ラ・メゾン紀尾井は、赤坂プリンスクラシックハウス内にあるレストランです。
このあたりの変化をまるで知らなかった私ですが、こういう形に生まれ変わっていたのですね。
赤プリ跡地です。

知り合いがここのコスパを誉めていたので、仲良しの甥のお嫁さんと行ってみました。

私達は永田町の駅で待ち合わせて、直結した地下から上がりましたが、こちらが正面玄関のようです。

ウェディング会場としでも人気らしいです。素敵ですものね。

入り口を入り、予約の名前を告げます。

お席はこんな感じでした。
席数はたっぷりありそうでしたが、ほとんど埋まっていました。

お料理はネット限定というコースをお願いしました。
サラダ、メインは4種からチョイス、デザート、飲み物という内容です。

私はバベットステーキ、XO醤とブラックペッパーのソースでいただきます。

相方はタチウオのポワレをチョイスしました。
トマトのケッカソースが添えられていますが、イタリアの冷たいソースのことですね。

人気のプチケーキがいただけるところが、ネット限定のようです。カフェグルマン。
左からパイナップルのプチフール、プチシュー、プラムのタルト。たっぷりのコーヒーが有り難かったです。

ブティック。
プチフールの販売はなく、レストランでのみいただけます。レストランではアフタヌーンティーメニューがありますが、正統派のイングリッシュスタイルだそうです。

ちょうど今ローズウィークで、クラシックハウスの周りの薔薇が生花だけでなくあちこちで見られ、アフタヌーンティーメニューも特別な構成のようです。
他に焼き菓子や紅茶の取り扱いがありました。

ブティックの前の階段は2階に上がれます。

2階は覗くことができませんが

素敵なステンドグラスが、はめこまれています。
旧館は1930年に完成した旧李王家邸を改装したクラシックな建物で、東京都指定有形文化財でもある邸宅です。

レストランの反対側は赤坂プリンスホテルの名残のバー"ナポレオン"だそうです。

赤坂クラシックハウス

赤坂プリンスホテル


今日の目的地です。
こんなところがあることを知ったのは新聞で、こちらの写真コンテストの記事を見つけたところからです。
しかも、開園は水曜土曜日のみ。
と、いうことでしたので、病院の後に向かうことにしました。
今日も脳に楽しいを送りこみます。

入口ではボランティアの方が働いていらして、まずは靴を脱ぎますと布袋を渡され、貴重品以外の荷物をあずけます。
ほとんどが当時のままという貴重な建物ですから、保護のため仕方がありません。

こちらはナショナルトラストの活動の運営に寄って保存されているというお話でしたが、以前、成城学園前の猪股邸を訪ねた時もそうであると伺いました。

その活動が実り、こちらは来年耐震工事が行われるそうです。大切な文化遺産、もしもの備えは早いに超したことはないですね。

ボランティアガイドさんの説明を受けながら、大変楽しく観賞できました。

まずは応接間から。

大正8年(1919年)に「豊島園」の創設者である実業家・藤田好三郎氏によってつくられた近代和風のお屋敷で、大正12年(1923年)には、旧安田財閥の創始者・安田善次郎氏の娘婿である善四郎氏が買い取り、以来安田家の人々が住み続けた。平成10年(1998年)、東京都の名勝に指定。

素晴らしいのは、そのほとんどが当時のままあることです。

唯一の洋室には

サンルームがありました。

胡桃の木で作られた家具や柱。

2段のテーブルは上には飲み物、下には本や書類が置けるようなデザインになった特注品です。

サイドテーブル?実はてあぶりでした。

「残月の間」
織部床には、季節ごとの設えが飾られることがあるそうです。先日までは端午の節句の設えがあったとか…。

棟札。この大きさで、どのくらいのスケールの家なのかがわかります。
ゼネコン大手の清水組の名があったそうです。

灯りも素晴らしい細工がされていました。

生活の場であった和室。

猫間障子というものらしいです。

お炭が使える水屋。茶室ではなく、このように使っていたのですね。

雨の日は悪くないですね。水を含んだ緑は本当に瑞々しい。

どくだみさえも飾られる場所が素敵だと雰囲気がありますね。

こちらを寄付された奥さまが住まれる場所を確保するために奥の場所は売却されたそうです。

庭の一部には防空壕があるそうです。

こちらのお台所が素晴らしかったですね。昔の台所は北側といいますが、こちらは採光がとれる天窓があり、おふきんも洗い物も日光消毒できるような工夫かと思いました。

水屋たんすと冷蔵庫。

お台所の一角。向こう側がお風呂場。

脱衣場。

お風呂場。

二階客間へ。

おさ欄間というらしいです。
竹の節で寺や屋敷に多く、結界の意味も持つそうです。

出書院とか言ったかしら?
また床柱は、贅沢の極み、四方柾。

旧安田楠雄邸庭園


上野から千駄木を目指して雨の中歩きます。
ふと見つけた路地。なにやら魅力を感じて引き寄せられました。

日本家屋を利用したショップやイベントスペースでした。

ビアホールは外国からのお客様でいっぱいでした。

上野桜木あたり

さらに進むと観智院と言うお寺の前にまたまた日本家屋をリノベーションしたお店。
どうやら自転車さん&カフェみたいでした。

東京バイク

紫陽花みっけ!

で、やっぱり谷中といったら、いせ辰さんですよね。

いせ辰とゴッホ


北側の化粧坂を上り念願の銭洗弁財天に行った後は初志貫徹、13佛霊場巡りの場所、寿福寺を目指します。
源氏山公園からのアクセスをと心みますがあまりにも険しい坂道に道に迷ったと思った先にあったのは、鎌倉入り800年を記念して1980年に建立された源頼朝像でした。

「源氏山」の名は、麓に源氏の屋敷があったからとする説が有力であるそうですが、後三年の役で八幡太郎義家が出陣する際に、山上に源氏の白旗を立てて戦勝を祈ったところから「旗立山」の別名があるそうです。

標高93mだそうですが、傾斜がきついので腰にこたえました。

行き当たりばったりの旅、太田道灌の首塚と言われる朽ちた供養塔の出会いがありました。
江戸城を築城したことで有名ですが、謀殺されてこの世を去った悲劇の武将としても名高い方で、伊勢原市には胴塚とされる宝篋印塔があるそうです。
こちらは、近くに孫の英勝院の尼寺英勝寺がありますが、水戸徳川家の子孫である住職が再建したものだそうです。

とにかく凄いわけですよ。これが道か?というような足元の悪いところで、道なき道みたいな傾斜面を、ここで滑ってまた肋骨でも折ったら笑うに笑えないと、ハハ笑っちゃいました。

途中、お墓を直している石屋さんがいらして聞いたので、歩みを止めずに目的地に向かいましたが、本当にこんなとこ、ハイキングコースですか?という険しさでした。

無事に到着しましたが、山を下ってきましたから逆のコースになりました。
墓所です。

こちらでも、おじ様が「不親切だなぁ〜、どこが誰の墓だかわからない」とかおっしゃられていて、私が「薄くなっていますけどどうやらここが北条政子のお墓らしいですね」などと、申しますと、初めて奥まで入ってきたけどなんておっしゃるんで「この時期は人が少なくて、爽やかでいいですね〜」なんて私。
「でもやっぱり紫陽花の時の長谷はいいよね〜、あそこは何度行っても良い」「そうですね〜、あそこからの眺めは良いですよね〜」なんて、会話が弾みました。鎌倉好き、ここにもいらっしゃいました。

しかし、俳人高浜虚子、作家大佛次郎などの有名人の墓があったことは後で知り、残念無念。

佛殿を拝観することはできませんので、手入れのいいお庭を柵越しにパチリ。

鐘楼。

普賢菩薩像が鎌倉十三仏の一つに数えられているそうです。

桂敷きという技法で作られた石畳の参道。

源頼朝が落馬して没した翌年の1200年、妻の北条政子が栄西を開山に招いて創建した由緒あるお寺だそうです。


はぁ〜、やっと到着です。
ここまでの道のりは今だかつてない険しい登り下りの道でした。
タクシーで来られる着物姿のお若い方もいらっしゃいましたが、皆さんどうやってアクセスなさっているのでしょう?

銭洗弁財天宇賀福神社は、お金を洗うと何倍にも増えて戻ってくるといわれる霊水「銭洗水」が湧く神社。
銭洗水は境内の洞窟(奥宮)で湧き、ご利益にあずかろうと多くの参拝客が訪れるのだそうです。

これまた鎌倉らしい景色ですね。
トンネルをくぐるのはやはり浄めの行為なのでしょうか?

有名な場所なので、そのこじんまりさにびっくりしました。でも平日なのに賑わっていましたね。

ですがこの奥宮は他の弁財天と異なった景色と水が潤う場所という印象で、スピリチュアルでした。

宇賀神と弁財天が祀られている洞窟。
ここで湧き出る霊水は「銭洗水」と呼ばれる鎌倉五名水のひとつで、この水でお金を清めると、心の不浄も清められ金運上昇のご利益があるとされているそうです。

化粧坂ですれ違った方に「小銭にしようかお札にしようか迷っています」
と、言いましたがお札にしました。
そのお二方と帰りがけにまたお目にかかり、どっち?と聞かれて「お札にしました」と言いました。
また出逢えたのもご縁。一期一会ですね。

また、洗ったお金はすぐに使うほどご利益が大きいといわれているそうなので、スーパーで買い物に使いましたが、湿っていたので、レジに入っていかず、ご面倒をかけてしまいました。(´-ω-`)


気儘な思いつきの旅です。出会いがひとつの旅の楽しさにもなります。海蔵寺での人との出会いもそうですが、道端で見つけた花も一期一会の出会いになります。

北鎌倉が大好きなのですが、険しいと聞き二の足を踏んでいて訪れたことがない場所のひとつに銭洗弁財天がありました。

海蔵寺から寿福寺に戻ろうとすると、行先案内に銭洗弁財天の文字がありました。

ここで迷うのは限られた時間だから目指した場所を優先するか?二度とないこの出会いを優先するか?です。
今日は後者を選びました。

そこで、目の前に現れたのが、この化粧坂(けわいざか)です。

化粧坂切通し(国史跡)は、鎌倉七切通しの一つで、武蔵方面から葛原が岡を通って鎌倉へ入る切通しで、
この切通しは、武蔵方面へ通じる主要な出入り口として、鎌倉の防御上重要な意味をもったのだそうです。

名の由来は、平家の武将の首を化粧して首実検したからと言われ、鎌倉後期には栄え、人々の往来で賑わっていたようですが、

その険しさにさすがの私も、同じように足元を確認するように坂を上がって行く方に「いつまで続くんでしょうね」と弱音を吐きました。

北鎌倉から銭洗弁財天の行き方がどんな道なのかわかりませんが、源氏山の中の高所にあり、そこまでのアクセスはなかなか厳しいものだと想像しました。

寺巡りは、やはり足腰が丈夫でないとできません。私、今、頑張らなくっちゃ!


十三仏を参拝すれば、亡き人の追善になり、また追善を行ったという善行の功徳により自分が死んだ後に、十三王の審判から救済され後生は善處に生じると信じられているそうです。十三佛霊場のひとつ、海蔵寺に到着しました。

階段を上がって門をくぐる風情にまず、いいな、と思います。脇には女坂。
十三佛霊場

7番札所になるそうです。
本当なら順番にお詣りするのがいいのでしょうね。

本堂。

書院裏の庭園。鎌倉らしい背景です。

書院。

水の寺と言われているお寺で、やぐらの中にこのようなシダが生息しているのは潤っている証拠だと教えてくださるおじさまからお声をかけられました。

(鎌倉にはあちこちにやぐらというものがあり、漢字で書くと「矢倉」や「櫓」と書きます。このやぐらの本来の意味としては、一般的に堆積岩の一種である凝灰岩の山腹に、穴を掘って造られているお墓を指します。)

ユキノシタの存在もその方から教えていただきました。耳をすますと、水の音が聞こえます。

先ほどの書院入口。

書院玄関。
こちらも非公開

佛殿の薬師如来像について、おじさまから色々教えていただきました。

薬師堂は1776年(安永5)に浄智寺から移したもので、中央には、本尊の薬師如来坐像と、両脇に向かって右手に日光菩薩、左手に月光菩薩像が祀られています。

本尊は、啼薬師とも呼ばれていますが、胸のところに扉がついており、その中には、境内で見つかった仏様の頭部が納められています。
60年に一度のご開帳だそうですが、先ほどのおじさまが記事になった写真を持っていらして、拝見することができました。
それはとても神秘的でした。

海蔵寺


紫陽花の頃は鎌倉に行くと決めています。去年は肋骨骨折という事故にあって行くことができませんでした。
今年は少し早いのですが、お天気はいいし、思ったが吉日。思いつきの小旅行のはじまりはじまり。

紫陽花なら長谷寺か明月院ですが、今日は、
新聞の中に見つけた鎌倉13佛霊場巡拝の旅をテーマにして動くことにしました。

また今日は、鎌倉の観光案内所にも行きたかったので、行き先は鎌倉駅周辺にしました。

13霊場の中の行ったことのないお寺を目指します。まず、一つ目を通り越してしまいました。

こちらはお隣の英勝寺。ここの前から出発する人力車のお兄さんが発した「鎌倉唯一の尼寺」という言葉に反応し、お参りさせていただきました。

「花の寺」としても知られ、春は白藤、初夏はあじさい、秋は彼岸花など、四季折々の花々が境内を彩るそうです。

小さなお寺ですが、風情ある景色に嬉しくなりました。

6月の季語"初梅"みっけ!

紫陽花も見つけましたよ。
花の寺らしく、花を愛でるようにお庭が設えてあります。

京都ではよく見かけますが、鎌倉では唯一とされる珍しい「袴腰」の鐘楼。

山門。

境内の建築物のほとんどが重要文化財として指定を受けているそうですが、鎌倉、やはり奥が深いです。

この額縁が私の一番好きな構図。

突如と現れた穴。

その奥にあった穴から入ってみたら出口でした。中は真っ暗でお地蔵さまが祀られていましたが、ちょっぴり怖くて胎動参りを思いだしました。
穢れを祓う場所?

鎌倉と言えば山を切り出したお墓が有名ですが、こういう光景もよく見かけます。

またまた紫陽花、色づきはじめも綺麗です。

先ほどの反対側からの山門。

仏殿の小窓を開いて、ご本尊の阿弥陀三尊像を拝ませていただきました。

ここをあがると特別に保存された唐門があります。

書院。こちらでは不定期に茶席が設えられるそうです。。

仏殿の奥、一段高いところに見事な竹林が…。竹林と言えば鎌倉では報告寺ですが、こちらは穴場ですね。竹林の清らかさを感じるのはその場に足を運んでこそです。

かつて、この竹林のあたりには代々住職をつとめた水戸徳川家の姫君の住まいがあり「姫御殿」と呼ばれていたのだそうです。

開基の英勝院尼は太田道灌の子孫で、お勝の方と呼ばれ、徳川家康に仕えたのち出家して英勝院と号しました。1636年、三代将軍家光から太田道灌の土地を譲り受け、英勝寺を建立。
没後は、徳川水戸家の姫が代々住職をつとめてきたといいます。

英勝院の逸話はなかなか面白いのでこちらから


わんこのファミリー会の帰り、お昼ごはんにはずいぶん過ぎていたので、高速に乗る前に何処かで、と、入ったお店。
後で調べたら、八王子ラーメンのお店でした。初体験です。

スープの色は濃いですけど、意外にあっさり。麺が縮れの懐かしい中華麺。
トッピングの玉ねぎがとてもマッチしていました。見かけワイルドなチャーシュー、なると、メンマ、海苔もいいですね。
味は全体的に濃い目、とても気に入りました。

滝山街道沿いにある「おゆう」。
そもそも八王子ラーメンというのがわからなかったので調べてみると、刻みタマネギ以外に醤油ベースのたれ、表面を覆う油脂を3大特徴とするそうです。

町おこしとして学生が命名した八王子ラーメンを出す店は、現在市内に30軒以上あるといいます。


今回の八ヶ岳行きは大変充実していました。そして今日は東京に戻る途中で、欠席の残念なお願いをしていたファミリー会に出席させていただきました。

今朝は冬の寒さの八ヶ岳でしたが、会場のあきる野は快晴かつ高原のような爽やかさだと、メール返信のビッグママが知らせてくれました。

中央高速から方向変換で、迷子になり予定よりだいぶ遅れてしまいましたが、早々とレストランに入店していたファミリーと合流できました。

今日の楽しいサプライズにまたご機嫌で

ここでもいいコンビネーションを見せてくれました。

半年ぶりですが、だれでもエリアにはアジリティーが増えていました。

たぶん、ファミリーの中では一番さのデカさの茶豆。皆さん「抱っこしたい」と、モテモテ。

たぶん皆さんのコ達の倍ある体重の茶豆のずっしり感に驚かれたでしょうね。

少しずつ人慣れもしてきた茶豆、今日はこちらで、ラブラドールやワイマラナーのオフ会もあったらしく、たくさんのラブラドールに追いかけられて、困ったあとは、仕返しをしようとしてましたっけ。
ユニークなやつです。

黒ラブは人間でも、おお!って感じますからね。突進する勢いで走りまわっていましたし…。

おやつおじさん、健在!みんなヘルシーフードを食べているコ達ばかりですのに、申し訳ないです。

相変わらず人見知りの小梅も皆さんとの再会、嬉しかったはずです。


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