝”と称した素晴らしい庭に囲まれています。



荒廃したこちらを、昭和の初めに荏原製作所の社長だった畠山氏が購入し、奈良の般若寺の遺構を移築し「般若苑」と名付け私邸とし、都内有数の料亭として使われ、昭和39年に隣接して「畠山記念館」が設立されたそうです。

収蔵品は、国宝6件、重要文化財32件を含む1300件に及び、茶道具を中心に、書画、陶磁、漆芸、能装束など多岐にわたります。
美術館は”即翁”の所蔵茶道具の愛蔵印に「即翁與衆愛玩」とある、その言葉の持つ意味の 「蒐集品を独占するのではなく、共に楽しむ精神を見出す」 精神を受け継ぎ活動を進めているそうです。

今回は平成21年冬季展”日本の春” 華やぎと侘びというテーマの展示です。
3月22日日曜日まで。

冒頭の仁清作、「銹絵富士山香炉」は、その大きさが予想外でした。
富士山の朝・昼・暮それぞれの様子を表現した連作ですが、その違い、微妙でした。
重要文化財、本阿弥光悦作、赤楽茶碗 銘「雪峯」、大胆な金継ぎが印象的でした。
「十二支蒔絵棗」モダンな十二支の意匠は、十二星座が描かれているようでした。
紅毛向付、渡来品を塗物と合わせて用いるというを柔軟さがとても新鮮で、良いものを見抜く力というものを感じました。
そうそう、3月2日に見に行った三井記念美術館で出会った、お団子のような顔がユニークな次郎左衛門雛にも出会うことができました。

茶道を習い始めてからもう随分と経つのですが、最近ようやく、侘びたものが放つ何かというのを、ほんの僅かですが、感じるようになってきています。
ですが、91歳の天寿を全うするまで、数え切れない茶会を催し、その度に、スゴいお宝で、もてなしをされたという即翁こと畠山一清氏の、財があってのことですが、目利き、素晴らしいです。

こちら2階展示室内には、四畳半の茶室「省庵」と茶庭が設けられ、茶室にいる雰囲気の中でゆっくりと作品をご鑑賞しながら、干菓子付きのお抹茶がいただけます。
その、お抹茶茶碗は、細川護熙氏の陶芸の師匠、辻村史郎氏のものだそうです。
この茶室、水音があるからか、清浄感を感じました。
この日は、竹の花器に玉椿でした。

次回は45周年記念『畠山記念名品展』、また、イイものに出会えそうです。
年に4度あるうちの春季展。4月11日土曜日からです。
私設の美術館は、少ない展示をゆっくりと愉しめるのがエエですね。



スタイリストという仕事を始める前に、アシスタントをさせていただいていた先生が開いていらっしゃる絵画、工作教室の10周年のexhibitionにお邪魔しました。

美大出身の若手講師達が個々に指導しているという教育方法は、自由な感性を大切にしながら「想像力」や「表現力」を引き出し、個性を伸ばしていける環境を作っていきたいという指導理念だそうです。
それは、作品たちに存分に表れていました。
教室で作り上げられる作品たちは、4才からの幼児、小学生、中学生のものとは思えないもの。
その色彩感は、まさしくアーティーズ。

多くの賞を獲得するのは、その個性的な指導方法で生み出されるものなのかもしれません。
第54回、全日本学生美術展「団体賞」も獲得されたとのことです。






北斎やムンクを模写した作品。
母の日に送る、ハンドバッグ。

あっぱれ!こどもたち!!
指導された先生たちも素晴らしい!!!
たくさんのクリエーター達がここから誕生する可能性に期待が膨らみます。

ARTYS EXHIBITION 10th ANNIVERSARY
2009年 3月12日(木)ー 15日(日)
10 : 30 - 18 : 00
アトリエ・アーティーズ



ひな祭りの前の先週、春恒例の三井記念美術館での 【三井家のおひなさま】 を観に、小雨降る中、着物姿で行って参りました。

和服での来館は、通常800円のところ、600円。
ところが、サービスはそれだけではなく、ミュージアムショップでお買い物をすれば、プレゼント、隣接のカフェでは、抹茶のアイスクリームがいただけてしまいました。
なんと、3つのオイシイ思いをさせていただきました。
次回の茶道具展でも、引き続きこの素敵な企画があるようですが、雨の中、多少躊躇はありましたが、思い切って着物を着て行って、お得感を味わうことができ、とってもHappyでした。

美術館までのアクセスも、メトロ構内からのエレベーターで一階まで行けるので、雨粒を気にすることもありませんでした。

美術館入り口となる一階エントランス、すごく気持ちがいいんんですよね。
クラシックな列柱が並ぶ外壁の一階は、地上4階までが、ガラス張りで自然光が注ぐアトリウムです。
この日は憂鬱な雨でどんよりしているはずなのに、外光が入り、とても明るい気分にしてくれました。

39階の高層ビルとは、わからないこの建物、低層部は隣接する重要文化財三井本館との調和を意識したデザインで、2005年の日本建築学会賞を与えられたといいます。
三井本館の保存と、都市再開発を両立したことが評価されたそうですが、その日本橋地区の「歴史的建築物の保存と周辺と調和した開発の両立」に取り組んだという精神は各所に感じられました。

その1階アトリウムには、日本初進出の最高級ホテル、マンダリン・オリエンタル東京のケーキブティックがあります。高級感あります。扱う商品、お洒落です。
また、古さが妙に懐かしかった千疋屋総本店も、とっても素敵になりました。

高齢者にはツラい階段を、少しあがりますが、三井記念美術館へいざなうエレベーターまで、まるで、ホテルです。
チケット売り場も、ホテルのフロントのよう。
クロークはなく、コインロッカーですが、奥まっていて、ロッカーも大きめ、押さえていないと、閉まってしまうようなことのないお利口さんです。

さて、いよいよ、展示へのお話になりますが、お雛様へ到達するまでの展示室1・2・3は、館蔵品茶道具「春の取り合わせ」がありました。
その展示、まるで宝石店のようです。
クオリティの高いそれらを、さらに、素晴らしいものにしています。
また、「歴史的建築物の保存と周辺と調和した開発の両立の趣向を凝らした」という意匠が、この展示室に設えていました。

昭和初期の建築の三井本館の食堂に使っていたというそのお部屋の面材や建具、照明などが、各所に使われていて、それが、美術品を見せるためのお部屋の品格を確実に上げていました。
お化粧室にも、その名残、ありました。

さて、ひな人形。
江戸時代、日本橋室町付近は、ひな人形の市が立つ「十軒店」と呼ばれる一角があって、人形を買い求める人々で大変なにぎわいをみせたといわれていたといいます。
この展示が企画されたのには、そんな粋なバックヤードもあったようです。

11家あった三井家の中の北三井家十代・高棟夫人の苞子さま、十一代・高公夫人の子さまの旧蔵のひな人形・ひな道具をはじめ、高公氏の一人娘・浅野久子氏旧蔵の豪華なお雛様が中心でしたが、本当に素晴らしかったです。

雛人形の飾り道具の一形式で、貝合わせに使う蛤の貝殻を入れておく容器一対の【貝桶】は、嫁入り道具の中で最も重要のもので、婚礼行列では「御貝桶渡役」といわれた家老が先頭を飾ったそうです。
蛤(はまぐり)は二枚の殻が一対となり、他の殻とは決してぴったりと合わないことから、夫婦の仲の良さを象徴する、めでたい貝とされていてますが、貞節を象徴したものでもあったそうです。

お団子のような顔がなんともユニークな次郎左衛門雛、心惹かれました。

立雛、人形(ひとがた)が原型だといいますが、本物、初めて拝見いたしました。

色鮮やかな衣装をまとった内裏雛、それぞれに、その時代、作家の仕事ぶり、素晴らしいかったです。
雛道具、巧みな作業です。細やかな細工、絵付け。最上級です。
茶道具、ありました。双六ありました。染付の食器までありました。

併設展として展示のお着物、『きもの-明治のシック・大正のロマン・昭和のモダン』と、タイトル通りの括りとして、色彩やデザイン、新鮮な魅力にあふれています。
科学染料による大胆な絵付けから、和服デザインがクリエイトされていった様子がよくわかります。

新規寄贈品「三井好 都のにしき」は、女性のファッションを主題とした木版画。
三越呉服店の前身である三井呉服店の明治37年頃の新作カタログを兼ねたものだといいます。
販売につながるためのカタログは、その当時の流行と、憧れの生活様式がうかがい知ることのできる美しい版画です。

【三井家のおひなさま】展は、4月5日日曜日まで。
優雅な気分で、素敵な時間過ごせます。



東京・広尾、ギャラリー”旬”で今日から開催中の、【岩永浩】さんの作陶展に行ってきました。
今年は、成田空港第2ターミナル到着コンコースの空間を飾るという、大きな仕事を成し遂げられ、作陶のノリも絶好調という感じです。

初日の岩永さん!と云われる人気の作家さんなので、作品が陳列からなくなっていたりするのですが、今回は初日、openまもなくの時間にうかがえたので、多くの作品と会うことができました。

その中でも、卓越した染付と素人の私が思ったのは、水墨画風の山水文の古典の絵付けでした。
動物文、植物文もNEW意匠あり、楽しませていただきました。

マジ野菜作り歴15年。
最近ではお料理の腕をあげられたとかなので、作品作りの際に、料理を盛り付けた時を想像しての絵付けがあったと、感じられます。
また、最近は焼酎だけではなくワインも召し上がるそうです。
そんな洋風思考も器作りに現れているのかも知れません。
オーバル型の鉢やお皿もその影響かもしれません。



ギャラリー”旬”は、入り口から素敵です。
たくさんの肩書きをもたれる、才能豊かなオーナーの描く書画やディスプレイ用の家具たちは、和風だけれどもなんだか無国籍な感じがします。
色々なものが混ざり合う空間なのに、作家の作品を引き立てています。

独特の雰囲気を放つしつらえは、ほんとうに魅力的です。
作品の展示の仕方も必見です。



隣接の”季楽””広尾の空”では、吉兆で修行を積まれた料理長の、きちんとした和食がいただけます。
こちらもまた、そのしつらえ、素敵です。

岩永さんの個展のご案内は、kisetu-o-mederu からご案内しています。
7日日曜日まで開催しています。


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