気持ちのいい天気なのに心は晴れない。
夫は仕事で、明日は雨?
出掛けて気分を変えようと思いました。
まだまだ負のオーラがありますから人を巻き込むことも危険です。
得意の1人散歩。
行き先は?

以前から機会があればと思っていた小石川後楽園で抹茶を一服?

抹茶をいただけるレストランは、茶会などの催しがあるとお休みだと記憶していました。
連絡すると、残念、今日は貸し切りとのことでした。

抹茶をいただけるところ、探してみましたが目新しいところがありません。
抹茶は諦めて、以前旧岩崎邸に行った時に、そう言えばここもと、記憶が甦りました。

清澄庭園、ここも岩崎弥太郎氏が構想を立てて所有していたという場所でした。

到着は11時、ちょうどガイドツアーが出発の時間だったので参加させていただきました。

まず迎えてくれたのは、手水鉢。
ツアー参加で説明を受けるうちにわかりましたが、名石の庭と呼ばれるこちらには、
巨大で珍しい石が随所に姿を現します。
そのうちのこちらは、関東大震災によって失われた和館の方にあった茶室近くのものを移動したものだそうです。

ちょうどいい時間に来られました。
ガイドツアーで名庭を歩くのは初めてでしたが、自分次第で歩くよりたくさんのことを教えていただけます。

今日はたまたま、今夜放映のアド街ック天国で、清澄白河が紹介されるということでした。
偶然にびっくり…。
ここは今、話題の街でした。
アド街ック天国

元々は紀伊国屋文左衛門の屋敷跡と伝えられているそうですが、その後岩崎弥太郎が所得し、社員の慰安や貴賓を招待する場所として「深川親睦園」として開園されたそうです。

隅田川の水を引いた大泉水を中心に配した「回遊式林泉庭園」で明治の庭園を代表する汐入池だったそうですが、
関東大震災によって多くの被害があり、当時あった和館やジョサイイア・コンドル設計による洋館は焼失してしまい、池の水路である場所もダメージを受け、今では潮の満ち引きではなく、降雨量によって池の水は変化するのだそうです。

写真は池の淵に置かれた「磯渡り」と呼ばれる歩行路。
ここには船着き場もあり、対岸の涼亭まで、船を行き来したそうです。

無数の亀、

鯉、

鴨がいます。

庭の設計は、武者小路千家のどなたかが監修なさったとかで、白い橋、

秩父の長瀞をイメージしたという場所、印象的でした。

磯渡り、風情ありますが、ハイヒールは禁物です。

全国から取り寄せた名石の中にはこのような灯篭もありましたが、中には3.11東日本大震災の時に損傷したものが多くあったそうです。
こちらは支柱なしで現存したもの。

句会やお茶会で使用できるという「涼亭」
日本庭園をより引き立てる佇まいです。

石についてはよくわかりませんし、どのように配されるのかも不明ですが、この石は「道分け石」といって、道の角の道しるべとして置かれた石だそうです。

新緑の中に赤。
これも造園の演出ですね。
このあたりが一番高木に囲まれた場所で、もっとも緑を感じた場所でした。

松尾芭蕉ゆかりの地、深川。
芭蕉記念館が近くにあるご縁でしょうか?
「古い池やかはづ飛び込む水の音」の句碑がありました。

池に突き出た数寄屋造りの涼亭、日本の豊かさを感じます。
東京都選定歴史的建造物だそうです。

築山「富士山」
富士山信仰で富士塚といいうのもよく見かけますが、日本人の心にはいつもfujiyamaなのですね。

入口付近を望みます。
晴れた日は、水面に映る景色もまた情緒があります。

木と土でできているという橋が見えてきました。

貴重な体験

こちらも3.11の際にダメージを受け、つい最近開通したばかりだそうです。

大正記念館横にある手水鉢。
石の庭園らしい、自然石を使ったそれに、当時の岩崎家の財力を感じます。
このあたりに茶室があったようです。

花の姿は、かたばみやどくだみ、遅咲きのつつじだけでしたが、最後にこのザクロの花を見つけました。


三軒茶屋から下高井戸を走る世田谷線。
2両編成で、10分おきくらいに電車が行き交う路面電車です。
我が街経堂のお隣の駅、豪徳寺は、世田谷線の山下という駅で、
私達の散歩コースでもあり、今は通っている動物病院の通り道なので、毎日目にしています。

いつからでしょうか?
鉄道マニアやプラレールブームの煽りを受けてか?この東京のローカル電車、見た目にも楽しい装いになりました。

昨日ようやく、鮮やかな黄色の車輌を撮影できたのと、地元を応援する思いを込めまして記事にさせていただきます。

まずは、レトロな風情の車輌から…。

ばら色。

みどり色。

そら色。

すれ違う電車の風景は、懐かしい景色の中を走ります。
普段は、通勤のために小田急線や半蔵門線、京王線に乗り換える人たちの足でもありますが、
12月と1月に開催されるボロ市の日は、臨時ダイヤとなり、ホームも、電車内も溢れます。

広告列車、ラッピング列車とか言うのでしょうか?
今はNHKの“花燃ゆ“の宣伝電車です。
さくら色に、出演者の井上真央さんらの写真がレイアウトされています。

駅もなかなかノスタルジックです。
二両分ですからね。
ホームの看板もいい味を醸し出しています。

元々は、渋谷から二子玉川まで走っていた路面電車からの路線なので、
“たまでん“という別名も持っているとか…。
また、 「信号待ちをする電車」は、珍しいのではないでしょうか?
若林駅、環七のところで停まります。

この鮮やかな黄色の電車に遭遇すると、心が晴れて、なんだかいいことが起こりそうな気さえします。
踏み切り待ちもイヤではありません。

世田谷線


代々木公園から歩道橋を渡ると右手にNHKホール、左手にはこの景色。
なんと美しい流線形の建築物。
言わずと知れた丹下健三先生の代表的な作品、東京オリンピックではサブ会場だったそうですが、この独創的な形は後生に残して欲しいと切望します。

渋谷公会堂斜めにあるイベントホールの庇。
アーティスチックです。
ここは、競技場の一部なのかわかりませんが?長いスパンで催しものがあるようです。

代々木第二体育館。

快晴の青に映えます。

歩くだけでもいいですね、このあたり。
第一体育館は、オリンピック当時は水泳競技場だったそうですが、
今では、コンサートホールとしての知名度のほうが高いように思われます。

明治神宮もありますし、東京のぶらり散歩におすすめしたいエリアです。

代々木国立競技場 Wikipediaより


聖路加病院へ行く予定がありました。
食事をしてからと思い、築地あたりで目星をつけておいたけれど、
残念、お休みでした。
日曜日、歩き回る時間もないので、聖路加ガーデンに向かいました。

夫に最上階のルークを提案したけれど、いいお返事は帰ってきませんでした。
それならば、
と、食後ロケハンに行ってみました。

月島、晴海方面。
お天気がいい日は、この眺め、見なきゃ損ですね。

水のある風景。
先日新宿パークハイアットから見た景色とはまた違います。
いいですね、隅田川。

2階、エレベーターがある階も解放感があります。

日曜日は空いています。
ここで、過ごすのも気持ちが良さそうです。

病院へ続く渡り廊下

スカイレストラン“ルーク“は貸し切りで、結局NGでしたが、46階での眺め、気持ちが良かったです。

ルーク=ルカですが、
聖路加レジデンスの運営会社名が「聖ルカレジデンス」と表記されている事から、「聖路加」の発音が「せいろか」でなく「せいるか」である事がわかる。なお、ガーデンやレジデンスの他、関連施設である聖路加国際病院や聖路加国際大学も「せいるか」として管轄省庁に届け出されている。
(ウィキペティアより)

礼拝堂は昔のまま


この辺りの皆さんは、初詣は世田谷八幡宮にいく方が多いのですが、
我が家は、経堂に住まいを構えてから毎年豪徳寺さんを詣でております。

八幡さまは、朝のお散歩で良く通るのですが、タヌキが出てきて、犬連れの私たちについてきてしまって、
ちょっぴり怖かった思いをしたことがあります。

若者のメッカ、原宿にある代々木公園でも日中、タヌキに遭遇したことがあります。
都会では、動物は家で飼うペットという潜在意識がありますから、見かけた時は驚きますが、代々木公園は明治神宮の杜も隣接していますから、いるのは不思議ではないですね。
表参道を歩いていたという話は聞いたことがありませんが、
青山に昔から住んでいる方は、昔はいたと言っていました。

豪徳寺、いいお寺さまです。

おみくじ、結ばさせていただきました。

この奥に由井家の墓地があります。

お札と招き猫と甘酒、こちらに伺う時はこの三セットがマストアイテムです。

江戸時代、彦根藩二代目藩主井伊直孝の一行が鷹狩りの途中、寺の前で手招きしている白い猫に応じて、寺の中に入るとにわかに豪雨が強まり、一行は被害を逃れたと言われ、ここから招き猫が福を呼ぶという言い伝えが始まったといいます。

そのエピソードにより意匠化された豪徳寺の招き猫は、かなりキュートなお顔立ちで背も高くスリムです。
その名も招福猫児と書いて、”まねぎねこ”

今年は、二番目に大きなのを買わせていただきました。
招福祈念


新宿門から公園内に入園する前、風に舞ってハラハラと落ちる銀杏の葉。
その落葉のじゅうたんに咲いていたのが、日本水仙でした。
花芯が白く、可憐さが増した印象がしました。
ニホンズイセン、亡くなった母が好きでした。

見上げると、銀杏。

芝生広場の手前に黄葉。
その奥には東京タワーが見えます。
らくようが終わると、樹木は冬支度。
あたりが抜けて開けた景色が広がります。

新宿御苑でもっとも都会を感じる瞬間。
NTTのビルは新宿のランドマークですが、木々におおわれた広大な公園を歩いていると、そこがどこだったか忘れてしまうものです。

日本庭園。
公園内で一番手入れの入った場所でしょうか?
日本人の美って、意識って凄いなぁ〜と感じます。
見る位置から計算されて構成されていますから…。
国民公園、新宿御苑。
冬もまたいいですね。

まだまだ紅葉を楽しめる場所、あります。

新宿御苑


上野の森に故宮博物院展を観に行きました。
本当はこのあたりに来たならば、行きたいところがあったのだけど、私の都合で時間がなく、
それでもせっかくなので、と、
ふと、思いつきで、カヤバ珈琲の存在を思い出し、喉潤しの場として連れに提案をしてみました。
連れ、快諾してくれました。

入ってみるのは実は二度目。
先代がいらしたかなり前のことです。

以前谷中をブラブラした時、地元の勇士達によって復活したことを知り、いつかは…と、思っていました。
やっと願いが叶いました。
連れも以前、京都町家の会などに入っていた人なので興味があったと言います。

丁度、ランチtimeでしたが、運良く着席することができました。

カウンターや、テーブル、椅子など当時のままの赴きです。

ランチは、ハヤシライス、しょうが焼きなど5種類ほどありましたが、ビギナーなので、カヤバ珈琲当時のメニューという焼きたまごサンドとルシアンにします。

これルシアン。
ランチは、100円プラスで、コーヒー紅茶以外を注文できます。

というシロモノです。

谷中しょうがを使ったドリンクも魅力的♪
写真は、メニューからいただいておりますが、
ホームページのメニューやらなにやらこの色鉛筆チックなイラスト構成で実に楽しくて可愛いです。
サイトは↓
カヤバ珈琲

こちらがたまごサンド、サラダ、スープ、飲み物で900円。
温かいたまご焼きがふわふわのパンに挟んであります。

友人は、たまごトーストセット。
半分いただきました。
かさかさし過ぎないパンに生クリーム入りのスクランブルエッグが乗っています。

一時間後の外ではお待ちのお客さま。
このあたりは、谷根千の人気のスポットでもありますからね。
外国からの観光客もたくさんお見かけします。

外観は、大正時代の頃のまんまだとか…♪


6月の大祓「夏越(なごし)の祓」
茅や藁を束ねた「茅の輪くぐり」という神事に参加できるというので、赤坂氷川神社に行ってきました。

たくさんの神社を調べたわけではありませんが、茅の輪はあっても参加型はあまりなく、こちらが唯一、それが出来るということだったので訪れることにしました。

お茶をするようになってからこうしたことに興味を持つようになり、神社でこのしつらいを見つけると、なにか特別なことと感じていました。

[Q.『大祓(おおはらい)』という行事について
A.大祓は、年二回、一般的に6月30日と12月31日に行われます。
6月の大祓を「夏越(なごし)の祓」と呼び、無病息災を願いつつ、茅や藁を束ねた「茅の輪くぐり」という神事もあります。
12月の大祓は「年越の祓」と言われ、新たな年を迎えるために心身を清めるための祓いです。
人は知らず知らずのうちに罪や穢を犯し、それが降り積もってきていると考えられています。罪穢を御神徳に依り祓い除いて身も心も清々しく、新たな気持ちでスタートできることを祈願する節目の神事です。(氷川神社hpより)]

茅(萱)の強い生命力は邪気を祓う力が備わっていると信じられていたようです。
茅葺きの草は、家の屋根の葺く草の霊であり、日本神話の中にはカヤノヒメという草の神がいるそうです。

初めて行く場所でしたが、千代田線赤坂駅6番出口を出て左へ、赤坂五丁目交番をさらに左、そして分岐点で左斜めに進むと鎮守の杜のような景色が現れました。
不安でしたが、間違いなく行き着くことができましたが、この辺り、坂がやたらと多い。
そう言えば、乃木坂も坂、この辺りは坂が結構多いのです。

地図では檜町公園よりも小さな標記でしたが、歴史ある神社のようでした。

電話をして、式に参加するには30分前頃に来て並べば大丈夫だろうとのことでしたので、4時半到着を目標にしましたら、すでにお並びの方たちがいらっしゃいました。

勝手がわかりませんが、巫女さんのいる場所に歩みよりすべをお聞きしました。

テーブルにある封筒の中に夏越の祓についてと、形代の書き方についてがあるというので、その封筒を手にします。

形代(かたしろ)とは、
人の形をした紙で、それに名前と年齢を書き、身体の各所をなでて息を3回吹きかけることで、心身の穢を移すものなのだそうです。
形代は7月の形代流しという神事でご祈祷したあと、川に流してくださるとのことでした。

調べてみると、これは都市部だけのことで、
夏越の祓の行事は様々で、北九州では、牛や馬を一日遊ばせて海水や川の流れで穢れを祓う禊の慣習があったといいます。

初穂料(1,000円以上)と形代を入れた封筒を巫女さんにお預けすると、
このお札と

梅昆布茶をいただきました。(^^)

神事が行われた社殿。
最中は神聖な行いゆえ、勿論写真は控えました。
社殿には、赤坂の中心人物?の方がたが最前列に並ばれました。
その後に一般参加の私たちが座りましたが、堂内には100人ほど、外にも溢れていました。

神事は大変厳かで、宮司の祝詞に耳を傾けながら、お祓い、そして礼を繰り返し、足が痺れて死にそうでしたが、
最前列に並ばれた方々が玉ぐしを供える行為や祝詞の合間に入るオーという掛け声、すべて初めてのことでとても新鮮でした。

[ Q.『大祓式』で神主さんが「オー」と言う場面がありますが、これはどういう意味なのでしょうか?
A.「オー」というのは「称唯(いしょう)」と呼んでおり、応答の意味です。
年二回の大祓式に奏上する「大祓詞」は、別名「中臣(なかとみ)の祓」と言っています。中臣氏は古代より朝廷の祭祀に奉仕した最も有力な神祇氏族です。この「中臣の祓」は「宣下体」という上位の者から下位の者たちへ申し渡すという形態をとっており、文末に「諸聞食宣(もろもろきこしめせとのる)」=「皆の者どもに申し聞かせるぞ」という祭主(宮司)の言葉に下位の者が「承りました!」という感じで「オー」(称唯)で返事をしているわけです。(氷川神社hpより)]

こちらで雅楽が奏でられていました。

管絃の合奏の中心となる楽器は、一般的に三管、三鼓、両絃の8種類とあるそうですが、
儀式の最中の生演奏。神聖さが増しました。
笙を奏でる方が美人で素敵でしたが、茅の輪くぐりの際の列にもお出ましで、祓の最中この方だけかと思いましたら、横笛、神楽笛?の方もおられました。

心身の穢を形代に移し、社殿で大祓詞(おおはらえ)を奏上したあと、茅の輪を3回くぐって無病息災を祈り、身も心も清々しく新たな気持ちで半年間を過ごせるようにと祈る儀式。
半年間の罪穢を祓う神事です。

伝統行事はいいものですね。
日本の古きよき伝統の中からたくさんのことが学べたような気がして豊かな気持ちになりました。

[Q.「茅の輪くぐり」という神事は?
A.鳥居に茅の輪を3回くぐり抜けることで、罪穢を取り除き、心身ともに清々しくなるよう祈念するものです。
Q.「茅の輪くぐり」は、なぜ八の字に?
A.「茅の輪くぐり」の回り方に決まりがあるのをご存知ですか?ちょうど「八の字」を描くようになります。
これは、
・ ご神前に進む際、回り道をしながら、すぐに近づくことはしない
・ 神様に向って「左右左」という順序
※大麻(おおぬさ:神主がよく振っているものです)で、お祓いする際に、「左右左」と振ります。
※神様に向って右が上位・左が下位となり、進む(=神様に近づく)ときは下位の左からとなります。
以上の2点から、この茅の輪くぐりも、輪をくぐってまっすぐ進むことなく、まず左回りから、次に右回り→左回りという順序で、ようやく神様に近づくことができる、ということになります。
結果的に八の字を描いていることになります。(氷川神社hpより)]

「水無月の夏越の祓する人は千歳の命のぶというなり」

赤坂氷川神社


6月30日の夏越の祓を調べている時に、茅の輪くぐりがある場所として、港区のタウン情報のサイトに行き着きました。

誘った友人に「こんなのもあって、茅の輪くぐりの儀式はあっちで、愛宕神社は千日詣りとして出掛けるのもいいね」
なんて言っていたのにもかかわらず、すっかりその日にち、ずれて忘れかけていました。

昨夕、いつも見ているテレビの天気予報、チラリと千日詣りが取材されていました。

「わぁ、今日だった」
「あ〜、明日は雨の予報だし…」
と、思った翌朝の今日。
仕事が少し遅出で大丈夫だったことと、午前中は雨、なんとか持ちそうだったので、
頑張って向かうことにしました。

話には聞いたことがあっても、訪れるのは初めてでした。

聞くと見るでは大違い…
【出世の石段】男坂。
相当な勾配と長さでした。
昇れるのは今だけかも…、そんな思いで、出世を願って一気にかけあがりました。

こりゃ昇るより降る方が怖いです。

茅の輪すぐにありました。

刈りたての茅 (かや)で作られた茅の輪をくぐることで半年分の罪を祓い、半年間の無病息災、延命長寿を祈願できるといいます。
茅のギザギザした葉が罪を落とすといわれ、昔は小さな茅の輪を家の玄関先や腰につけて厄を寄せ付けないようにしたのだそうです。

まずは、本殿をお詣りします。
二拝二拍手一拝。
一日のお詣りで千日分のご利益があるという、なんだか神頼みのバーゲンセールのようなお得感に
半年の穢れを祓う茅の輪くぐりまでついて、申し訳ないくらいです。

タウン情報によりますと、
慶長8年(1603年)、徳川家康の命により、江戸 の防火の神様として、海抜約26mの愛宕山に祀 られたのが愛宕神社なんだそうです。

【愛宕の千日詣り】は、近隣の方だけでなく、遠方からも多くの人が訪れる愛宕神社の初夏の風物詩で、6月23日・24日に参拝すると、千日分のご利益がいただけるとされているのだそうです。

参拝を済ませた後は社務所らしき方向へ。

腰につけてもいいような茅の輪飾り、ありました。

浅草のほおづき市が有名なので、知りませんでしたが、ほおづき縁日の元祖は愛宕神社なのだそうです。

一つ買い求めました。
"神官によってお祓いされた縁起物のほおづき は1500鉢限定(有料)で、縁日の両日受けられます。"
というふうにあったのですが、
買い求めた後に判明。
対応してくださった方が、お賽銭箱の後ろからお入りいだくと、お祓いしてくださいますと言ってくださいました。

先ほど参拝させていただいた後ろの社殿内で、 特別にお祓いとお参りが出来るというわけです。

すでにないのかな?と思っていた縁起物、まだ早い時間でしたから十分にありました。

愛宕神社のほおづきは、赤く色付く前のものな ので、徐々に色付いていく様子が楽しめるのも魅力なのだそうです。

弁財天。


池。

神社はこじんまりとしていますが、縁日様子や茅の輪の清らかさ、紫陽花を含む緑が冴えた印象の風情のある神社でした。
愛宕神社

きゃ〜!降りてから気づきました。
女坂がありました。


何年か前、神宮外苑というエリアは、明治神宮の管轄であるということを知ったのですが、
原宿 明治神宮内に御苑があることも下北沢で花菖蒲苑のポスターを見かけるまで知りませんでした。
東京で暮らしていても、なかなかこういうこと、知らずにいるものですね。

以前、パワースポット流行りの時に清正井が神宮内にあることを知りましたが、この御苑内、菖蒲園の近くにありました。

こちらも行ってみたい場所でありましたが、
神宮の杜は、荒れ地だったところに植樹をした杜で、最後まで反対されたけれど、結果的にその土地の成育に適していたという、樅だったかの木を見に行きたいと思っていました。
ああ、あれから何年経ってしまったことか…
いつも思いつきで行きたいと思っていた場所に向かいますが、行った後は必ず、「来てよかった」という気持ちが芽生えます。

菖蒲田のハナショウブ
写真は五湖遊(ごこあそび)という品種のようです。

神宮橋を渡ると目の前にありました、ご案内。

鳥居の左下に

花菖蒲苑までのアクセスのご案内もあります。
入口は二ヵ所、東か北の門から入苑できます。

初詣に訪れる参拝者はダントツで日本一だそうですが、この参道を埋め尽くす人垣、今日は嘘のような静けさです。
(それは、早朝だからでした。ここは、今、この菖蒲が盛りの時期であることや常に観光のスポットで、私が戻る頃は、団体客がいっぱいでした。

これも以前は気づかなかった。
燈籠の庇の真ん中、ハート型のモチーフ。

御苑の花菖蒲は、明治26年(1893年)、昭憲皇太后のために明治天皇が植えられたもので、
今年は御祭神である皇后が崩御されて100年目の年にあたるだそうです。

あら、チケット、洒落ています。
菖蒲ですよ♪

境内はそのほとんどが全国の青年団勤労奉仕により造苑整備されたもので、現在の深い杜の木々は全国よりの献木が植樹されたそうですが、
苑内、ここが原宿、というのを忘れてしまいます。

順路通りに歩いていくと、東屋発見!その先にあるものは…?

睡蓮でした。

玉に刈られたツツジの向こうは、お茶室のようです。

隔雲亭

明治天皇の御思召で皇后のためにと作らせた茶室は全焼してしまい、昭和33年復元されたものだそうです。。

御杓台。こちらからの方が睡蓮が見えました。
これからですね。

順路に沿っていざ菖蒲苑へ。

これはなかなかの規模ですよ。

明治神宮造営当時は、江戸系の48種ほどだった伝えられているそうですが、現在では約150種1500株が咲いているとか…

清正井から流れる水によって生育しているそうですが、
管理の方が胸までの長靴を履いて、水の調整、花の間引きをしていらっしゃいました。

清正井に到着。本当に菖蒲苑からすぐです。
途中、警備の方と挨拶を交わしましたが、この方、清正井で交代される方でした。
早朝と梅雨の合間で今日はまばらでしたが、どうやらこちら、足が滑りやすいという注意を促すだけでなく、パワースポットとして人気の場所の誘導と、聖地を穢されないようにと目を光らすために配置された方だったようです。

湧き水は、こぼれたところのみ触れることが許されました。

今日は時間がなくて本殿のお詣りはできないので、こちらで私は合掌させていただきました。

帰りは北門から出ようと案内通りに進みます。
新緑の雑木林は、

名残のツツジ、

ドクダミ

フタリシズカ?なども…

北門からは本殿もすぐですね。

先に触れましたが、 明治神宮を設営する場所として選ばれた代々木御料地付近は、元々は森がない荒地で、神社設営のために人工林を作ることが必要となり、造園に関する一流の学者らが集められたのだそうです。
その中には、神宮外苑のイチョウ並木などもデザインした学者もいらしたそうです…。
外苑のイチョウ、見事ですよね〜。

また、代々木という地名ですが、明治神宮境内の御苑東門(旧井伊家下屋敷)近くに代々樅の大木があったことに由来するそうです。

ああ、そして、原宿からの参道が南参道、その先を北参道、参宮橋からを西参道なのですね。
そして、
なるほど、表参道と呼ぶわけですね。


今回の東京散歩、色々勉強になりました。

明治神宮 花菖蒲苑


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